対人戦闘訓練



 今回の演習の内容は、2対2の対人戦闘訓練らしい。敵組とヒーロー組に分かれての屋内戦だ。統計で言えば凶悪敵出現率は屋内のほうが高く、オールマイト曰く、「真に賢しい敵は屋内に潜む」。守璃は過去に遭遇した敵──あの敵が賢しかったかどうかはさておき──のことを思い出した。確かにあの事件も屋内での出来事である。
 クラスを代表するかのように蛙吹が「基礎訓練もなしに?」と尋ねると、オールマイトは力強く答えた。「その基礎を知る為の実戦さ!」
 状況設定はこうだ。“敵”がアジトに核兵器を隠していて、“ヒーロー”はそれを処理しようとしている。“ヒーロー”は、制限時間内に“敵”を捕まえるか核兵器を回収する。逆に“敵”は、制限時間まで核兵器を守り切るか、“ヒーロー”を捕まえる。

「コンビ及び対戦相手は、くじだ!」

 すると飯田がすかさず「適当なのですか!?」と声をあげたが、緑谷の「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップすることが多いし、そういうことじゃないかな…」という言葉を聞いて納得したようだった。素直なのは良いことである。
 一人ずつ箱に入ったくじを引いていく。しかし、このクラスの人数は奇数だから、二人一組だと必ず一人余ってしまうはずだ。余ってしまう一人はいったいどうするのだろう。守璃が引いたくじは“K”だった。

「あれ? あんたぼっち?」
「ぼっちだね、見事に」

 同じアルファベット同士でペアができていく中、“余り”を引き当てた守璃は一人立ち尽くすしかない。まさか自分だけ一人でするというわけではあるまいな。守璃は恐々と手を挙げた。

「オールマイト先生、あの……」
「ああそうだ! すまない、“K”を引いた護藤少女にはもう一度、今度はこっちのくじを!」

 そう言ってオールマイトが差し出したのは、先程のくじとはまた別の箱に入ったくじだ。これは何を決めるくじなのだろう。疑問が顔に出ていたのか、オールマイトは全員に向けて「二人一組とはいったが、このクラスは奇数だからね。今から護藤少女が引いたチームには、護藤少女を加えて三人組になってもらう」と付け加えた。

「てことは、3対2になる組み合わせがあるってこと?」
「そういうことだ!」

 自チームが3人になるのならともかく、相手チームが3人だったら嫌だろうな。3人組になることが確定している守璃はほとんど他人事のようにそう思いながら、全員に見守られてくじを引いた。

「“I”です」
「オーケー! それじゃ護藤少女は“I”チームに混ざってもらおうか!」
「私たちだよ、“I”! よろしくね!」

 葉隠が大きく手を振り、声を弾ませた。

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 対人戦闘訓練、最初の組み合わせは緑谷・麗日のAチームと爆豪・飯田のHチームだった。Aチームがヒーロー、Hチームが敵である。
 結果はAチームの勝利で終わったけれど、それはそれは凄まじいものだった。爆豪と緑谷の衝突でビルは大きく損壊、勝ったはずの緑谷は気を失って保健室に運ばれ、麗日も個性のキャパシティオーバーで顔を真っ青にしている。
 圧倒的センスの塊と言っても過言ではない爆豪と、制限時間のほとんどを個性を使わず立ち回り、爆豪に挑み続けた緑谷。この二人がどういう関係なのか、雄英入学以前に何があったのか。守璃も、ほかのクラスメイトも、誰も知らない。音声は聞こえないから、あの場でぶつかり合う二人が何を話していたのかもわからない。それでも皆、モニターに映し出される戦闘に圧倒された。
 ──とはいえ、まあ。守璃は思う。相澤だったらとうにこの戦闘を止めていただろうな、と。オールマイトの指導方針にケチをつけるのではないけれど、現場を顧みないどころか相手を殺しかねないような大規模攻撃、さらには私怨も見て取れるとあっては、今回の戦闘訓練の趣旨からかけ離れている。それに何より危険極まりない。ぎりぎりまで中止を言い渡さなかったオールマイトに、守璃はひそかに首を傾げるのだった。もしもそれが優しさからくるものならば──兄とはきっとウマがあわないだろう。

