小説 | ナノ
雲ピン「赤い華」

 からん、ころん。
 履き慣れない下駄を鳴らしてアスファルトの上を歩く。横を走って追い抜く小さな子どもを見て、十年前に初めて日本の祭りに連れてもらった時を思い出した。きっとあんな風にはしゃいでたのだろう、あの幼馴染みは兄みたいな存在のあの人を困らせていただろうけれど、私はどうだったろうか。もしかしたら同じように困らせていたかもしれない、でもきっとあの人は笑って私たちに付き添ってくれたのだと思う。
 思い出に浸っていると気付けば祭り囃子が聴こえてくるほど近くに来ていた。普段は閑散としている神社もこの時ばかりは人でごった返しており、彼は大丈夫だろうかと不安になってくる。
 色んな人から、昔に比べれば今は随分と甘くなったと聞いてはいるが、やはり彼の群れを嫌う様子は人並み以上だ。今日だって、約束を取り付けられたのは奇跡だとつくづく感じる。
 待ち合わせの鳥居がどんどん近くなるにつれ、ふと違和感を感じた。鳥居の近くにはたくさんの屋体があるのだが、それにも関わらず妙に人気が少ない。
 もしかして、と少し駆け足でそこに近寄ると、やっぱり彼だった。

「雲雀さん!」
「遅い」
「す、すみません……」

 彼の代名詞とも言える黒のスーツに身を包み鳥居の柱を背に佇んでいる。鮮やかな色の中にいる彼は、そこだけ異なる世界のようだ。

「あの、浴衣選ぶんに、迷って……」
「どれも同じだろう」
「違います!」

 少し眉を吊り上げるも、彼に複雑な女心が分かるはずもない。気分を変えるために小さくため息を吐いて、さてどこに行こうか、彼が飽きない内に目ぼしいところは行かなければ――

「わっ」
「ああ、似合うね」

 突然頭に手が置かれたかと思うと、すぐに離れた。同時に頭に何か付けられたらしく、そっと手をやってみると自分で付けてきたのとは違う髪飾りがある。手持ちの巾着袋から手鏡を取り出して写し出せば、私のこぶしほどの大きさのちりめんでできた花の髪飾りだった。

「どうしたんですか?」
「ここに来る途中の露店で買った」
「……ふふっ」
「何」
「雲雀さんがこれ買ってる姿を想像したら、面白いなーって……あ、すみません!」

 慌てて頭を下げる。せっかく贈り物をしてくれたというのに、失礼なことをしてしまった。
 恐る恐る視線を上げると、意外にも笑い顔を見せている。

「雲雀さん……?」
「大の男がそれを買っているのは、傍目に見たら可笑しいかい?」
「え、えーっと……」
「僕なら、恋人へのプレゼントを買っているのかと思うけどね」

 思わずばっと頭を上げると、真正面に彼と視線がかち合った。彼は切れ長の目を少しだけ細めて微笑んでいる。

「お揃いだ」
「え……?」
「これと、ここ」
「わっ!」

 何のことかと目をぱちぱち瞬いていると、付けられたばかりの髪飾りにちょんと触れそのまま頬を撫でられた。
 頬から伝わる彼の指先の冷たさに、自分の顔が真っ赤なことを思い知る。
 女心に無頓着かと思えば、くすぐったくて仕方がないことを平然とやってのけてしまうのだから――

「ほら行くよ」
「は、はい!」

 歩き始めた彼の後を追いかけ、ちらと横顔を見上げる。

「……何」
「敵わないなぁと、思いまして」
「僕に敵うと思ってたの?」
「……少しは」

 そっと後ろから手を握ると、彼の目がぱちくりと開かれた。

***
お世話になった方に捧げました。
ヒバピン可愛いよ

2013/9/27 ピクシブUP

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