嬉し恥ずかし戦闘服



 “個性”把握テスト終了後は、教室に戻ってカリキュラムなどの資料を眺めつつ各自近くの席の子と自己紹介をしたりしなかったり、連絡先を交換したり、しなかったり。相澤が教室に戻ってくることもなく、最後まで“自由”な校訓を実感して入学初日は幕を閉じた。今朝のなんとも言い難い空気を感じたときにはどうなることかと思ったけれど、本気でヒーローを目指している人ばかり集まっているだけあって皆話しやすく良い人そうである。……一部、例外的な人物もいるとはいえ。
 言動が荒っぽい爆豪は言うまでもないけれど、斜め前の席の轟もなんだか話しかけづらい雰囲気だったな、と守璃は思い返した。男子たちが会話していても混ざる様子がなかったし、一人が好きなタイプなのかもしれない。

 一夜明けて翌日。今日からさっそく通常の高校生活がスタートする。午前はごくごく一般的な英語や数学などの必修科目に一般教養だけれど、午後にはヒーロー基礎学がある。まさしくこれぞヒーロー科というべき科目だ。
 昨日の“個性”把握テストを思い出し、自分の課題について改めて考えに耽っていた守璃は、登校して早々聞こえてきた廊下の端まで響き渡りそうなよく通る声に思わず飛び上がりそうになった。

「ヘイ! そこのヒーロー科女子リスナー!」

 その声に振り返った女子生徒は守璃だけではなかった。けれど、声の主は明らかに守璃に向かって手招きをしている。周囲の視線が気になって、守璃はそそくさと廊下の端に移動した。満足げに頷いた相手が廊下の角を曲がったので、守璃もそのあとを追う。
 曲がった先で待ち受けていたプレゼント・マイクは、守璃の顔を見ると上機嫌に言った。「グッモーニン!」

「おはようございます、プレゼント・マイクさ…先生。お久しぶりですね」
「オウ、久しぶり! って言っても俺は入試のときに見かけたけどな!」

「それを言ったら私だって入試のとき先生を見かけましたし、説明聞いてましたよ」と守璃は苦笑した。もっとも実技試験の説明を受けたあの講堂では、プレゼント・マイクの姿は小さくしか見えなかったけれど。

「それで、えっと……?」
「雄英入学オメデトウ! って言おうと思ってな! あっ、『それだけ?』って顔だな!?」
「や、そんな顔してないですって……ありがとうございます」

 守璃はほんのりとはにかんだ。
 相澤と同期のプレゼント・マイクと初めて出会ったのは、守璃がまだ小学生の頃のことである。何がきっかけだったのかはあまり覚えていないけれど、初めて会ったときからマイクはこの通りの気さくな人だった。それ以降も何度か会う機会があり、今ではすっかり守璃にとって身近なヒーローの一人なのだ。

「しっかしあの守璃ちゃんがもう高校生、しかも雄英にいるって改めて考えるとスゲーな! お兄ちゃんは感慨深い!」
「オニイチャン…?」
「おっとどーした! 昔みたいにヘイセイ、ひざしお兄ちゃん!」
「呼んだことないです山田さん」
「何やってんだオッサン」
「こいつぁシヴィー!!」

 歩きながら話をするうち、気づけば職員室の近くに差し掛かっていたようで、呆れ顔の相澤が立っていた。「いちいち声がでけえんだよ」と相澤はいつもの調子で言う。「廊下で騒ぐな」

