高校を無事卒業し、有意義にキャンパスライフを送っていた花宮に転機が訪れた。それが花宮にとって良いことなのかというと実際そうでもないらしい。大学へ通うためにアパート物件を見に行ったのが運のつき。もう再会したくないと思っていた人物がそこにいた。花宮曰く妖怪というあの人との巡り合わせである。

「奇遇やなぁ、花宮」


「なんでアンタがそこにいるんだよ、今吉サン」



title[弄ぶ主と飼いならした猫]



まんまと今吉の口車に乗ってしまった花宮は今吉と同じ部屋で同棲することになった。「せっかく出会えたんやし、アパートの一室を二人でシェアせぇへんか花宮、そっちの方がお金的に余裕あるやろ?」金はそうでも精神的には余裕なんざねーよ、これは半ば強制だろと花宮は心で悪態をついた。しかしそう思ってたものの花宮はそれを承諾をし、以上のような成り行きで同棲することになったのだった。それからというものの食事の好みが正反対で口論を起こしたり寝るための陣地取りをしたり今吉が花宮にセクハラ紛いのことをして1日部屋に閉じ込めたりそれにキレた花宮がごみ回収日に今吉の集めていたコレクションを棄てようとしたりなどとそれはもう愉快な毎日を送っている。そんな感じで噛み合わないのにやっぱり花宮は家にいるのだ。迂闊に出ていけないからなのか今吉に何かしら情を抱いているのか、それはまだ明らかにはなっていない。先輩後輩という壁はなくなりただの同棲者となった今、敬語と遠慮は綺麗に消えていった。


「今日はちょっと出かけるわ」

「どこいくんだよ」

「ちょっと、な」

「遅くなるんじゃねーぞ」

「気になるんか?」

「どーせいつもみたいに競馬か釣りだろ」

「うーん、今回はちょっと違うんやけどな」

「…?」

「とりあえずいってくるな、花宮」

「はいはい、とっとと消えちまえ」

「相変わらず冷たいなぁ〜」

「うるせードア閉めんぞ」

バタン、と扉が閉まると中で響くのは先程まで点けていたテレビのバラエティー番組。意味もなくそれをつけたのだが面白くもなんともなかった。今日は大学もお互い休みでせっかくだから二人で過ごしてみたいなど自分らしくないことを考えてたのだが急遽変更。今吉が帰ってくるまでの暇潰しを探さなければならない、何をしようかと考える。

「…寝るか本読むかくらいしかねぇな」

綺麗に整った本棚には哲学的な本から官能小説、ノベライズですら収納されている。面白ければ何でも読む、面白くなければ好きなジャンルであっても作家であっても読まない。花宮と今吉の気に入った本しかここにはないのだ。しかし花宮は今吉の本をあまり読んだことがなかった、読もうとしたがそのときは大抵今吉が「その本、花宮にはあんま面白うないからやめとき」と止められてしまう。せっかくなのでそれを読んでみようと一冊手に取り、ソファーへ身体を沈めた。

読むこと一時間半、中身は官能小説だった。表紙ではてっきりホラーミステリーかと思ったのだが丸っきり予想外なものが中には描写されていた。

「うげ…こんなの読んでんのかあいつ」

読みきったもののいやに生々しく尚且つなんだか思い当たる出来事に投影してしまう物語だったので後味が悪かった。話が少し変わるが今吉と花宮は何度か身体を重ねたことがある、何度かではなく頻繁と言ってもいいかもしれない。今吉の勝手な欲情や成り行きで行われている行為は花宮が基本受け身である。そこで時々ある今吉のマニアックな趣味による"言えない行為"がなんと本に書いてあった。性的でマニアックな趣味は小説が原点なのか引き金なのか、それとも今吉の特質なのか、考えただけで吐き気がする。今吉が自分に読むのを止せと言った理由がわかった気がした。

花宮は後味の悪さを無くすため気分転換に外出しようと立ち上がる。適当に部屋を片付け、いたってラフな格好でアパートを出る。ここは駅の近くで中々良い施設の整ったショッピングモールやコンビニはもちろん大型ゲームセンターもある地域である。ベストプレイスといったところだ。

「んー…、あんまり金持ってこなかったしな」

足を踏み入れた先はショッピングモール。ふらふらしてれば時間が過ぎるだろうと思い苦手な人混みの中へ入っていった。服や本に食品から雑貨諸々を適当に見て回り、たまに逆ナンパされそうになったりと案外時間は早く過ぎるものだった。時計を見れば4時をまわっているではないか。花宮は夕食の買い出しに食品コーナーへ向かった。

(今夜は何にするか…)

主婦のように立ち尽くす。今吉と花宮は食事の準備を1日交代で行っている、今日は花宮の番なのだ。苦手でも得意でもない料理、一番悩まされるのはメニューだ。昨日は関西風焼きそばを食べさせられたのを思い出すと麺類は勘弁。考えながら歩いていると不意に目についたのがトマトだった。(今夜はリゾットにしよう)手間がかからないのもちょうど良い。洋食をあまり好まないあいつも確かリゾットは好きだったから、つい今吉のことを思ってしまい花宮はちょっと恥ずかしくなってしまった。しかしそんな感情は数分後に豹変するのだった。



