いわゆる素朴な疑問というやつで、本当に何の気なしに、最初に作れるようになったものは何かと訊ねただけだった。
「マトリョーシカですわ」
八百万がそう答えるのと同時に作ってみせてくれた可愛らしいマトリョーシカが、明らかに八百万をイメージしたオリジナルのデザインだったから──だから、守璃はつい興奮気味に八百万へ詰め寄ることになったのである。
「それ、デザイン変えられたりする!?」
□□□
──あなたにとってのNo.1ヒーローは?
それは、新学期の自己紹介や他愛ない会話の中でしばしば持ち出される定番の話題だ。
そういう話題を振られたとき、守璃はたいてい「やっぱりオールマイトかな」と即答する。
もちろんその言葉に嘘はない。国内外から絶大な支持を集めるNo.1 ヒーロー、誰もが認める平和の象徴。現職のヒーローにもオールマイトのファンは多く、オールマイトに憧れてヒーローを志した者は数知れない。守璃の場合はヒーローを目指す直接的なきっかけにこそならなかったものの、例に漏れず小さな頃からオールマイトのファンだ。
けれど、守璃にとっての本当のNo.1は、厳密にはオールマイトではない。
訊かれているのが「あなたが一番強いと思うヒーローは?」だとか「あなたが一番人気があると感じるヒーローは?」だとかならともかく──それは当然オールマイトだろう──言葉通り「守璃にとってのNo.1」を訊かれているなら、それは四歳の頃からずっと、イレイザーヘッドと決まっている。
恥ずかしいので本人の前で口にしたことはない。
たとえ本人の前でなくとも、おおっぴらに「私のイチオシヒーローはイレイザーヘッドです!」と発言することもない。たいていの人には「イレイザーヘッド? 知らないなぁ」と首を傾げられてしまうからだ。
イレイザーヘッドは、知名度、実力、実績、どれをとってもオールマイトには到底及ばないので、それも無理からぬ話ではある。本人も、張り合う気など端からないだろう。
それでも幼い頃の守璃は、養父に「イレイザーヘッドは今のままで良いんだよ。有名になると活動に支障が出るから」と諭されるまで、いつかイレイザーヘッドが有名になることを本気で夢見ていた。イレイザーヘッドが格好いいヒーローであることをもっとたくさんの人に知ってほしかったし、どこに行ってもオールマイトグッズを見かけるように、イレイザーヘッドグッズが店頭に並ぶようになれば良いと思っていたのだ。
当時の守璃は、イレイザーヘッドが超マイナーヒーローであることをよく理解していなかった。“好きなヒーロー”の話題になったとき、素直にイレイザーヘッドの名を挙げたこともあるくらいだ。結果としてクラス中の「知らなーい」を集めてショックを受けたことは、今となっても苦い思い出である。
とはいえ、そのおかげで、守璃はイレイザーヘッドの知名度についてよく思い知った。それ以来、“好きなヒーロー”の話題になってもイレイザーヘッドの名前は出していない。
養父が言った「有名になると活動に支障が出る」というのも、今の守璃にはよく理解できる。
そもそも相澤本人がメディアへの露出を嫌っているし、目立ちたがるタイプからは程遠いから、有名になることを期待する方が無理があったのだ。
今はもう全くといってもいいほど、イレイザーヘッドが有名になったり各種グッズが販売されたりすることを夢見てはいない。
いない、けれど。
一つくらいイレイザーヘッドのグッズがあっても良いんじゃないか、とは思う。
オールマイト並みにハイクオリティなフィギュアだとか、コラボグッズだとか、そこまでの高望みはしない。もっと小さな、ちょっとした物で構わないから──何か一つくらい、と。
□□□
八百万は守璃の勢いに驚いたようだった。目を丸くして、僅かに後退る。しかしそれでも、八百万はいつもの丁寧さを少しも損なうことなく答えた。
「ええと……デザインが変わっても構造自体は同じですから、可能だと思いますわ。初めてのデザインですと多少時間はかかってしまうかもしれませんが……」
「そっか、そうなんだ」
「……何かご希望のデザインがあるんですのね?」
確信をもってかけられた言葉に、守璃は口ごもった。
今までのように「誰?」と首を傾げられることは絶対にない。何しろ自分達のクラス担任だ。
しかし、否、だからこそ、言い出しにくい。
担任をモチーフにしたグッズを欲しがるような女子高生が全国にどれくらいいるのかはわからないが、少なくとも、無精髭を生やし小汚いとまで言われることのある三十路マイナーヒーローのグッズを欲しがる女子高生は、日本全国を探してもそうそういまい。守璃のほかには見つからない可能性さえある。
「えっと、あるといえばあるんだけど……」
「あぁ、やっぱり! 私でお力になれることでしたら、ぜひ聞かせてくださいな」
八百万が微笑む。
その女神のような微笑を見上げながら、守璃は迷った。──正直に言うべきか、否か。
正直に言ったとしても、八百万なら一切からかうことなく真摯に聞いてくれるだろう。それはきっと間違いない。これは最早、守璃の羞恥心の問題である。
「その……もし良ければ、作って欲しいデザインのものがあって……」
「ええ、なんでしょう」
「……えっとね」
八百万は静かに守璃の言葉の続きを待っている。
