ならずの種を撒く

※体育祭後合宿以前
※訓練の設定ガバガバです。雰囲気で…




「おい、“E”のやつ誰だ」

 そう言ったのが爆豪だったものだから、守璃の口からは情けない呻き声が漏れた。守璃が引いたばかりのくじには、はっきりと“E”の文字が記されている。
 ──気が、重い。

 二人一組になって二対二で行う形式の対人戦闘訓練自体は、もちろん今日が初めてではない。それどころか、二度目、三度目というわけでもない。戦闘においては頭で考えているだけではわからないことが非常に多く、実践の中で気づきを得て学んでいくことが大事、ということで、入学以来幾度となく行われているものだ。
 それなのにどうしてこんなに緊張するのかといえば、ペアを組む相手が爆豪だったからにほかならない。
 爆豪の実力は確かだ。それは知っている。ヒーロー志望で雄英に来ているのだから、悪い人でもない。どれだけ口が悪くても、どれだけ威圧的に見えても、根っこの部分は善人である──はずなのだ。
 これまであまり爆豪と関わることもなく──それとなく避けていたともいうのだけど──過ごしてきた守璃にとって、一番印象深い爆豪との思い出は体育祭の騎馬戦だった。眼前で起こる爆発と、あえなく砕け散る障壁。爆豪はきっと守璃が頭の守りを固めていることに気づいたのだろうし、そのうえで怪我をしない程度の威力に抑えていたのだと思うが、あの瞬間を思い出すと少なからず恐ろしさを感じる。体の動かし方、“個性”の使い方、判断力、応用力、見習うべきところはたくさんあるが、ほかのクラスメイトのように打ちとけるには、まだまだ時間が足りていない。
 とはいえ、そんなことをあれこれ並べ立てていても、どうにもならないわけで。

「“E”…私です…」
「あ?」

 おそるおそる名乗り出た守璃を爆豪の鋭い眼光が射抜いた。一瞬あとに、舌打ちの音が響く。

「モブ顔女かよ」
「モ、モブ顔女……」

 思わず守璃の顔も引き攣る。
 そりゃ自分でもこれといって人目をひく顔立ちではないと思うものの、入学して早数ヶ月だ。せめて名字くらい覚えていてほしいものである。尤も、ただの“モブ”ではなく“モブ顔”と呼ぶあたり、一応はクラスメイトの一人として顔を覚えられているといえるのだろう。そうでもなければ、あの爆豪のことだからもっとシンプルに“モブ”か“ザコ”と呼ぶに違いない。

「あの、名前……護藤なんだけど」
「興味ねェ」
「ちょっとは持ってほしいな?」

 守璃の希望は聞き入れられず、返事の代わりに鋭い舌打ちだけが返ってきた。……もう何も言うまい。

□□□

 今回の訓練は、白昼の市街地で起きた立てこもり事件という設定だ。事件現場は銀行。行員が一人、人質に取られている。訓練における人質は安全面を考慮して人形──身長160cm、体重55kg──を使用するが、本物の人質だと想定して立ち回らなければならない。すなわち、戦闘中に人形が受けたダメージは人質が負った怪我であり、人形に傷ひとつつけず救出または敵を拘束することが目標となる。
 人質がいる場合の対敵戦闘では、何をおいても人質の身の安全が最優先。立ち回り方も変わってくる。
 くじの結果、守璃たちはヒーロー役に決まった。対する(ヴィラン)チームは常闇と瀬呂。体育祭では爆豪が常闇の弱点を見抜き完封したが、爆豪が思い切り“個性”を使えない屋内での戦闘となると、また話は変わってきそうだ。
 敵チームが先に入って準備をする間、ヒーローチームには作戦会議の時間が与えられる。敵チームの準備が完了次第、ヒーローチームは「チームアップでの緊急出動要請」を受けた(てい)で現場へ急行するという流れだ。
 守璃は、自分には目もくれずに肩慣らしをしている爆豪に声をかけた。

