本気vs本気



 続く第二試合、瀬呂vs轟。先手を取ったのは瀬呂だった。テープで轟を拘束し、一気に場外へ放り投げようとする。
 しかし対する轟の氷結は、これまで見せた中でも桁違いの威力だった。一瞬のうちに、巨大な氷の塊がスタジアムの3位半分を覆って空へとせり出す。これにより凍りついた瀬呂は行動不能となり、轟が二回戦進出。
 第三試合は、B組塩崎vs上鳴。上鳴の放電を塩崎はものともせず、頭髪のツルを自在に操り上鳴を完封。開始早々に決着がつくことになった。瞬殺である。
 続いて第四試合、飯田vsH組発目。障害物レースの第二関門で守璃の横を飛んでいき、騎馬戦では緑谷と組んでいたサポート科の女子だ。自作のサポートアイテムをフル装備している。
 何故か飯田までサポートアイテムを装備していて何事かと思えば、どうやら発目に上手いこと言いくるめられたらしい。試合は終始小型マイクを装備した発目によるアイテム解説付きの鬼ごっことなり、10分後、満足したらしい発目が自ら場外へ出て試合終了。発目はとても清々しい表情をしていた。商魂逞しすぎる。
 気を取り直して第五試合、芦戸vs青山。持ち前の身体能力を活かして飛び回る芦戸に、青山のビームは当たらない。芦戸は酸で青山のベルトを故障させ、その隙をついて顎に一発。青山失神で行動不能、芦戸が二回戦に進出。
 第六試合、常闇vs八百万では、八百万が盾を創造して常闇の黒影に対応しようとするも及ばず。反撃の隙もないまま場外へ押し出され、あっという間に常闇が二回戦進出を決めた。
 第七試合はB組鉄哲vs切島の“個性”ダダ被り組。真っ向勝負の殴り合いの末、両者ダウンで引き分け。二人が回復した後、腕相撲で勝敗を決めることになる。
 そしていよいよ、一回戦最後の試合。

「中学からちょっとした有名人! 堅気の顔じゃねえ! ヒーロー科 爆豪勝己!! 対 俺こっち応援したい!! ヒーロー科 麗日お茶子!!」

 私情を挟んだ実況に、それでいいのかと思いつつ、守璃は固唾を飲んでステージを見下ろした。
 客観的に見て爆豪の方が格上だが、爆豪はきっと手加減などしない。加えて、入学から今日まで爆豪は粗暴な面が目立つ。見ているこちらも恐いのだから、ステージで向き合っている麗日はもっと恐いはずだ。
 麗日が速攻を仕掛けていくが、爆豪は真っ向から迎え撃つ。
 麗日の“個性”は直接触れなければ発動出来ない。対して、爆豪の“個性”は範囲攻撃が可能で威力も高く、爆豪自身の反射神経もずば抜けている。どう考えても分が悪いのは麗日だ。
 間髪入れずに何度も向かっていく麗日を、爆豪は一切寄せ付けない。何度突進しても爆発に押し返される。爆煙の隙間から見えるステージはいつしかあちこち抉られいて、爆発を真っ正面から受け続けている麗日もボロボロだった。

「ウチもう見てらんない……!」

 一回戦時から席が多少変わって今は斜め前に座っている耳郎が、悲痛な声を上げて顔を覆う。それくらい、一方的に見える展開だ。
 知らぬ間に握り締めていた手がすっかり冷えきっている。
 麗日の何度目かの突進がまたしても爆発に阻まれたとき、観客席の一部からブーイングが上がった。

「おい! それでもヒーロー志望かよ! そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!! 女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」
「そーだそーだ」

 一人が声をあげると、便乗するように周りの声も大きくなる。

「しかし正直俺もそう思……わあ肘っ」

 プレゼント・マイクが同意しかけた声が突然、不自然に途切れた。次にマイクを通して響いてきたのは、全く別の声だった。

「今遊んでるっつったのプロか? 何年目だ?」

 相澤の声だ。

「シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ」

 これは、どうやら──怒っている。
 騒がしかった観客席は、一瞬にして静まり返った。

「ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねえんだろが」

 その時、肩をとんとんと叩かれて、 守璃は振り返った。隣に座っている障子の複製腕の一つ、その人差し指が空を指している。
 その先を目で追って、ふっと握り締めていた拳から力が抜けた。
 爆豪の攻撃の度にステージが抉られて出来たたくさんの瓦礫が、空に浮いている。麗日はただ捨て身で向かっていたわけではなかったのだ。
 麗日が“個性”を解除すると、大小たくさんの瓦礫が爆豪へ降り注いだ。
 これならさすがの爆豪にも隙ができるはず──。
 そう思ったのも束の間、爆豪はたった一撃ですべての瓦礫を木っ端微塵にした。爆風が観客席にまで届く。
 吹っ飛ばされた麗日は、それでも尚爆豪に向かっていこうとして──けれど、出来なかった。倒れこみ、起き上がれない。
 ミッドナイトの審判が下る。

