“個性”指南



 昨夜保須市に現れたヒーロー殺しステインと他三人の(ヴィラン)が逮捕されたニュースは、瞬く間に世間に広まった。新聞やニュースはもちろん、ラジオにネットニュース、一般市民の世間話まで、話題はステインの逮捕で持ちきりだ。それだけ全国各地で何人ものヒーローを殺害したステインに世間が注目していたということである。
 ステイン逮捕の功労者は、No.2ヒーロー エンデヴァー。本来保須市はエンデヴァーの管轄外なのだが、エンデヴァーはステインのこれまでの行動パターンから、必ず再び保須にステインが現れると確信し、保須市に出張中だった。エンデヴァーの読みは正しく、見事ステイン逮捕に至った、ということらしい。
 ステイン逮捕はそれだけで一大ニュースだったが、逮捕劇のその裏で暴動を起こしていた三人の敵についても各メディアで大きく報道された。三人の敵にはいずれも先日雄英を襲撃した敵――“脳無”と呼ばれていたあの怪人――と酷似した外見的特徴があったのだ。さらに、同時刻にマスコミの取材班が騒ぎを見下ろす不審な二人組を目撃しており、その背格好もまた USJ襲撃事件の主犯格の男に似通っていたという。これからのことから、ステインと敵連合には何らかの繋がりがあった可能性が示唆されている。
 昨日の今日で、報道されている内容はまだこんなところだ。より詳しいことがわかるのは、取り調べが進んでからだろう。
 緑谷からは、昼間になってから連絡があった。今朝のニュースで、昨夜のステイン事件にはプロヒーローのほかに高校生三名が居合わせたと報道されていたが、その三名というのがなんと緑谷・飯田・轟のことだったらしい。緑谷から送られてきたあの位置情報はSOSで、近くにいた轟はその位置情報を見て現場に駆けつけたのだとか。
 職場体験先が東京ではなかったはずの緑谷がどうして保須にいたのか、気になることはあったものの、守璃はほっと胸を撫で下ろした。
 三人とも怪我を負い、今は病院にいるとのことだったが、怪我で済んだのが幸運だったと言うべきだろう。相手は何人ものヒーローを殺害・再起不能に陥れた敵、悪くすれば今頃三人の訃報を聞かされていたかもしれない。そう考えるとからだの芯からゾッとした。三人が無事で本当に良かった。

 基礎トレーニングの直前には、麗日に緑谷から電話があった。
 ガンヘッドは麗日の電話を咎めなかったが、通話をする麗日の様子を見て守璃を振り返り、「もしかしてカレシかな?」とコイバナをする女子のように頬を染めた。相変わらずガンヘッドのギャップには驚かされる。可愛い。

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 基礎トレーニングはいつも前半で筋トレ、後半で組手を行う。組手の相手は毎回変わり、麗日と守璃が組むときはガンヘッドが側について、改善点を随時指摘してくれる。そうでないときは、ガンヘッドやサイドキックの誰かとペアを組むことになるので、ペアを組んだ相手が一対一で指導してくれた。
 今日の組手は、ガンヘッドが守璃の相手だった。ガンヘッドは大抵、決まっている基本の型を順に一通りこなした後に応用編といって様々なアドバイスをくれる。
 けれども今日のガンヘッドは、アドバイスの前にあごに手をあてて首を傾げた。

「イージスちゃんの“個性”は、空気を変質させて障壁にするんだったよね?」
「はい」
「いくつか確認したいんだけど、障壁は、その空間にそのままの位置で固定されるものなのかな」
「そう……ですね。空中に造っても落下したりはしないです」
「押したり引いたりされたら?」
「押したり引いたり……」

 守璃は入試の実技試験のことを思い出した。
 あのとき、障壁で仮想敵を挟み込んで行動不能にすることが出来たのは、仮想敵の動きによって障壁が押し返されることがなかったからだ。入学後の演習や体育祭を思い返してみても、障壁が押し返されたことはない。

「……その場合も、動かせはしないと思います。強い力が加わると壊れてしまうので」
「なるほど。もうひとついいかな? 障壁を造る場所に障害物があったら、どうなる?」
「障害物、ですか?」
「そう。実戦で例えると――敵が手に刃物を持って突っ込んできたとき、障害物(て や うで)を巻き込むように周りの空気を障壁にすることで相手の動きを止める、制限する、っていう使い方ができるのかどうか」

 ぴんと立てた人差し指を振りながら言ったガンヘッドは、「ていうか、試したことある?」と再び首を傾げた。
 守璃は素直に首を横に振って答える。

「ありません……」
「そっか。じゃあ今度、試してみよう。やってみる価値があると思うよ。もし可能なら闘い方の幅がぐっと広がるはずだよ」

 『ぐっと』と言いながらガンヘッドは拳を握り、上に向けて突き出した。

「相手が刃物を持っている場合の立ち回り方はこの前教えたけど、それでも対応しきれない場合はある。この“個性”社会じゃ、相手の腕や刃物が一本だけとは限らないしね。そういうとき安全に犯人を確保する鍵はやっぱり、自分や味方の“個性”の使い方なんだよ」

 “個性”の使い方に工夫を凝らす。それまで通りの使い方をとことん極めるのも一つの道ではあるが、ヒーローという特殊な職を目指す以上、出来ることを増やすにこしたことはない。出来ないことを悔やむことはあっても、出来ることが悔いに繋がることはないからだ。出来ることが多い分だけ、救う方法も、救えるものも増える。

「体育祭で見たときは手が触れていないとダメなのかなと思ったんだけど、理論上はそういうわけじゃないんだよね?」
「えっと、はい、理論上は、一応」
「要は、イージスちゃんにとって『ここに障壁をつくるぞ!』っていう意識やイメージを明確にすることが大切なんだよね。そういう“個性”の場合は安定性を考えるのが一番だから、無理にノーモーションにする必要もないけど……もっと小さな動きに留められると理想的だね」
「小さな動き……」
「うん。でも、ベースは“手を翳す”動きのままでもいいよ。その動きを周囲に印象づけておけば、不意討ちやフェイクも活きてくるだろうしね」

 不意討ち。フェイク。ガンヘッドの言葉を反芻する。
 たしかに守璃の障壁は、一目にはわかりづらい。もちろん実体が無いわけではないから、よく目を凝らせば誰にでも“そこにある”とわかる。それでも、ほとんどの場合初見の人間は見抜けない。見慣れてくると比較的すぐに見つけられるようになるが、今のところ瞬時にそれができるのは、守璃の“個性”を飽きるほど見てきた相澤だけだ。
 その相澤は最近『自分で考えて気づけ』のスタンスをとっていて、相澤からはっきりとしたアドバイスをもらえることは少ない。守璃としても、幼い頃ほど尋ねなくなった。それは、いつまでも相澤頼りではいけないと思ったからでもあるし、もうひとつ、担任教師と生徒という立場になった今個人的に教えてもらうのは、なんだか贔屓のようで気が咎めるからでもある。
 ガンヘッドの指導は想像以上に親切で、守璃にとって嬉しい誤算だと言えた。相澤でもなく雄英の教師でもないプロヒーローに指導してもらえることはそれだけで十分貴重な経験なのに、“個性”についてのアドバイスまでもらえるとは思ってもいなかった。ガンヘッドの“個性”と守璃の“個性”はまったく系統が違うので尚更である。

「ご指導ありがとうございます。やってみます!」

 守璃は深々とお辞儀すると、頭上からガンヘッドの声がした。

「頑張ってね」

 見上げれば、ガンヘッドは両手でガッツポーズを作っていた。
 ……やっぱり可愛い。

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