武闘派のギャップ
超常黎明期。人類が突然手に入れた“個性”が当時の社会にもたらした影響は、決して良いものではなかった。
何しろ、一人ひとりが異なる超人的パワーあるいは身体的――それまでの人類が決して持ちえなかったような――特徴を持つようになったことで、従来のヒトの定義も規格も常識も、根底から覆されたのである。社会全体がたちまち深刻な混乱状態に陥るのは自明であった。当時はまだ多数派だった“無個性”の人間による有“個性”者の差別、排斥運動が世界各地で活発になり、さらに暴動に発展したケースなどは枚挙にいとまがない。実際に有“個性”者が隔離されることも珍しくなかったという。
さらにそれらと時期を同じくして、“個性”を悪用した犯罪が横行するようになった。それまでの犯罪とは比較できないほどに大規模な被害、凶悪なやり口。警察は規格外の体躯を持つ犯人を取り押さえることもままならない――。
あまりに急激すぎた変化に法整備は追いつかない。まさに混沌、暗黒の時代。当然、文明は低迷した。とある偉人などは「超常が起きなければ今頃人類は恒星間旅行を楽しんでいただろう」という言葉を遺している。
しかし、そんな混沌の時代に、一般市民の中から“個性”を使って治安活動を行う者たちが現れた。
自警団である。
やがて、彼らの台頭にやや遅れるかたちで、“個性”使用に関する法整備も進んでいった。新法によって自警団たちの活動は正式な法的根拠を得ることになる。
こうして生まれたのが、今や誰もが憧れる“ヒーロー”であり、以上が、近代史で語られる“ヒーロー”誕生の経緯である。
ヒーローの成り立ちについてはわかるかな。
パトロールに出てすぐのその問いかけに守璃が淀みなく答えると、守璃と麗日の前を歩くガンヘッドは頷いた。「うんうん、よく勉強してるね」
「知っての通りヒーローは国からお給料を頂いてる公務員だけど、そういう成り立ちだから、一般的な公務員とは性質が違うんだよね」
ガンヘッドは周囲の様子も伺いながら、少しだけ後ろを振り返る。
「ここからは具体的な実務内容についての話――まあ、基本は犯罪の取り締まりだよ。事件発生時には警察から応援要請がくるよ。地区ごとに一括でくるんだよ。逮捕協力や人命救助等の貢献度を申告、そして専門機関の調査を経てお給料が振り込まれるよ。基本歩合だね」
ゴリゴリの武闘派と名高いいかつい外見とは裏腹に終始ガンヘッドの喋り方が可愛いことに気がついてしまった守璃は、真面目な話の最中にもかかわらず妙にほっこりしてしまった。俗に言うギャップ萌えというやつである。ガンヘッドが話す度に守璃はにこにこしてしまいそうになったが、なんとか生真面目な表情を取り繕って相槌を打った。
「あとは……“副業”が許されてるよ。公務に定められた当時は揉めたそうだけど、市民からの人気と需要の後押しが大きかったみたいだね。今じゃ副業してるヒーローは珍しくない……っていうのは、ヒーロー科の生徒さんには今更だったね」
「先生方はヒーローと教師の兼業ですもんね」
「そう。ヒーロー専業とはまた違った忙しさがあって、大変だろうね」
プレゼント・マイクに至ってはさらにラジオの仕事まである。毎週金曜日、深夜一時から早朝五時までの四時間ノンストップ。遅くて長い放送時間でありながら多くのリスナーに愛されている大人気ラジオだ。
ガンヘッドは今のところそういった副業はしていないが、犯罪抑止のキャンペーンの広告出演依頼などはくることがあるらしい。ヒーローとしての知名度・人気度が高くなるほど、そういうオファーも増えるのだという。
やがて、パトロールは特に人通りの多いエリアに差し掛かった。
交差点を行き交う人波の中には、ガンヘッドに気づいて手を振る子どももいる。地元の子どもなのだろう。気がついたガンヘッドが手を振り返した。手の振り方が可愛い。
