君も有精卵
「応援合戦? 女子だけ?」
「そー! 相澤先生の伝言だって!」
「今急ぎでヤオモモが衣装創ってんの」
「……衣装用意されてないの?」
「みたいだねー」
こんなにギリギリに知らされて衣装は各自準備だなんて、第一種目で使ったような大掛かりな仕掛けをあっさり作ってしまう雄英にしては妙な話だ。八百万がいるA組はともかく、ほかのクラスはどうやって用意しろというんだろう?
そんなふうに少しでも疑問に思った時点で、全力で八百万を止めて、早急に相澤もしくはほかの教師のところへ確認しに行くべきだったのだ。
「ちゃんと全員参加のレクリエーションも用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ……」
午前の部に引き続き軽快だったプレゼント・マイクの声がふっつりと途切れる。
「ん? アリャ?」
「なーにやってんだ……?」
もはや「どーしたA組!?」などと叫ばれるまでもなく、気がついていた。何しろほかのクラスの生徒は誰一人チアの格好なんてしていないのだ。どこからどう見てもA組女子は浮いていた。そして、“相澤からの伝言”を持ってきたのは上鳴と峰田だという。──つまりそういうことである。やんぬるかな。
「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私…」
落ち込んだ八百万を静かに慰める麗日の傍ら、耳郎がポンポンを投げ捨てた。
「アホだろあいつら…」
「度がすぎる」
守璃はポンポンを投げ捨てはしなかったが、その代わり、正面に構えたポンポンに隠れるように体を縮こめた。穴があったら入りたいような気分である。
「まあ本選まで時間空くし張りつめててもシンドイしさ……いいんじゃない!? やったろ!!」
「透ちゃん好きね」
着替える時間などもちろんない。A組女子だけがチアの格好をしたまま、午後の部は進行する。
レクリエーションの前に、まずは決勝トーナメントの組み合わせを決めるくじ引きを行うらしい。トーナメント進出の16人はレクリエーションへの参加は自由であることを説明したミッドナイトが、くじの入った箱を手に「1位チームから順に……」と言いかけたとき、それを遮って、生徒の中から手が挙がった。
「俺、辞退します」
はっきりとそう言った尾白を皆が振り返った。
思い詰めた表情の尾白が理由を語る。騎馬戦の記憶が終盤ギリギリまでぼんやりとしかないという言葉に、守璃はハッとした。尾白は心操チームにいたはずだ。心操に声をかけられた後、守璃と飛田の記憶が曖昧になっていることと関係がありそうな話である。
「皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな……こんなわけわかんないままそこに並ぶなんて……俺は出来ない」
自分自身のプライドの問題だとも尾白は言った。
さらに、尾白に続いて、B組の庄田二連撃も棄権を申し出た。理由は尾白と同様だという。
「実力如何以前に…
何もしてない者が上がるのは、この体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか!」
守璃は思わず心操の姿を探した。人と人の隙間にかろうじて見つかったその俯きがちな横顔からは、何も読み取れない。やがて視線に気がついたのか、顔を背けられてしまった。
二名も決勝の棄権を申し出る雄英体育祭というのは、これまで毎年生中継を見ていた守璃でも覚えがない。どうなることかと思ったが、主審ミッドナイトの「そういう青臭い話は好み」という理由によって意外にもあっさりと棄権が認められた。空いた二枠は、順当にいけば5位の拳藤チームからの繰り上がりとなる。
しかし、拳藤チームは「ほぼ動けなかった」という理由から、その権利を最後まで頑張って上位をキープしていた鉄哲チームに譲った。
こうして鉄哲チームから鉄哲と塩崎が繰り上がることになり、予定通りくじ引きによって決勝トーナメントの組み合わせが決められた。
□□□
大玉転がしや借り物競争。レクリエーションというだけあって、午前の二種目より軽めの競技が続く。
葉隠や芦戸が飛び跳ねて応援している後ろで、守璃は小さく控えめにポンポンを振った。実家で中継を見ている養母が「折角可愛い格好してるのに…」とぼやいていることなど知る由もない。
レクが終われば、いよいよ決勝トーナメントだ。くじ引きの結果、第一試合の組み合わせは緑谷vs心操となっている。
ようやくチアの衣装から元の運動着に着替え、生徒用に割り当てられている観客席へ移動した守璃は、目あての人物が既に席についているのを見つけて声をかけた。
「尾白くん」
「あ、護藤さん。着替えてきたんだね、女子」
「あはは、やっとね……」