守璃が思いきって口を開くまでに、たっぷり三十秒は間が空いた。
「…………………………先生方のデザインで一つずつマトリョーシカを作って並べたらきっと凄く可愛いと思って」
「先生方の、ですか?」
「そ、そう! オールマイトでしょ、プレゼント・マイクとミッドナイトに、13号と、あと……あー、イレイザーヘッド、とか……」
ふむ、と八百万は興味深げな顔をした。「そういうことでしたら……コスチュームの資料があれば………」
八百万の一人言も、今の守璃の耳にはあまり入ってこない。むしろ、言ってしまったことによる自身の動悸の方が煩いくらいだった。結局素直には言えずに誤魔化してしまったが、それにしても顔が熱い。
ややあって、八百万は再び守璃に声をかけた。
「少々お時間をいただいても宜しいですか?」
「お時間……それは大丈夫だけど──え、ほんとに作ってくれるの!?」
「もちろんですわ。護藤さんの頼みですから!」
「えっ、うわー嬉しい……ありがとう……!」
「気が早いですわ。私まだ何も作っていませんのに」
「だって本当に嬉しくて──そうだ、お礼! 何がいいかな」
「お礼だなんて! “個性”訓練の一環になりますから、気にしないでください。私がしたくてすることですし」
八百万の笑みには、からかいの色どころか怪訝そうな様子もまったくない。むしろこの上なくきらきらした笑顔で、守璃の手を取った。
「私、必ずや護藤さんのご期待に添えるものを作って見せますわ!」
□□□
その翌々日、守璃は朝一番に誇らしげな顔の八百万に声をかけられた。
「頼まれていたものが出来ましたの!」
「えっほんと?」
八百万は守璃に、オールマイトを模したマトリョーシカを差し出した。マトリョーシカらしいころんと丸いフォルムながら、特徴的な前髪はしっかり角のように逆立っている。
「中もご覧下さい」
なるほど、どうやらきちんと入れ子構造になっているらしい。
促されるまま開けてみれば、中から出てきたのはプレゼント・マイクのマトリョーシカだった。オールマイト、プレゼント・マイクと机の上に並べて置いてみると、同じ金髪でも微妙に色合いが異なることがわかる。
「すっごい……」
「ありがとうございます。でも、まだありますわ!」
八百万はプレゼント・マイクのマトリョーシカを開く。出てきたのは守璃の大本命、イレイザーヘッドのマトリョーシカだ。長い前髪から覗く目元の傷や無精髭までちゃんとある。
「かっ可愛い……」
本人がこの場にいたら眉をひそめそうだが、可愛いものは可愛い。
八百万は守璃の反応が嬉しいのか、始終にこにこしている。
イレイザーヘッドのマトリョーシカの中には13号のマトリョーシカがあり、さらにその中にはミッドナイトのマトリョーシカが入っていた。もともと丸っこいフォルムの13号とマトリョーシカは相性が良いようで、このまま公式グッズとして売られていてもおかしくないくらい可愛い。ミッドナイトのマトリョーシカにしても、あの一見過激なコスチュームそのままのデザインなのだが、簡略化されてマイルドになっているためかセクシーさは薄れていて、やっぱり可愛い。
机の上に一列に並べてみる。どれを見ても、細部までの作り込みが凄い。ただでさえ、守璃が正直に言えなかったせいで作る物を増やしてしまったというのに、すべてにおいてこのクオリティの高さである。
守璃は何度も「凄い、全部可愛い……」と繰り返した。もとはイレイザーヘッドのグッズが欲しい一心だけだったが、目の前のマトリョーシカたちがあまりにも可愛いものだから、口元が緩んでしまうのをとめられない。
その上、イレイザーヘッドのマトリョーシカが視界に入る度に胸がいっぱいになる。公式グッズではないとはいえ、イレイザーヘッドデザインの物が今まさに目の前にあるのだ。夢じゃ、ない。
「これ全部、本当に貰っていいの?」
「もちろんですとも」
「うわぁどうしよ、嬉しい……絶対部屋に飾る、大切にするね……! ありがとう!」
「喜んで頂けて何よりですわ!」
誇らしげな笑みを浮かべる八百万と感極まって幸せそうな笑みを浮かべる守璃の様子を遠目に見ていた葉隠は、後にこう語った。
「ヤオモモちゃんと守璃ちゃんの周りだけ、なんかキラキラしてて……二人の後ろにお花が見えた気がした。漫画みたいなやつ!」
けれども当の二人は周りの様子などまったく気にもとめていなかったし、気にしていたとしても、自然とこぼれる笑みを引っ込めるのは難しかっただろう。
「売ったり譲ったりはなさらないでくださいね。そうなると権利問題になる可能性がありますから、あくまで個人利用に留めてください。護藤さんなら大丈夫だと思いますが、念のため……」
八百万の念押しにも、守璃は笑顔を浮かべたままで答えた。
「うん、大丈夫。私、このマトリョーシカは墓まで持っていくから……」
「まぁ! お墓まで……!」
190413
率直に申し上げてやっぱりこれは文章よりも漫画やイラストの方が映えるネタだなあと思いました。私の文章力では上手く伝えられず大袈裟にギャグ(小牧比)に寄りましたが、私に画力があれば漫画などで描いてみたかったですね。漫画を描く練習をしてこなかったことが悔やまれます笑 ヤオモモ謹製マトリョーシカ、どんなデザインでもすべて可愛いと思うのでぜひとも見てみたいものです。
リクエストありがとうございました!