「麗日さん…行動不能。二回戦進出、爆豪くん──!!」

□□□

 二回戦の前に小休憩を挟むということで、守璃は一人席を立った。顔が真っ青になっていたようで耳郎たちから心配されてしまったのだが、トイレの鏡で確かめてみればなるほど酷い顔色である。
 危ない試合はどうも心臓に悪い。 けれど、あれだけの試合になるのは、みんなが本気で闘っているからだ。
 クラスメイトに畏敬の念を抱くのと同時に、自分自身への歯痒さも感じる。あの場に立つことさえ出来なくて、悔しい。本当は少しでも成長した自分を見せたかったが、まだまだ、いや、ちっとも足りなかった。

「……はぁ」

 ──悔やんでいてばかりいてもしかたがない。鍛練あるのみ、だ。
 よし、と気持ちを切り替えてトイレを出た。
 この辺りは関係者しか立ち入ることの出来ないエリアになっている為か、周囲には全くと言っていいほど人気がない。観客席に戻ろうと突き当たりを曲がったところで、初めて人に出くわした。

「あ」

 相手の顔を見た途端意図せず口から零れた音は、二人とも同じ音だった。
 特に親しいわけでもない相手だ。ただすれ違えばよかったのに、相手を認識した瞬間に二人揃って足を止めてしまったものだから、守璃と心操の間には何ともいえない気まずい空気が流れた。

「えっと……おつかれ様……です」
「……おつかれ。……敬語とか別にいいよ、タメだろ」
「そ、そっか」

 会話が続かない。立ち去ろうにも、立ち去るタイミングが掴めない。
 心操も同じなのか、何かを言いたげな顔で守璃をじっと見下ろしている。言葉を探しているようだった。

「あのさ、……」

 そう何かを言いかけて、「……いや、やっぱり……」と口をつぐむ。それと全く同じ言葉を以前にも心操から聞いたことを思い出し、守璃は思わず笑ってしまった。

「……何」
「や、ごめん。初めて会ったときみたいだなって思って」
「……そうだっけ」
「うん、ほら、あの……マスコミが敷地内に侵入して大騒ぎになった日の朝、マスコミから助けてくれた後……。あの時も心操くん、同じこと言ってたと思う」
「よく覚えてるな」
「あー……実は私、心操くんが何を言おうとしたのかちょっと気になってて」

 守璃がそう言うと、心操が眉を寄せる。それは戸惑ったような、困ったような表情で、「無理矢理聞いたりはしないよ!」と守璃は慌てて言葉を続けた。

「言いたくないことまで聞き出そうとかは全然思わないし」
「……別にそういうわけじゃないけど」
「そうなんだ?」
「うん、というか……むしろどちらかというと言っておきたいことだから、やっぱり今言おうかと思うんだけど」

 思いがけない言葉に今度は守璃が戸惑う番だった。
 心操はもう感情の読み取りづらい表情に戻っていて、じっと守璃の反応を見守っている。
 戸惑いこそすれ、断る理由はない。守璃はやや吃りながら、「ど、どうぞ」と続きを促した。

「まず、護藤さんはマスコミ騒動の日が初対面だと思ってるみたいだけど、それは違う。……そう言われて、心当たりは?」
「えっ……と」

 申し訳ないことに何も思い浮かばない。
 ひょっとして相澤家に引き取られる前に通っていた小学校の同級生だったのだろうか。そう思って考えてはみるものの、心操なんて名前は記憶になかった。そもそも、名乗った覚えのない守璃の名前を心操が知っていたことくらいでは、昔の知り合いだと断定することは出来ない。なにしろ今日は体育祭で、心操が守璃の名前を知るタイミングならいくらでもある。
 お手上げだ。
 守璃の情けない顔を見れば答えなど聞くまでもないようで、心操は口の端を小さくつりあげて呟いた。

「まぁ、そうだよな」
「ごめん……」
「いいよ、別に。そうだろうと思ってた」

 そう言われてしまうと尚更申し訳なくなって、守璃は「本当にごめん」と繰り返した。「えっと、いつ会ったかな……?」

「ヒーロー科の実技試験」
「……もしかして、同じ会場だったとか……?」
「当たり。そこで護藤さんを見かけた。それで──一回利用して、三回助けられたって言ったら、何か思い出す?」

180717
(ここから少々ご都合主義的展開に拍車がかかりますがご容赦ください…)
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