夜中の屋上は変に狭く感じた。人間は夜行性じゃないから暗闇だと物を上手く識別できない。つまり相手の声と微かに見える姿を意識しながら行動しなければならないのだ。その暗闇へ見えぬ恐怖を感じるか、ほんの少しの好奇心を見出だすかは本人次第。



title[愛は夜中に逃避行]



夜中に一通のメールが届いた。ちょうど眠りにつきそうな気持ちの良い頃だったので少し機嫌が悪かった。しかし眠いながらも開いた携帯に浮かび上がる人名を見た終いには、機嫌などどうでも良くなってしまったが。メールの内容はほんの一行に綴られ、いたってシンプルなものであった。


「屋上に来い、待ってるから」


何の誘いだろうか屋上とは具体的に何処を指しているのか、普通の関係では理解しかねるが幾時も共に過ごした仲だ、もう想像がついている。しかしこんな夜中に遠慮も無しにメールを送ってきて何を考えてるのか、つい溜め息が漏れる。かといって放置するわけにもいかなかった。明日(正しくは今日)何をされるかわかったもんじゃない。諦めて布団からでるとせっせと服に着替えた。



「ったく、あいつ遅ぇな」

花宮は退屈そうに呟きながら空を仰ぐ。都会の星空は街灯のせいで輝きが鈍い。薄暗い夜空には一等星二等星が疎らに拡がっているだけだった。一人で寝転ぶには広い屋上、寂しさよりも虚しさが大きかった。自分でもなぜ瀬戸を呼んだのかはわからない。しかし何か物足りなさがあったのは確かだ。瀬戸はきっとすぐ来てくれる、淡い期待を寄せながら一度目を閉じてみた。






「あ〜…こりゃあ寝てるな」


瀬戸は花宮の思う通りにすぐさまかけてきた。が、着いて見てはすうすう寝息をたてて気持ちよさうに寝ているではないか。「オレが来なかったらどうするつもりだったんだよ…」溜め息混じりにその隣に腰を下ろすと顔をじっと見つめてみた。いつもはうるさい悪童も寝顔は可愛い男子高校生だ、柄にもなくつい笑ってしまう。

起こすか起こさないか迷っている内に自分が眠くなってきた。うとうと現を抜かしているとバランスを崩して花宮の胸辺りに顔を突っ伏してしまった。そして寝ていたと思った花宮がすでにばっちりと目を冷ましていたことも知らずに瀬戸は眠りについたのである。睡魔には、敵わなかった。


「こいつ…着いて早々寝るとはいい度胸してんじゃねぇか」



むくりと起き上がろうとするが瀬戸が邪魔して身動きが取れない。勢いをつけてしまえば出来ないこともないがそこは良心なのか瀬戸が眠っていることに配慮してそのままの状態でいた。また暇になってしまった。これでは先程となんら変わりの無いままで結局振り出しに戻った。今から眠ろうにも目が覚めているしおまけに肌寒い。花宮はどうしようもなく黙り混んだ。

…暇。

脳ではこの一文字だけが巡り巡っている。


「瀬戸、起きろ。暇なんだよ」

「…」

「健太郎」

「んんんぅ…」

「構え」

「………は、花宮!?」

「おい」

「あ、ちが、真。えーと…どう構えばいいんだ…」

「とりあえずそこからどけ、動きにくいだろ」

のそのそ重い身体を起こすと花宮がこちらを見つめてきた。その視線は舐め回すように瀬戸を見て、突然俯いた。はぁ、とため息混じりに瀬戸の脚へ体重をかける。端から見れば膝枕のような状態で改めて花宮は見つめた。そして空に両手を伸ばし瀬戸の顔へ当てる。


