胎児よ眠れ

 旅を終え借金を無くし、そして地位と名誉を手にして私の元へと戻ってきたルドガー。あの主夫であった幼馴染が今やエレンピオス一の大企業、クランスピア社の社長さんだから驚きだ。
 髪を黒く染め、スーツも新調した彼はずっと前このリビングで得意のトマトスープを作っていたあの頃のルドガーとは別人のように思えた。

「うっ……え、ぐっ……」

 その一方で、夜になると私の胸の中で小さく縮こまり、声を詰まらせて咽び泣くルドガー。彼もまた、昔のルドガーを思わせるような姿ではない。
 丸い背中をあやすように一定のリズムでトントンと叩き続けてやれば、その内彼は晴れた瞼を閉じて眠る。
 それはあまりにも弱々しくて。けれど何を抱え込んでいるかは話してくれなくて。そして私は旅をしていたルドガーを知らないから。
 蚊帳の外なのが寂しいわけではない。いや、そう言ったら嘘になるが、それよりも力になれない事が悲しいのだ。こうして涙を流すルドガーの背を撫でるだけしかできないから。

「ふ、く……っなまえ……っ」
「大丈夫、ここにいるよ」

 あの旅でルドガーは変わった。成長した彼と退化した彼。後者は私にしか見せない弱み。
 何も知らない私はまるで母親のような気持ちで今日も彼をあやし夜は明ける。