「爆豪くん、作戦会議を──」
「しねえ」
「でも」
「時間のムダだっつってんだ。せいぜい俺の邪魔にならねェようにしてりゃいいんだよ」

 爆豪は見るからに苛立っていた。しかし、これは訓練だ。守璃も簡単に引き下がるわけにもいかない。

「……そもそも爆豪くん、私の“個性”知ってる?」

 舌打ちのあとに、爆豪が答える。

「戦闘の役に立たねェザコ“個性”だろ」
「ざっ…、そりゃ攻撃には向いてないけど、防御なら……! 攻撃するだけが戦闘じゃないと思うし、」
「攻撃せずにどうやって勝つっつーんだ」

 やっと振り向いた爆豪は、鼻で笑った。

「一人じゃ何も出来ねェだろ。ジリ貧になって終わりだろが」

 守璃が反論するよりも先に、小型無線機からオールマイトの声が聞こえた。

「そろそろ始めるぞ! ヒーローチーム、“緊急出動”だ!」

 爆豪が動き出すのは速かった。守璃は僅かに遅れて爆豪の背中を追いかける。
 敵が立て籠もっている銀行は、ヒーローチームの待機場所から100mほど離れた場所にある。守璃が銀行に着いたときには既に、爆豪は銀行の中で戦闘を始めていた。
 銀行の中は真っ暗だった。
 天井の照明は一つもついていない。ひょっとすると、すべて事前に壊してあるのかもしれなかった。数少ない窓には、ガラスを覆うようにべったりとテープが貼られている。テープ同士の僅かな隙間と入り口から入り込む少しの光、そして、爆豪の爆破による閃光のおかげで、なんとか中の様子をうかがい知ることはできるものの、爆豪からも入り口からも遠い奥の方ほど暗く、見えにくい。テープは窓だけでなく、室内のあちこちに張り巡らされていた。ところどころ焼け焦げてはいるが、闇雲に突っ込んでいけばたちまち絡め取られるだろう。
 (テープ)の向こうの暗がりには、瀬呂が立っていた。そのさらに後ろの壁に、人質人形がテープで貼りつけられているのも見える。
 守璃が銀行内に入った時点で、爆豪は常闇と交戦していた。
 屋外戦だった体育祭とは違い、光をギリギリまで排除した室内での戦闘は常闇の“個性”が活きる。一方の爆豪は、常闇たちの後ろに人質がいることを差し引いても、室内というだけで思いきり“個性”を使えない。
 その上、瀬呂のテープも邪魔だ。爆豪の“個性”で吹っ飛ばしても、その都度常闇の後方から新しいテープが供給されるのだ。なかなか距離を詰めることができない。

「いいぞ黒影(ダークシャドウ)! そのまま爆豪を寄せつけるな!」
「アイヨ!」
「できるもんならやってみやがれ! テメェの弱点は割れてんだ!」

 爆豪が不敵に笑う。ひっきりなしに起こる爆破と閃光は、それでも黒影を弱体化させる程ではない。室内全体が薄暗いおかげなのだろう、黒影は普段にも増して俊敏だ。
 ──どうする。この場で守璃に出来ることは、なんだ。
 始まる前に爆豪が言った「ジリ貧」という言葉がリフレインする。
 飛んできたテープをかわして、守璃は爆豪を見やった。声をかけたところできっと応じてはくれないだろうし、常闇との戦闘の邪魔をするわけにもいくまい。
 常闇は体育祭3位の実力者だ。その常闇を抑える役を爆豪が買ってくれているのなら、瀬呂と人質をどうにかするのは守璃の役目だろう。
 壁、天井、それから床へ、素早く視線を走らせた。高さ、幅、奥行き。薄暗くて解りづらいが、目を凝らして推し測る。
 瀬呂に気づかれないように、守璃は障壁を作ることに注力した。飛んでくるテープを防ぐ動作のように見せかけて、より大きな障壁を、より広範囲に。
 壁を覆い、天井を覆い、爆豪が跳んだ瞬間を狙って床にも障壁の覆いをする。すべて覆いきれてはいないかもしれないが、無いよりは絶対にマシだ。
 着地した爆豪はほんの一瞬、僅かに表情を変えた。それが守璃の意図に気づいてのものだという確証はひとつもなかったが、守璃は声を張り上げた。