「センチメンタルな気分にでもなったのか?」

「いーや、ただ健太郎の顔がおもしれぇなと思っただけ」

「その割には随分甘えたそうな顔してるけど?」

「んなわけねぇだろ、子供じゃあるまいし」

「ですよねー」

「まぁどうしてもって言うなら甘えてやっても良いぜ」

「はいはい、」

屋上のど真ん中で男子二人が膝枕というなんとも微妙な姿だが、花宮は満足げな笑みを浮かべた。起き上がると瀬戸のうなじ辺りに両腕を伸ばしてグッと力を込め、その勢いで二人とも倒れる。花宮は回した腕を離して大の字になり、必然的に瀬戸が花宮を押し倒したような形になった。

「どうだ、ムラムラするか?」

「微妙なところだな、おまけして80点くらいって感じ」

「つまんねぇ〜まあ男同士だししゃあねえか、健太郎の健は不健全の健だな」

「オレはいたって健全な男子高校生ですよー」

「ふはっ、どこがだよ!」

「ははっ、……なあ、真。」

「んだよ改まって」

「キスしていいか?」

「普通なら拒否どころがドン引きだが、不健全な健太郎くんですって認めるなら今はどうにでもして良いぜ」

「じゃあそういうことで」

「せめて雰囲気くらいだしてから言えよ、ばーか」

「どうせばかですよ〜」

言い合いながらもそそくさに顔を近づけて額や頬に口づけを落としては繰り返し、舌を出せば相手も思うままに答えた。花宮のいう雰囲気は黙ってれば美人のように沈黙の中で彩られていく。二人はのんびり屋上でじゃれ合いながらも遠くで車の走る反響音やバイクのマフラーから溢れる小さな爆音などの黙らなければ耳に入らないような音を楽しんだ。決して行為には達せずとも有意義に長い夜を味わっていった。

ある程度の時間が過ぎると無言の静寂に飽きた花宮がぼそぼそと何かを呟きはじめた。

「あ〜やっとこさ眠くなってきた」

「お陰様でオレの睡眠時間は消えていくばかりだぜ…」

「お前はいつも寝てるだろ」

「寝るしか脳がないみたいな言い方だな…睡眠学習なんだよオレは、そういう真もさして勉強はしないだろ?」

「ふは、あんなレベル勉強しなくてもできるわばーか」

「うわ〜そのセリフ、原とかザキに言ってみ?キレるぞあいつら」

「それは健太郎もだろ?」

「何を言うっ」

「まあ別に良いんじゃね?できないあいつらが悪いんだし」

「原の場合はできないんじゃなくてやらないんだけどな」

「ホントそれ」

「やらないのはオレ達もだったか」

「あー格差社会だー」

「棒読みには悪意を感じるな」

「だってオレ悪童だし」

「はは、」


瀬戸と花宮は勉強面で何かと共感できることがあった。それは上位層ならではの悩みであったりするもので話がよく弾んだものだ。全てに共感できるわけでもなく、バスケでは何かと衝突を繰り返してきた犬猿の仲だったりもした。あーだと言えばこーだと言い返して厄介なヤツらだったかもしれない。しかしいつかの時期を境にして毎度衝突が起きる度に瀬戸は花宮に従うことにしていた。大した理由は無くて、ただそうでないと花宮が可哀想と思う同情が芽生えていたから。悪童の名も、瀬戸自身の意見を押し通していたら無かったかもしれない、自らの結論ではあるが後悔が残る。花宮はそんな瀬戸を知っても尚悪童を貫いている、哀れな背中だった。

「なぁ、健太郎。すごく眠い。」

「オレも眠い、が、そろそろ帰るぞ。起き上がれ花宮真くん。」

「はいはい」

なにも言わずに花宮が手を伸ばすと瀬戸はわかったように引っ張りあげた。背中やそこら中に付いた砂埃を落として、少しボサボサになった髪を解かす。準備完了と足を前へ進めたときに花宮が瀬戸に寄りかかり右腕をがっしりホールドした。どこにでもいるカップルのような状態で二人妙な笑みを浮かべながら、屋上を後にした。



end(見透かすなり、見透かされるなり)









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