「この辺りは人口も多いからどうしても敵発生率が高くなるんだよね。ちょっとしたいざこざレベルの事件も数えるともっと多いよ。だからこそ、こういう日々のパトロールの重要性も増すんだよ」
パトロールの目的は、ヒーローが“いる”と見せることで敵を牽制し、犯罪を抑制するだけではない。市民に安心感を与え、ヒーローへの信頼感を持ってもらうというねらいもある。
強“個性”を使って何かをする、という意味合いでは、ヒーローと敵に大差はないのだ。もちろんヒーローは資格制だし、身元もきちんとしているが、人の心証とはそれだけで決まるものでもない。ヒーロー業は人気商売的側面も強いため、市民との信頼関係の構築は、ヒーロー活動を円滑に行う上でも欠かせないというわけである。
「職場体験中、二人にもパトロールは毎日出てもらうからね。巡回ルートは今のルートの他にもあるから、それは後で教えるよ。このルートで注意すべきポイントは――」
ガンヘッドの説明に、守璃と麗日は聞き漏らさないよう注意深く耳を傾けた。
パトロールもそろそろ折り返しだ。
□□□
「は〜、初日終わった〜!」
コスチュームから着替え、職場体験の間寝泊まりする詰所に案内されると、部屋に荷物を置いた麗日はぐんと伸びをした。
詰所内には仮眠・宿泊用の個室が数部屋あるが、サイドキックたちも随時利用するため、麗日と守璃が借りられるのは二人で一部屋だ。トイレやシャワールームは共用。ランドリールームも併設されていて、シャワールーム、ランドリールームとも二十四時間いつでも自由に利用して良いことになっているらしい。
部屋の中はそれほど広くはなく、備え付けの二段ベッドと机が部屋の大部分を占めている。とはいえ、寝泊まりするだけなら十分な広さだろう。守璃が窓のカーテンを閉めていると、麗日は二段ベッドの下段に腰をおろし、そのまま後ろに倒れこんで「ふかふか!」と声を弾ませた。
麗日に手招きされるまま、守璃も近寄ってベッドをてのひらで押してみる。想像していたような反発はなく、てのひらが沈んだ。
「わ、ほんとだ」
「こういうとこのベッドってもっと硬いのかと思ってた」
「私もそういうイメージだった。ぐっすり寝て疲れを翌日に持ち越さないため、とかかな」
「あー、ぽい! 合理的だ」
体を起こした麗日が、うんうんと頷く。守璃の耳には馴染み深いその単語も、麗日が言うと不思議と少しだけ可愛らしい響きに聞こえた。
「本当にそういう意味でふかふかベッドなのかはわかんないけど……寝袋とかじゃなくてよかったよね」
もしもガンヘッドがイレイザーヘッドのような合理化の鬼だったら、危うかったかもしれない。寝られりゃ良いんだと、ベッドのかわりに寝袋が置かれていたかも。もしくは、毛布だけとか。
守璃がそう言うと、麗日は笑った。笑い事で済んで良かったと神妙な面持ちをした守璃の様子がよほど可笑しかったらしい。ころころと一頻り笑うと、「ガンヘッドさんに感謝やね」とうららかに呟いた。
「明日からは鍛練にも参加って言ってたけど、やっぱりハードなんかな?」
「うーん……ガンヘッドさんもサイドキックの皆さんも武闘派揃いだもんね」
「ドキドキするなー……」
麗日は落ち着きなく、ゆらゆらと左右に体を揺らした。それにあわせて、髪の毛もふわふわ揺れている。
「そういえば私ね、今日気づいたことがあるんだ……」
「うん?」
「ガンヘッドさん、喋り方可愛い」
麗日が妙にしみじみとした口調で呟いたので、守璃も思わず真面目な顔になって、ゆっくりと頷いた。
「わかる。動きも可愛かったよね」
「それ! ギャップ萌えってこういうことなんやなって、私、ちょっとキュンとしてしまった」
わかるわかる、と守璃は再度頷いた。そう思っていたのは自分だけではなかったのだなと思うと、なんだか面白くなってきて、二人で顔を見合わせて笑った。
――職場体験一日目は、こうして和やかに終わっていく。
181108
捏造甚だしくてすみません…ヴィジランテも参考にしました