苦笑いを浮かべながら、ちょうどよく空いていた尾白の隣の席に滑り込んだ。守璃の隣には、耳郎が腰をおろす。
聞かれて困る話をするわけでもないので、守璃は単刀直入に切り出した。
「心操って人のことでちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」
「えっと……もしかしてアイツの“個性”の話?」
「そう。私のチームもラスト1分くらい──あの人に話しかけられたあとから、記憶がはっきりしなくて。あの人の“個性”だったんじゃないかと思うんだよね」
「護藤さんもか!」
驚いた反応をしたのは尾白だけではなく、左隣の耳郎も「まじか」と呟いた。
「たぶん、だけどね。最後わけわかんないまま終わっちゃってさ……」
「……護藤さん、アイツに話しかけられた時それに答えただろ?」
「えっ、うん」
「それだよ」
「うん?」
「俺もアイツの問いかけに答えた直後から記憶が抜けてるんだ。たぶん、問いかけに答えた相手を操る“個性”なんだと思う」
「初見殺しじゃん……」
「ほんとにな。俺らはそれにまんまと引っ掛かったってわけだ」
守璃が思わずこぼした素直な感想に、尾白も苦々しい顔で頷いた。隣で二人のやり取りを聞いていた耳郎も、似たような顔をしている。
「操るって強個性すぎだろ」
「今回みたいに“個性”が割れてない状況だと相当強いよね。先手取れれば、すぐ片が付けられる」
「緑谷も初戦からヤバイのと当たったな……」
耳郎が気の毒そうな顔でスタジアムを見下ろす。
放送席からは再びプレゼント・マイクの声が響き始めた。セメントスによるステージの準備も終わって、いよいよ第一試合が始まろうとしている。観客席からでは見えないが、緑谷と心操は既に入場ゲートに待機しているのだろう。
「……確かにヤバい“個性”だけど、たぶん万能ってわけでもないよ」
プレゼント・マイクの声量にかろうじてかき消されない程度の声で、尾白が言った。
「そうなの?」
「憶測だけど、衝撃で解ける可能性が高い。それに、緑谷にも奴の“個性”のことは話してある。ギミックさえわかっていれば対策はできる……と思う」
ついに緑谷と心操がスタジアムに入って来て、三人は口をつぐんだ。
「一回戦! 成績の割に何だその顔、ヒーロー科 緑谷出久!! 対 ごめんまだ目立つ活躍なし! 普通科 心操人使!!」
ルールは単純明快、相手を場外に落とすか、行動不能にした方の勝ち。もちろん相手に「まいった」と言わせた場合も勝ちである。我らがリカバリーガールが待機しているので、多少の怪我をしてしまっても大丈夫。余程酷いものでない限りは、すぐにリカバリーしてもらえる。
「道徳倫理は一旦捨て置け! だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ! アウト! ヒーローは敵を捕まえる為に拳を振るうのだ!」
プレゼント・マイクがルールを説明している間にも既に観客席からは熱狂的な声が上がっている。自分の試合ではないのに、守璃は緊張して胃がキリキリしてくるような気がした。
「そんじゃ早速始めよか!! レディィイ START!!」
開始直後、先に動いたのは緑谷だった。何か叫んでいる。そして──止まった。心操の“個性”が決まったのだ。
「折角忠告したってのに!!」
尾白が頭を抱えて叫ぶ。
緑谷は棒立ちのまま全く動かず、会場がざわつき始めた。
「緑谷、完全停止!? アホ面でビクともしねえ!! 心操の“個性”か!? 全っっ然目立ってなかったけど、彼ひょっとしてやべえ奴なのか!!」
緑谷が心操に背を向け、静かに場外へ歩いていく。
為す術がない。このまま決着がついてしまうかと誰もが思った時、突然、緑谷の手元で突風が巻き起こった。
心操の“個性”で操られていることを考えると、恐らく緑谷の意思によるものではない。“個性”の暴発だ。
心操がもう一度緑谷の口を割らせようと声を張り上げている。しかし、緑谷はもう答えなかった。今度こそ真っ直ぐ心操へ向かっていき、揉み合いの末場外へ背負い投げる。
「緑谷くん、二回戦進出!!」
主審ミッドナイトの声に守璃は安堵の溜息をついた。
「よかった……!」
「開始早々ヒヤヒヤしたよ……」
クラスメイトの勝利はやっぱり嬉しいものだ。ましてや守璃と尾白には心操の“個性”にしてやられた悔しさがある。
緑谷の勝利を喜び合いながら、しかし、どこか後ろ髪を引かれるような気持ちがして、守璃はちらりと退場する心操の背中を見遣った。
試合中、心操は必死だった。A組の教室まで宣戦布告にやって来たときの様子とも、騎馬戦の終わりに見かけた不敵な態度とも違う表情をしていた。もちろんここにいるのは勝ちたい人ばかりなのだから、必死になるのは当たり前ともいえる。
それでも、緑谷に向かって叫んだ心操の切な表情は守璃に鮮烈な印象を残していた。
180709