君の力



 守璃が観客席に戻ったときには、既に緑谷vs轟の試合は始まっていた。
 緑谷は“個性”で起こした暴風で轟の氷結を打ち消しているが、“個性”の反動で早くも指がボロボロになっている。

「もう始まってるぞ」
「みたいだね。間に合わなかったや」

 守璃は苦笑しながら、再び障子の隣に腰をおろした。前の席には爆豪が座っている。爆豪は振り向きもしなかったが、騎馬戦での事もあって守璃は少し緊張した。
「遅かったね?」と振り返った耳郎が言う。

「うん、ちょっと話し込んじゃって」
「え、誰と──」

 その時、ステージで一際激しい突風が起こった。観客席の方まで届き、観客の帽子を吹き飛ばす。
 再び轟が氷結を使えば、緑谷もボロボロの手で暴風を起こして応戦する。
 どちらも一歩も引かないが、もはや緑谷の腕は左右とも到底闘えるような状態には見えなかった。遠目から見てもわかるほどの酷い怪我で、肌も変色してしまっている。本来なら、今すぐにでもリカバリーガールのところへ行くべき大怪我のはずだ。見ているだけで痛々しく、思わず目を覆いたくなる。
 対する轟はまだ怪我一つ負っておらず、緑谷とはあまりに対照的だった。余裕さえあるようにも見える。しかし、よく見れば──轟の右半身に霜が降り始めている。
 ボロボロになりながらも攻撃を続ける緑谷が、轟の腹に重い一撃を叩き込んだ。轟は避けなかった。いや、避けきれなかったというべきかもしれない。轟の動きはどこか鈍っているように見え、氷の勢いも少しずつ弱まっている。
 既に満身創痍だというのに、緑谷は攻撃を諦めない。そこまでボロボロになって、それでもなお自分の腕や指を犠牲にしながら轟に向かっていく緑谷の姿はいっそ恐ろしくもあった。
 控え室で轟の宣戦布告を受けた時の緑谷とは雰囲気が違う。勝ちたいから──そういう理由ももちろんあるだろう。けれど、それだけとは思えないような凄まじい気迫だった。鬼気迫る何かがある。

「君の! 力じゃないか!!」

 緑谷の叫びが響いた。
 何の話をしているのか守璃には知る由もない。きっとずっと知りようのない、あの二人にしかわからない話だ。それなのに、その叫びに胸の奥深くが震える思いがする。
 轟の左側に炎が揺らめいて、激しく燃え上がった。今まで氷を溶かす時にしか使っていなかった左側、熱の“個性”だ。初めての戦闘訓練で轟に凍らされ、溶かしてもらったあの時とは比にならないような熱が観客席にまで伝わってくる。
 右半身に氷を、左半身に炎をまとった轟の姿にスタジアム中が──ひょっとしたら日本中が──目を奪われ、息を飲んだ。もちろん守璃だって例外ではない。それは思わず身震いしてしまうほどに荘厳な姿だった。
 観客席にいたエンデヴァーが声を上げた。父親として、息子を激励したのだろうか。それが轟に聞こえていたのかどうかはわからなかった。
 緑谷の超パワー、轟の氷と炎が真っ向からぶつかり合う。
 大きな爆発が起こり、これまでの比ではない激しい爆風が吹き荒れた。散々冷やされていた空気が瞬間的に熱されたことで、一気に膨張したのだ。あまりの激しさに目を開けているのもやっとで、ぶつかり合った二人がどうなったのかは確かめられない。
 風がおさまった後もステージ上は爆煙に包まれ、何も見えない状態だった。
 少しずつ、煙が晴れていく。
 緑谷は場外にいた。既に意識を失っている。爆発によって大きく崩壊したステージに立っていたのは、轟だった。

「轟くん──…三回戦進出!」

□□□

 原型を留めないほど崩壊したステージの修復には時間がかかったが、修復が終わるまでの間には緑谷は戻って来なかった。修復タイムに入ってすぐ緑谷のお見舞いに行った蛙吹たちから聞いた話では、緑谷の怪我が酷すぎて手術が必要だということだったから、リカバリーガールの治癒もすぐには受けられないのだろう。
 再開された試合は、緑谷vs轟の試合とはうってかわって短期決戦が続いた。
 飯田vs塩崎戦は、持ち前の機動力を生かした飯田が開始直後に塩崎の背を取って場外へ押し出し勝利。芦戸vs常闇の試合は、常闇が八百万戦同様に間合いに入らせない攻撃で芦戸を寄せ付けず、常闇が勝利となった。
 そして二回戦最後の試合、爆豪vs切島。硬化状態の切島が速攻を仕掛けるも、爆豪の猛攻にダウン。至近距離でも容赦なく爆撃する爆豪の顔はヒーローというよりもむしろ敵のようで、守璃はひっそりと身を震わせた。