「護藤、おまえもさっさと教室行け」
「でもプレゼント・マイク先生は」
「ほっとけ」

□□□

 そして午後の授業、ヒーロー基礎学。ヒーローの素地を養うため、様々な訓練を行う科目だ。
 かの有名なNo.1ヒーロー オールマイトが決め台詞とともに教室に入って来ると、教室が色めき立った。守璃もその中の一人である。テレビでしか見たことのない最も有名で人気のヒーローが目の前にいるというのはとても不思議な気分だった。守璃にとってプロヒーローという存在はとても身近なものでもあるけれど、そのプロヒーローがオールマイトとなるとまた別の話である。さすがオールマイト、生で見ても画風が違う。
 今日のヒーロー基礎学ではさっそく戦闘訓練をするということで、コスチュームに着替えてグラウンド・βに集合することになった。
 雄英には被服控除の制度があり、入学前に「個性届」と「身体情報」を提出すると、それに合わせて学校専属のサポート会社がコスチュームを用意してくれるのだ。より詳細な「要望」を添付することもできるので、入学と同時に便利で最新鋭の自分だけのコスチュームを手に入れることができる。
 約三週間前、守璃がこの要望書を書く際に、相澤はこう言った。「要望はよく考えろよ。後々変更していくにせよ、最初はそれ着るんだからな」
 ──確かに機能性を重視するなら、自分の“個性”の短所を補えるようにじっくり考えて要望を提出するべきだよなあ。
 相澤の助言をそう受け取った守璃は、できるだけ詳しく記入して提出した。“個性”使用の反動で起こる四肢の痺れや疲れを軽減するサポーターのようなものをつけてほしい、サポートアイテムなどをしまえるポケットかポーチをつけてほしい、サポーターやブーツの素材は云々──主に機能面についての要望である。その反面、デザインについての要望は少なかった。できる限り露出が少なく動きやすいもの、程度のことしか書いていない。
 守璃は今になってようやく相澤の言葉の本当の意味を理解した。コスチュームの実物を目にしたときから嫌な予感はしていたけれど、いざ着てみると予感は実感に変わる。
 短め丈のトップスはウエストを隠してくれないし、ショートパンツは太ももの太さがはっきりわかってしまう。そりゃあ確かにインナーとサポーターのおかげで、要望通り肌の露出は最低限に抑えられているけれど。雄英を受験すると決めてからずっとトレーニングはしているし、余計な脂肪はついていないはず……と、守璃は自分を慰めた。機能性についてはほとんど要望通り、あるいはそれ以上の出来だっただけに、デザインについてきちんと要望を書かなかったことが悔やまれる。
 今後修正を依頼する際にはより具体的に要望を出そうと心に決め、守璃はロッカーの扉を閉めた。
 さて、ほかのみんなはどうだろうか。何気なく顔を上げた守璃は、一番に視界に飛び込んできた八百万の姿に目を剥いた。

「えっ八百万さんそれ大丈夫!?」

 ほかの女子たちも八百万のコスチューム姿に驚きを隠せない様子で、更衣室がにわかに騒がしくなった。なぜって、布面積があまりにも少ないからだ。胸元は大胆すぎるほど大きく空いているし、脚はすべてむき出しになっている。
 守璃が立て続けに「要望ちゃんと書いた!?」と問うと、八百万はやや不満げな面持ちで頷いた。

「ええ、もちろんですわ。でも、要望よりもスーツの布部分が増えてますの」
「……増えて?」

 八百万は「私の“個性”は肌が出ているほうが都合が良くて」と説明したけれど、守璃と耳郎は静かに目を見合わせた。二人の気持ちはおそらく同じだろう。たとえ都合が良いとしても、自分ならあのコスチュームを着る勇気はない。ぐるりと更衣室を見回すとグローブにブーツだけという猛者までいたので、守璃は考えることを放棄した。そうして改めて自分のコスチュームを見る。……やっぱりこれでよかったのかもしれない。
 みな互いのコスチュームが気になるようで、いかにも興味津々な視線が更衣室を飛び交い始めた。

「耳郎さんのコスチュームいいね。似合う」
「ありがと。護藤も似合ってるじゃん」
「うっ…ドーモ……」
「ありゃ、なんか不満がある感じ?」
「要望は書かなかったのかしら?」
「やー、書いたっちゃ書いたんだけど……もうちょい詳しく書くんだったなって」

 守璃が苦笑すると、麗日も同じように苦笑して頭を掻いた。

「私もだよ……ちゃんと書かなかったらこんなパツパツスーツになってしまった……」
「大丈夫、麗日さんはキュートで良い感じだから自信もって」

 すると、「私はー?」と芦戸が楽しげに笑いながら守璃の視界に入り込み、便乗するように葉隠も「私は私はー?」と手を大きく振った。

「芦戸さんは雰囲気にすごく似合ってると思う。かっこいい。葉隠さんは……似合ってる……けどアウト……いややっぱりセーフ……?」
「考えたら負けって感じだよね」
「みなさん、おしゃべりはこれくらいに。全員着替えが済んだようですし、グラウンドに行きませんと」

 すっかり雑談モードになっていた空気を八百万が切り替える。
 全員そろって更衣室を後にすると、ドアをくぐるとき、守璃の前にいた蛙吹が言った。「護藤ちゃんも自信もっていいと思うわ」

「…はは、ありがとう蛙吹さん」
「梅雨ちゃんと呼んで」
180415
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