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 八百万の自宅は、なんというか、とても凄かった。“八百万家”というよりも、“八百万邸”と呼びたくなる。
 勉強会は八百万邸の豪邸っぷりに終始圧倒されっぱなしだったが、実に有意義なものになった。苦手な数学だけでなく、英語のちょっとつまずいてしまったところだとか、化学のよくわからないまま なあなあにしてしまったところだとか、どこを訊いても八百万は快く教えてくれた。しかも、とてもわかりやすいのだ。将来、八百万が雄英から教師としてスカウトされる可能性は高いのかもしれない。
 試験当日はあっという間にやってきたが、勉強会のおかげもあって筆記試験は無事に終えられた。手ごたえは良い。特に不安だった数学で手を止めずに解けたのは、間違いなく八百万のおかげだ。手ごたえを報告しがてらお礼を言うと、八百万は自分のことのように喜んでくれた。

 ――そしていよいよ、演習試験。

 コスチュームに着替えて指定の場所に集合すると、先生方が待ち構えていた。対ロボットの戦闘と聞いていたから、いるのはせいぜい相澤とオールマイト、リカバリーガールくらいだろうと思っていたのに、スナイプやセメントス、エクトプラズムたちもいる。総勢十一人。やけに多い。

「諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々わかってるとは思うが…」

 そう言った相澤の捕縛布がもぞもぞと動いている。

「入試みてぇなロボ無双だろ!!」
「花火! カレー! 肝試〜!」
「残念! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 捕縛布の中からひょっこり現れたのは校長の根津だ。校長は捕縛布を使い、崖を下りるかのようにして相澤の肩から下りる。相澤は表情一つ変えず、微動だにしない。隣では13号が校長の背後にそっと手を添えていて、試験前だというのに守璃はなんだかほっこりしてしまった。すぐに始まった校長の説明に慌てて気持ちを切り替える。
 校長の話によると、先日の襲撃事件やステイン事件を経てさらなる敵の活性化が懸念されている今、雄英としては、ロボとの戦闘訓練は実践的ではないという結論に至ったらしかった。もともと対ロボ戦闘はクレーム対策として導入されたものだ。使用されるロボは凶悪敵然とした動きをするよう特別にプログラミングされているというわけでもなく、どうしても実際の敵戦闘よりずっと単調な展開になってしまう。そこで今後は、対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い指導を重視していくという。

「諸君らにはこれから、チームアップでここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」

 各組分けと対戦する教師は決定済み、と相澤は続けた。

「動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらった」

 淡々と発表される組み合わせを聞きながら、守璃は拳を握りしめた。緊張で心臓が飛び出しそうだ。
 試験はそれぞれ別ステージで一斉にスタートする。試験概要はこのあと対戦相手から説明されるとのこと。各ステージへは学内バスで移動するそうで、相澤の「速やかに乗れ」との指示に皆そそくさとチームで固まってバスへ乗り込んだ。

□□□

 試験の制限時間は三十分。ハンドカフスを対戦相手に掛ける、もしくは、チームのうち一人でもステージから脱出することができればクリアとなる。
 脱出の選択肢が与えられているのは、対戦相手を敵そのものと考え、会敵したと仮定して、より実践的な判断と行動を求められるからだ。実際に会敵したとき、避けなければならない最悪の展開は、判断を誤って応戦し全滅することである。戦って勝てるならばそれで良し、実力差が大きすぎる場合は逃げて応援を呼ぶ方が賢明。――戦って勝つか、逃げて勝つか。
 とはいえ、今回はあくまで「試験」でもある。始めから逃げの一択になるのも、試験としてはよくないのだろう。先生方はハンデとして体重の約半分の重さのおもりをつけるらしい。

