「いってきます」

「浮気か?」

壁に寄り掛かり不服そうに腕を組んでいる黒。真っ赤なルージュを塗ったそれが卑しく持ち上がるのがわかる。

「可愛い? このジャケット高かったの」
「ああ。品があって君に良く似合う」
「あらお上手ですこと。そのお言葉は貴女の妻や子に言って差し上げると喜びますわよー」

けたけたと笑って鞄を手に取る。皮で出来たこれは特注品らしい。贈られたものでそう語られたが私にはよくわからない。可愛いから使ってあげるの。踊るように彼の隣を過ぎようとしたら腕を掴まれ腰を抱かれた。

「しかしこれはいただけないな。少々趣味が悪い」
「それはヴィクトルの趣味じゃん。妻子持ちが何を言う」

グローブを外した傷だらけの指が唇を拭う。彼の嫁はいつだって薄い化粧だったか。脳裏を掠めてなんだか悔しくなって、くっと背伸びをすれば彼の鋭い目がすっと細められた。翡翠色の瞳は宝石のようで美しい。じっと見つめれば計画通りと上げられた口角。緩やかな動作で仮面が外され、私の唇に彼の薄い唇が当たった。

「いってらっしゃい」

何とも滑稽な言葉だと思う。
満足気に微笑んだ彼の唇は、少し私の赤がほんのり移っていてちょっと笑えた。