□□□

 先の訓練でビルが損壊したため場所を移動し、続く二戦目。早くも守璃たちの出番がやって来た。守璃・葉隠・尾白のI・Kチームは敵役、対戦相手の轟・障子のBチームがヒーロー役である。
 敵役はヒーロー役より五分前にビルに入りセッティングすることになる。ビルに入る直前、「私ちょっと本気だすわ。手袋もブーツも脱ぐわ」と力強く宣言した葉隠が本当に脱いでしまったので、傍目には守璃と尾白の二人組にしか見えなくなっていた。よくよく見てみれば小型無線機が宙に浮いているので、かろうじてそこに葉隠がいるのだとわかる。守璃と尾白はいたたまれない気持ちになったが、結局何も言えないまま、核兵器のハリボテを四階北の広間に設置し作戦会議を始めた。

「まずお互いの“個性”について知るべきだと思うんだ」
「賛成! 私は見たまんま!」
「俺もまあ見てのとおりで……尻尾があるだけ」
「どんなことができる? ぶらさがったりとか?」
「そうだね。手足と同じように動かせるけど、それくらい。近接戦がメインになるかな。護藤さんは?」
「“障壁”っていって、空気さえあれば透明な壁を造れる。サイズと強度は変えられて、大体のものは防げるかな……一応。ただ、透明だから光は透けちゃうし、強度にも限界があって。厚さを変えれば多少立体的にもなるけど基本は平面的な四角形だから……なんて言えばいいかな……でっかいガラス板みたいなものをイメージしてもらえるといいかも」

 守璃が小さな障壁を造り出しながら答えると、葉隠が「えっ凄い!」とはしゃいだ声を上げた。尾白も同じように「凄いな」と口にし、感心したように「ヒーロー向きの良い“個性”だね」と続けた。
 守璃にとっては、苦い思い出のほうが多い“個性”である。そんなにも褒められると思っていなかったから、どうしていいかわからなくてもぞもぞと身じろぎした。

「凄くないよ。コントロールがまだ安定してないし……」
「俺らまだ入学したばっかりだし、そこは仕方ないよ。ちなみにその個性、限度はあるの?」
「増やすだけならわりと何枚でもいけると思うんだけど、増やしたり大きくしたりするほど強度が落ちちゃうから、攻撃を防げる強度のものってなると……今は3、4枚が限度かな。相手の“個性”がわからない以上、確実なことは言えないけど」
「十分だよー! ていうか守璃ちゃんめっちゃ守備特化型でびっくりした、これ勝てちゃうんじゃない?」
「や、油断よくない。あんまり期待しないでほしい」
「謙遜するな〜」
「謙遜じゃなくて事実だよ……。で、作戦どうしよっか」

 もうあまり時間がない。思案していた尾白が守璃の顔を見て──葉隠がどこにいるのかわかりづらいので、自然と二人で顔をつき合わせるかたちになるのだ──口を開いた。

「相手の“個性”がはっきりしないから難しいけど、俺と葉隠さんでヒーローを抑えて、護藤さんの“個性”で核を守るっていうのが無難かな」
「奇襲なら任せて!」
「うん、葉隠さんこれ以上ないくらい適任だよね……」
「護藤さんには核の部屋にいてもらうことになるけどいいかな」
「うん。尾白くんは? ヒーロー抑えに行くの?」
「そうしようかと思うけど……もしかして、護藤さんは攻撃手段がないから万が一障壁を突破されたら為す術ナシって可能性がある……?」
「ごめん、それは大いにある。一応鍛えてはいるつもりだけど、どこまで通用するか……」
「相手チームは二人とも男子だしね。……よし、それじゃ俺と護藤さんで核を守ろう。葉隠さんは奇襲を頼む」
「了解!」
180415
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