孕めよ

トイレの隅にある三角の形をした小さいゴミ箱。いつから設置されるようになったんだろう。気にも留めてなかったけどこれは使用済みの生理用品を入れる箱だと思い出し、その意味を悟る。

「……と、な……と……凪斗!」
「っ! え?」

思考中、夢から引きずり出されるような感覚にどきりとする。ああ、なまえか。

「どうしたの? ぼうっとして。何か悩んでる? 相談乗るよ?」
「いや、そういうわけじゃないから……ごめん、大丈夫だよ」

心配するようにこちらの様子を伺ってくるなまえが可愛らしく、くすりと笑うと頬を膨らませた。ああ、そんな姿が愛らしい、愛おしい。

「私じゃあ頼りない? 私にできることなら言って欲しい! できることならやるし、聞くことは私にでもできるから」

なんでも?
頭を打たれた感覚だよ。

「……君は、」

電気が走ったような。

「ん?」

別人になってしまったかのように僕の口は回る回る。頭の中を駆けずり回る電流が痛い。

「なまえは誰の子を孕むの?」

「……え?」

あはっ、馬鹿みたいな顔。

「生理、きたんでしょ? それって誰かの子供を孕む準備をし始めたってことだよね? すっかり女の子って感じだよね。君はもう子供を産む準備をしていて、一人の女性なんだなあって考えると悲しいよ。ねえ、君は、僕以外の誰の子を孕むの?」

全身が震えるような感覚だ。僕は何を言っているんだろう。本当に、何を口走っているのだろう。

「なぎ、」
「ごめん」

ああ、空気が冷たい。ただの冷たく鋭い空気が僕の肌を引き裂いていくような。頭の中までもが冷たくなるような絶対零度。ここは南極かなんかなのだろうか。

「僕たちは兄妹だから」

僕以外の誰の子を孕もうと、僕以外と決まっているんだ。関係ない。