「花宮、水いるか?」 「ん、もらう」 「……二口くらいにしとけよ」 「…?」 title[嘘も死の淵間際まで] とりあえず花宮は瀬戸の言う通り二口程度で飲むのをやめた。一体なんで二口、それ以前にいるか?と聞いてそんなこと言うんだよ。内心そうは思ったものの飲んでしまったのは仕方ないので何も起きないことを願った。そういえばさっきから古橋の姿を見ない。 「古橋は?」 「委員会」 「あー、そっか」 「20分たったら来るはず」 「ふぅん」 原は雑誌を読み、瀬戸は寝ずに何か調べている。山崎は多分古橋と一緒の委員会なのでとメンバーの状況把握。20分たったらか。普段はあと少ししたらとかやたら曖昧な返事しかしないのに、今日はやけに周りの状況にたいして違和感を感じる。何かおかしい。思考を巡らせていると花宮は気のせいか目眩を感じた。疲れだろうか、眉間の下あたりをぐっとつねる。胃のあたりにも違和感、気持ちが悪い、じわじわと迫る身体のダルさ、これは嫌な予感しかしない。ふと顔をあげると瀬戸と目があった。 「…花宮、顔がやけに赤いぞ」 「……?」 さっきまでまったく顔の熱っぽさは感じられなかったのに言われると感じるようになってきた。本当かどうか確かめるべく部室内の鏡を見た。そこには顔面が紅潮している自分、…まさか媚薬か?先日原のいたずらで飲まされたのを覚えているから真っ先に思考がそっちへいく。いや違う、媚薬なら下半身が熱を持つはず。じゃあ一体これはなんだ。時間がたつにつれて花宮は頭を働かせることが辛くなってきた。身体もまたしかり。なんだこれ、訳もわからない症状に困り果てる。事情を把握すべく瀬戸の名前を呼ぼうとした瞬間、自分でも予期せぬ事態が訪れた。 「はぁっ…、おい…せ、と」 「花宮?」 「なんか、いれっ、た、あっ、…だろ?はぁっ、」 「おい、大丈夫か?」 目眩に頭痛吐き気そして極度のダルさに顔面紅潮で、意識のない喘ぎ。もう本当にわけがわからないと朦朧のままの意識を状態で瀬戸へ訴える。…これは毒?まさかとは思ったけど一番辻褄が合う。やっと謎がとけてきたがやはり色々限界になった。花宮の様態は悪化していくばかりである。原も様子に気づいたみたいだ。 「花宮ぁ、大丈夫?」 「見て、わか、れ」 「とりあえずこれはヤバイな」 「ぁ…、はぁ、」 「救急車を呼ぶ」 「え、ちょっと大袈裟じゃね!?」 「いや、まずいことになった、…俺が悪い」 「…え、はぁ?」 「まじで?どういうことだよ!」 「花宮の症状はさっきの水のせいだ。」 「くそ、ふざけ、んなよ、殺す気、か、はっ、」 「仕組んだのは古橋だが」 「えー!やべぇじゃん!」 花宮は毒を摂取した。原因は勿論さっきの水。瀬戸は薄々嫌な予感を抱きながらその水を花宮に飲ませた。飲ませたというのは花宮が来る前、古橋によってそうするよう言われたからだ。「この水、紫陽花の葉の液を少し混ぜたんだ。花宮が最近寝れないと困っていたから睡眠薬代わりに飲ませて寝かせてやれ」そういって部室を後にした。紫陽花の葉が睡眠薬代わり?と疑問に思ったのが正解であり盲点でもあった。睡眠薬と言われたから原料をあまり気にせず飲ませてしまったのである。今は梅雨の時期。その睡眠薬と称したものが、紫陽花の葉であった事が駄目なのだ。確かに"紫陽花"には漢方や解毒剤といった用法があるのだが、"紫陽花の葉"は毒。体内で青酸と同じような効果を有する。瀬戸はそのときは気づかなかったものの飲ませた後、少し気にかかり調べていた。