出口へ向かうと服屋に見慣れた姿らしきものを見つける。あれは、と思い花宮は気づかれないようにそっと近づいた。背丈や髪型に眼鏡、微かに聞こえてくるエセ関西弁は見事に一人の人物を浮上させた。こちらに気づいたのかはわからないが一瞬目があったような気がする。しかし花宮は寄りもせず駆け足ぎみにショッピングモールを出ていったのだ。まさかあいつに女がいたなんて思いもしなかったから。頭は夕食のことから一気に隣にいた女についてでいっぱいになる、あの女は一体。自分が気にするほどのことじゃないのになぜか、なぜか胸が痛い。


「ただいま〜」

ドアが開く音がする。今は何時だろうか、外はもう月が明るく見えるほどに暗い。電気を消した部屋は妙に安心した。足音が近づいてくる、花宮はただ背を向けた状態でソファーに寝転がっていた。今の表情を見られたくない一心で沈みに身を寄せる。足音が近くで止まると早速話しかけられた。きっとあいつだ。


「なんや花宮、寝てるんか?」

「寝てなんかない」

「さみしかったか?」

「むしろとても有意義だった」

「嘘つけ〜」

「うるさい」

「なに拗ねとるん?」

「拗ねてなんかない」

言わなくたって今吉サンのことだからもうわかってんだろ、と花宮は思った。そして思っている通りで今吉も花宮がどうして拗ねているのかがわかっていた。だけどあえて言わない。向こうから吐き出すまではずっと問い詰めるつもりなのだ。

あの時今吉は花宮に気付いていた。そしてあることを思いつく。一人でいた今吉は近くの女性用衣類店へはいり、大学生くらいの女性店員を呼び寄せた。彼女(実際はいない)にあげる服を選びたいんやけど、どれがいいかわからなくてなぁとでも言えばもちろん向こうも客の接待であるからちゃんと対応をしてくれた。その後ろ姿は一見カップルのように見える。笑顔で話しながら服を見せる女性(店員)と見覚えのある男性(今吉)。それは見事に花宮の視界へ飛び込み、見計らって振り返れば驚いた顔をする花宮が駆け足で逃げていくではないか。おかげで今吉は家へ帰るのが楽しみで仕方なかった。可愛い真ちゃんがどういう反応を見せてくれるのかが気になってしょうがない。

「はーなーみーやー」

「あっち行けよ」

「だからなんでそんな拗ねとるん?」

「うるさい」

「素直に事情話してみ?悩みなら聞いたるで?」

「いい加減気づけよ、ばぁか」

「?」

「…今日女と遊んでたんだろ」

きた、と今吉は待ちかねていた言葉にくすくすと笑い始めた。花宮にもきっと聞こえている。いや聞こえるように笑っている。しかし花宮は一向にこっちを見ようとはしない。ただ同じ姿勢で声だけが耳に入るように、自分の表情は見せないで言葉をつづけた。

「あのモールのなかで見たんだよ」

「それがどうしたっていうん、女の子と遊んだらあかんの?」

「…」

ソファーの軋む音。花宮の耳元に顔を寄せ後ろからそっと囁く。

「妬いてるやろ」

瞬間、花宮が振り向いては平手打ちをかまそうと手を顔めがけて振った。しかし今吉は難なくその腕を掴みぐいっと引けばいとも簡単に花宮の唇へキスを落とす。長くはせずすぐ顔を放すと花宮は赤面だった。口を拭いこちらをとんだ形相で睨んでいる。今吉はますます笑いが込み上げてきた、もう本当に可愛くて反抗的で手懐けるのが楽しい。片腕を掴んだまま笑い始めた。

「あははっ、はははっ、ほんま花宮面白いわ」

「ってめぇ…」

「勘違いも嫉妬も程々にしとけや」

「…は?」

「なんでオレが彼女なんつうめんどいの作らなあかんの、せっかく花宮がおるのに」

「じゃあそこにいた女は、」

「店員さんやで」

「…!」

先程よりも一層赤くなった頬を撫でる。抵抗しようともだもだ動き始めた花宮を見つめるなり今吉はソファーへ押し倒してやった。正面で向かい合っていても花宮は一向に目を合わせてくれない、断固拒絶の姿勢を見せている。

「調子のんなよ」

「構ってほしいちゃうんか?」

「んなわけねぇだろ」

「えー、オレは構いたい気分なんやけど」

そう言うと胸のあたりを探り始めた、少し反応を見せたもののズボンに手をかけると腹部を足で思いっきり蹴られた。その拍子に床へ落とされた今吉は不意に机を見る。そこにはラップに包まれた料理があった。もう冷めているんだろうけどこれは確実に花宮が用意してくれたものだ。妬いてる割にこういうのはしっかりしているところに関心を抱く。そんな花宮には毎度愛らしさを感じさせられた。素直じゃないところにいじり甲斐がある。

「これ、食べていいん?」

「勝手に食えばいいだろ」

「いや〜、嬉しいわ。真ちゃんの手料理が久しぶりに食べられると思うと。」

「真ちゃんとか気色悪いこと言うなよ」

「じゃあまこちゃん」

「次言ったら飯捨てるぞ」

「あーそれは勘弁な!」

さっきよりも機嫌がよく見える、勘違いの恥ずかしさより事実への安心の方が大きかったようだ。花宮は立ち、すたすたとキッチンへ向かってしまった。ほかになんか用意してくれたんかなぁ。これを食べたらついでに花宮も食べてしまおうなんて考えてスプーンを手に取る。へらっと笑うと今日の夕食もおいしそうだ、とつぶやいた。


end[弄ぶ飼い主と飼いならした猫]









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