 対戦相手であるスナイプに連れて来られたのは、今までの演習でまだ一度も使ったことがない施設だった。丸い柱が無数に立ち並ぶ様はどことなくギリシャの神殿を思わせるが、施設としては、首都圏の某放水路を模しているのかもしれない。
 辺りを見渡す限り、ただただ広いだけで、柱の他には何も見当たらなかった。明かりはあるものの薄暗く、視界良好とは言い難い。身を隠せる場所が多いと言えないこともないが、それはスナイプにとっても同じことだ。むしろ、遠距離からの攻撃に長けているスナイプにとっては都合が良い。間合いを詰めさせず、一方的にこちらを無力化することは容易いだろう。
 守璃は、葉隠・障子との三人チームだ。自ずと初めての戦闘訓練のことを思い出す。
 あのときは、轟に圧倒された。葉隠に無理をさせたにもかかわらず、ほとんど歯が立たずに終わってしまった。あの場にいた生徒たちの中で、轟は間違いなく格上の存在だった――いや、今でもそうだ。彼の背中ははるかに遠い。
 しかしスナイプは、その更に上にいるプロヒーロー。格上も格上だ。勝ち目は薄い。脱出できるなら、きっとそれが一番良い。
 ──でも。
 脱出なんてできるだろうか?
 スナイプの“個性”はホーミング、たとえ姿が見えていなくても相手の位置を一瞬で把握するものだったはずだ。葉隠と障子は索敵が得意な二人だが、経験の差など様々な観点から間違いなくスナイプのほうが格上である。
 というか、自分はなぜこの組なのだろう。
 その点において、相澤の意図が守璃にはよくわからなかった。
 索敵が得意な二人を索敵が得意な先生にぶつけている――それはわかる。しかし、守璃は違う。「自分は索敵が得意だ」なんて思ったことはないし、おそらく組分けを決めた相澤だって「守璃は索敵が得意だ」と思ったことなど一度もないだろう。守璃がかろうじて得意と言えるのは防御とサポートくらいのもので、その他はてんでダメだ。索敵どころか攻撃もチェイスも得意ではないし、“個性”のコントロールは長年の課題である。
 指示されたスタート地点に向かいながら、守璃は考える。普段から寡黙な障子は今日も静かで、葉隠だけが「頑張ろうね!」と声を張り上げた。

「私も頑張るから! 本気出すから!」
「……うん。でも無茶はしないでね。私も頑張るから」
「葉隠は姿が見えない分、怪我をしていてもわかりにくいからな……無茶はせず、それぞれ最善を尽くそう」
「二人とも優しすぎじゃない!?」

 スタート地点はフロアの中奥。見える景色は変わり映えしないが、入り口付近から先生が仕掛けてくるだろうことを考えれば、脱出に専念したとしても難易度は高い。

「作戦はどうする? って言っても、私は隠密行動くらいしかできそうにないんだけど……!」
「俺もこれといった攻撃手段がな……」
「守璃ちゃんも防御特化だし、私たちとスナイプ先生の遠距離射撃 相性悪いよね〜」
「わざとそうしているんだろう」

 障子が低く答えたのを聞きながら、守璃はハッとした。「……それだ」
 索敵向きの二人と、防御向きの守璃。三人ともめぼしい攻撃手段を持たない。特に、遠距離では為す術がないという点は三人とも共通している。普段の戦闘訓練でも、前に出ることは少なく、攻撃の面はどうしてもチームの誰か頼みになる。――なら、それが出来ないチーム編成のときはどうするか。

「私たちが戦闘を視野に入れるなら近接戦に持ち込むしかない……」
「確かに近接戦なら少しは……しかしスナイプ先生の間合いは相当だぞ。身を隠しても、おそらく位置はすぐ割れる」
「うん……でも相手の間合いで戦ってたらすぐに詰む。逃げるにしろカフスを掛けるにしろ、どうにかして近づかなくちゃ」
「出口は向こう側……先生に近寄れなかったら、脱出も無理だもんね」

 間合いを詰める――このチームでその仕事を引き受けられるのは、守璃だ。

 ――頭上で、試験開始のアナウンスが鳴り響いた。

190617/190728
アニアカの期末試験回はふんわり参考にする程度で、大部分が捏造になります……
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