瀬戸の調べたものに記されていたのは葉の毒性についてである。過去に紫陽花の葉を食べて中毒者が出たことをご存知だろうか。古橋は葉に睡眠薬の効果があると思って勘違いして入れたのではなく、それを知っていて尚飲ませた。古橋があえて"紫陽花の葉"と言ったのは睡眠薬と称しておいたから、そして瀬戸に後から気づかせるためなのだ。古橋の家は両親ともに医者である。身近なものの毒性学くらいの知識もって当たり前なのだろう。花宮も紫陽花の葉と知っていたら飲むのを躊躇ったはず。自分がしっかりと話を聞いてなかったばかりに起こした失態だ、瀬戸は思った。 「花宮、とりあえず今すぐ救急車を呼ぶ」 「…ああ」 「そこでチオ硫酸ナトリウムの静脈投与だ」 「…」 「俺たちはどうするべき?」 「お前はここにいろ、俺は古橋を呼びに…」 そう言った直後、部室に2つの影が増えた。古橋と山崎が帰ってきたのである。 「おい花宮どうした!?」 山崎は一切事情を知らない。一方古橋は表情を変えることなく口を開ける。 「救急車では無いが、うちの車ならもうそこに来てる」 「え?あれお前んちのだったのか…?」 「ああ」 「おい、古橋」 「なんだ」 瀬戸は低めに声色を変えて古橋に声をかけた。 「なんで毒を盛った」 「致死量は避けた」 「んな話じゃねぇよ」 「それより、患者の治療が大事だろ」 「…」 古橋が外に何か合図を送ると、数人の看護師らしき人らがやって来た。 「花宮を運んでくれ」 「はい」 苦しそうな花宮をてきぱきと車へ運ぶ。幸い、古橋家の病院と学校は近かった。そこで処置を施すだろう。さすが、有名医院の御子息様だな。自分の為ならなんでもやるのかこいつ。瀬戸は軽い皮肉と軽蔑を込めて古橋を見た。いつ自分がこうなってもおかしくないような気がしたのである。 「ほら、瀬戸も来い」 「なんでだ」 「俺なら花宮を殺しかねない、かもしれないぞ?」 「…くそ」 瀬戸はそう呟くと花宮と自分のバックを手に取り車へ向かった。古橋もかけていく。一方、原と山崎は唖然としたまま部室に取り残された。それもそうだ、目の前で繰り返された会話は生死に関わること。原と山崎は古橋が化け物にしか見えなかった。なんだこいつ…全国トップクラスの学力をもつ霧崎第一高校の学校内でも上位10位以内。この中で一番頭がいいのは花宮だが専門分野(主に医学)に関しては確実に古橋が優位。そんな頭の良いやつが見事に友人を実験台に使ったのだ。いや、だからかもしれない。いつも卑劣なことをやっては罵倒する程度の花宮の方がまだ可愛く思えた。上位にはろくなやつがいねぇのかよ…。それより花宮は本当に大丈夫だろうか、実に心配である。 その後花宮は適切な処置を受けて、後遺症などは免れた。古橋は花宮から相当説教をくらっただろう。勿論瀬戸も。周りにはストレスによる身体疲労とでも口実を合わせてるはずだ。そんなすぐに全治になるはずははないので花宮いまベッドの上だろう。 「なんで花宮に毒を盛った」 「なんで、…か。これも一種の愛ということでどうだ」 「バカ言うな」 「瀬戸が怒るのは珍しいな」 「さすがに怒りざるおえないぞ」 「大丈夫、さすがにもうしないから」 「信用ならないな…」 「死なせやしない」 「ほらまた」 友人としての古橋は別になんの支障もない。だが健全な人間としては大有りだ。毒だなんて。不安が消えない瀬戸は家へ帰り毒について調べることにした。 end(毒を食らわば皿まで) ← |