「爆豪くんもうちょっと優しく……丸くならないかな」
「無理だな」
「即答かぁ…。障子くんわりと辛辣なんだね?」

 続く試合はいよいよ準決勝。
 轟vs飯田戦は、先手を取ったのは飯田だったが、飯田が轟を場外へ放り出すよりも、轟が飯田のエンジンを凍らせる方が早かった。動きの止まった飯田に、轟はさらに氷結の追い討ちをかける。そうなれば飯田はもう身動きを取ることができない。飯田行動不能で、轟が決勝戦進出を決めた。
 二試合目は爆豪vs常闇だ。
 爆豪の強さは最早言うまでもないが、常闇もここまで相手を圧倒して勝ち進んでいる。何より、“個性”の性質上 近接戦に持ち込まざるを得なかった麗日や切島とは違って、常闇は爆豪と一定の距離を保っての中距離攻撃が可能なのだ。
 これは、常闇が勝ち進むかもしれない。
 ところが、いざ始まった試合では、常闇は防戦一方となった。八百万戦、芦戸戦でははじめから攻勢に出ていたはずなのに。

「もしかして常闇くん、爆豪くんと相性悪い……?」

 爆豪の攻撃を凌いではいるものの、先の二試合と比べると常闇の“個性”黒影に勢いがない。
 ステージをじっと見ていた障子が不意に呟いた。

「光か」
「そっか、常闇くんの“個性”は影だから……!」

 影とは本来、光が遮られたところにできるものだ。遮る物がない真正面から光を受ければ消えてしまう。
 常闇の黒影は昼間の屋外でも消えることがない為なかなか気づかなかったが、それでも“影”である以上、光とは相容れない性質を持つのだろう。
 ついに黒影は爆豪の“個性”によって完全に封じられ、常闇自身も爆豪に押さえつけられてしまった。常闇は降参し、決勝進出は爆豪。

「常闇くん悔しいなー…」
「俺は正直常闇が勝つかもしれないと思っていた」
「わかる」
「障子席変われよ…オイラだって女子の隣に座りてーんだよぉ……」
「相性の有利不利はなかなか覆せないから難しいところだな」
「どれだけ事前に対策しておけるかが重要になってくるよね」
「無視すんな!」

□□□

 A組ツートップによる決勝戦。轟vs爆豪。
 先制したのは轟で、開始早々巨大な氷が津波のようにステージを覆い尽くす。瀬呂戦程の規模ではないにせよ、一撃で相手を行動不能にするには十分な攻撃だ。しかし、ここまでずっと圧倒的な力を見せてきた爆豪は、爆破で凍らされるのを防ぎ、さらに氷を砕いて、すぐに氷の壁の向こうから姿を見せる。
 爆豪は轟の氷を避けて跳びながら、左側に掴みかかる。空を飛ぶ“個性”でもないのに、空中での体の使い方が上手い。
 爆破とともに轟が投げ飛ばされるも、轟は氷を上手く使って場外アウトを回避。
 
「……この試合見てると、レベルが違いすぎたって言われるのも納得しちゃうな」
「あぁ……戦闘訓練の時の」
「それ」

 轟の攻撃は再び氷だけで単調ではあるが、爆豪相手にひけをとらないし、爆豪も轟にひけをとらない。それどころか爆豪は炎を使わない轟にキレている。
 特大の火力に回転と勢いを加え、ミサイルさながらの勢いで突っ込んでいく爆豪と、轟がぶつかり合った。──一瞬、轟の左側に炎が揺らめいて、すぐ、消える。
 轟が使ったのはまたしても右側の氷だけだった。爆豪の起こした爆発だけが、ステージを飲み込むような爆風を生む。
 煙幕が晴れたとき、ステージにいたのは爆豪だけだった。轟は場外、そのうえ 気を失っている。勝敗は決まっていた。
 納得がいかないと轟に掴みかかった爆豪をミッドナイトが“個性”で眠らせ、高らかに宣言した。

「轟くん場外!! よって──爆豪くんの勝ち!!」

180729
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