目の前には水の世界。ブクブクと水泡が上昇しては弾けて消える。水中にあるビー玉の光彩が泡に反射して周りを鮮やかな色で照らし出す。暗い部屋の中、ただそれだけが輝いていたのだ。意味もなく見つめ続ける、うっとりしているわけでもないし感動をしているわけでもない。暗い部屋を照らしているものは花宮にとって何でもないものだ。



title[憂鬱を抱きしめる]



「花宮、大丈夫か?」

「ああ…」

「本当に?」

「うるせぇよ…」

「休みはしっかりとれよ」

「…」

木吉は珍しく休みな土曜日であるのにまったくと言っていいほどすることがなかった。勉強だって予習復習をすでに済ませてあるし定期試験の勉強は木吉なりにほぼ完璧である。だからこその暇を普通は有意義に使うだろう、しかし木吉はいまいち休日の過ごし方がわからなかった。そこでなんとなく花宮に連絡したところ、電話越しから感じられたのはいつものような罵声なんかではなくどこか大人しい声。過去に一度この状態に遭遇したことがあるのを思い出した、普段は悪態をついたりする花宮もきっと本人なりに疲れていたりするのだろう、そっと接してやる。花宮の両親は旅行に行っていることがわかっていたので遠慮せず足早に向かった。家に着き、インターホンを鳴らしたが返事が無い。少し戸惑ったもののドアを開けて部屋へ足を進める。部屋の外、開放されたドアから見えた花宮の姿はぐったりしているようだった。一瞬びっくりしたのも言うまでもなく。しかし話せば返ってくる短い返事、何より意識はあるから安心をする。倒れているのかと思った緊迫感は和らいだ。体調が悪いというよりか精神面で疲れていることはすぐに察することができた。苦労は一人で抱えるほど辛いものはない。

なんであんな卑怯なプレーを平気でやるんだと花宮に聞いた者は数知れず、しかしそれにたいして花宮が理由を述べることはなかった。ごく一部の人物を除いて。喋ることにより"ラフプレーには訳がある"とその訳を聞いた相手に"同情される"ということが実に気に食わなかった。どんな訳かは、想像にお任せしよう。事実、何か訳があるからと言って自分が被害者ぶり、関係ない人にまでラフプレーをしてもいい権利なんて存在しない。とらえ方は人それぞれで少なくとも花宮自身被害者ぶるつもりは一切ないのだが。訳なんて更々無い。ただラフプレーがオレのやり方になったというだけであった。

もう答えが出ないとわかっても最善の答えを探していくにつれて自分を追い込むことになっていく。ラフプレーは今からでもやめればいい、それだけの問題で済めば花宮は現状に至らなかったはず。誰かの支えが花宮には必要だった。事情を"理解"し戦う仲間と、それに"関係した者"と。支えが必要でない人間なんて、いない。花宮の場合ただそれを素直に受け止めないだけ。破壊構築を繰り返して為し得たものは、今の自分だ。


「なぁ、花宮」

「…なんだよ」

「その泡は見てて楽しいか?」

「楽しくなんかねーよ…」

「疲れてるなら寝ればいいのに」

「疲れてなんか、ない」


言葉を失う、花宮はこちらを振り向こうともせずに背を向けたまま返事をした。何を考えているのだろう、なんて言葉をかけてやればいいのだろう、沈黙が続く部屋へは不安しか感じられなかった。ベットに腰を下ろし花宮の姿を見つめる、小さな背中だな、と思うがあれでも平均身長よりかは上なのである。ただ俺が大きいからそう見えるのかと一人笑ってみる。

「花宮」

「今度はなんだよ」

「こっちおいで」

「は……?」

ぽんぽん、とベットを叩く。花宮はこちらを向き眉間にシワを寄せた。そして木吉を軽蔑したかのような目で見つめる。こっちおいで?なんだそりゃ、普段の花宮ならばすぐに罵声を浴びせてげしげしと足蹴りを食らわせるだろうが今日は違った。戸惑いを見せつつチラチラこちらの様子を伺っているのだ、珍しい。なにかを期待してるのか、怯えているのか。どちらにせよ普段とは違うことにかわりはない。

「ほら、おいで花宮」

一言響く度不安が襲う。ここで手を伸ばしたら自分じゃないみたいだ。おかしなプライドを自制できずにいる花宮がなんだか可哀想に思えてきた、そして木吉は花宮に近づく。抱こうと腕を伸ばすと振り払われた。

「オレは花宮が好きだ」

「違う…」

「お前がどうかは知らないが」

真剣な顔は木吉に似合わない。そんな顔されたら、恥ずかしい。お前はそこら辺でへらへら笑ってればいいのに卑怯だ。恥ずかしい内心は顔に出始めた。

「い…やだ」

「なんで?」

「お前に好かれる理由なんて」 

「資格なんて理由ないだろ」

「関係なくない」

「いいから、」

「よくない…」

「お前に否定する権利はないぞ」

「…」

「可愛い我儘だな」

花宮は自分が害した被害者に救われている、わけがわからないと本人でも思っているだろう。許された抱擁は優しかった。後ろから温かい体温を感じる、なんだか情けない。木吉は花宮を許してないはずだ、しかしそこで花宮を嫌うだなんて定義付けるものではない。それはそれ、これはこれというもの。その花宮の本質をゆっくり感じ認めることで自分がどうにか花宮を救うことが出来ないだろうかと木吉は思っている。とんだお人好しだ。

「くそっ、お前なんか嫌いだ」

「好きになってはくれないのか?」

「ない」

「絶対?」

「うん」

「じゃあオレが花宮に嫌われてる分、花宮を好きになろう」

「無理だろ」

「もう好きだけど」

「…本当にだいっきらいだ」

「ツンデレだな」

抱くのを許してる時点でわかりきっている。それを本人にも自覚させるために強く抱きしめた。花宮がいつものように抵抗し始めるとほっとした笑みを木吉は溢す。今度こんな風になったら甘えさせるもなにもオレからぐいぐいいってみるかな、だなんて変なことを考える。花宮なら受け止めてくれるかな。猫は早めに手懐けなきゃな。

「よしよし」

「撫でるなよ、ばぁーか」

泡はまだぶくぶくと弾け浮上を繰り返す。電源を切らなければ消えない泡、暫く止まりそうにないみたいだ。


end(邪魔に感じたはずの救済)










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