「爆豪くん! テープどうにかして!」
「俺に指図すんな!!」

 ──直後、大きな爆破。その威力は先程までとは比べ物にならない。爆豪がここまでずっと威力を抑えていたことがよくわかる。
 ひときわ強い閃光に黒影が悲鳴をあげる。おそらく瀬呂と常闇も目が眩んだはずだ。

「やりすぎだろ爆豪!」

 瀬呂の批難めいた声を聞きながら、守璃は爆煙に紛れて疾走した。
 今の爆破で、瀬呂が張り巡らしたテープはもうほとんど残っていない。
 最後は最早スライディングに近い動きで瀬呂の背後に滑り込むと、守璃はそのままの勢いで一枚の分厚い障壁を作った。自分と、後ろにいる人質の身を守る為の障壁だ。

「人質もいるしそもそも建物の破壊は──」
「傷一つつけてねェわ舐めんな!」

 間髪入れずに再び高火力の爆破。室内で聞く爆音は威力以上の轟音に聞こえてひやりとしたが──すべて終わって見てみれば、人形はもちろん壁も床も天井もノーダメージで、守璃はほっと胸を撫で下ろした。

□□□

「この作戦ならイケると思ったんだけどなー」

 講評が終わって、次の組が準備をしているとき、そばにやって来た瀬呂が言った。

「爆豪の“個性”と護藤の“個性”、結構相性良いんじゃね?」
「えっそうかな」
「だって護藤が周りへの被害抑えられんなら、爆豪範囲攻撃し放題で暴れ放題じゃん」
「あー…。でもずっとは無理だよ、私。今回も最終的に障壁全部壊れてるし」
「あ、そうなん? 俺、全然見えてなかったわ」

「そ。実は木っ端微塵」と守璃は苦笑した。「やっぱ爆豪くんって凄いんだよね」

 一人じゃ何も出来ない、というのは本当にその通りで、今回の訓練も爆豪がいなければ勝ちはなかった。お互いの“個性”の長所を活かし短所を補いあったといえば聞こえはいいが、守璃が何も出来ずに立ち尽くしていたとしても、きっと爆豪は自分ひとりの力で勝って見せただろう。
 一人でモニターを見上げている爆豪を見ると、爆豪も守璃を見た。

「何見とんだカベ女」
「……それはもしかして私のことなのかな?」
「つーかテメェ二回くらいであっさり粉砕されてんなよ。それしか出来ねェくせに」

 辛辣な物言いだが、ぐうの音も出ない。
「爆豪厳しー」と瀬呂が茶化すと、爆豪は目を吊り上げて舌打ちをした。

「次までにもっと耐久性上げとけ」

 爆豪はそれだけ言い残して視線を外した。守璃からはもう背中しか見えない。

「……次って言った?」
「言った言った。また護藤と組む気なんだな」
「組み合わせって基本くじだよねえ」
「それな。でもまぁ、あの爆豪にまた組んでも良いって思われてるってスゲーじゃん」

 おめでと、と瀬呂がからかい混じりに笑ったので、守璃もありがとうと苦笑した。
 次に爆豪とペアを組む日がいつになることかわからないが、爆豪が本当にそう思ってくれているのなら、もっともっと頑張ろうじゃないか。
 次こそは「一人じゃ何も出来ない」「それしか出来ない」と言われないように。


190610 / title::エナメル

爆豪くん本当に書き慣れなくて、練習がもっともっと必要だなと思いました。本編、なかなか関わりを持たせられていないので、そちらもあわせて頑張りたいです。
夢主が爆豪くんの爆破を凌げるだけの強度を維持できるなら、そこそこ良いチームになれるんじゃないかな〜とは思いますが、合同訓練のときのチームが好きすぎるので夢主の入る隙間がありませんね笑
リクエストありがとうございました!

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