サポート科とヒーロー科



 飛井跳は守璃の小学生時代の同級生である。何度か同じクラスになったことがあるし、席が隣同士だったこともある。けれど、仲が良かったかと聞かれれば首を傾げざるを得ない。
 なにしろ飛井と知り合ったのは、“個性”を暴走させることがまだまだ多かった頃だ。その為、小学二年生の守璃はクラスでも浮きがちで友達が少なかった。男子の友達なんて皆無、飛井とも数えるほどしかまともな会話をしたことがない。
 要するに、飛井との接し方や距離感がわからないのだ。
 しかし、飛井は戸惑いも気まずさもまるで感じていない様子で、ぐいぐいくる。

「もうほかの皆もチーム決まっちゃったみたいだし、俺らは二人で頑張ろうぜ!」
「う、うん、頑張ろう」
「で、作戦なんだけど。とりあえず俺が騎馬な。そんで俺は跳んで攻撃回避するから、おまえは障壁出して防御と妨害。あと俺のジャンプに合わせて、上からハチマキをぶん獲る! で、どうよ」
「そうだね……私たちの“個性”だと他にやりようが……」

 これが昔から友達の多い快活な人間のコミュニケーション力か、恐るべし。なんて、ふざけている場合ではない。
 飛井の“個性”は確かジャンプ力が売りだったな、と思い出しながら、守璃は頷いた。

「ちなみに具体的にはどのくらい跳べるの?」
「人一人担いでだと、まー1.3mくらいかな。たぶん。測ったことねーけど」
「なるほど。脚が狙われやすい高さになるね」
「そこは相澤がカバーしてくれるだろ」
「護藤ね。そりゃもちろんカバーはするけどさ……私がちゃんと“個性”扱えると思ってるんだ?」

 自虐というよりは、純粋な疑問だった。
 ドッヂボールにバレーにサッカー、ボールが飛んでくるだけで障壁を出してしまっていた昔の守璃を知っているなら、少なからず不安がるものだろうに、と。
 しかし、飛井は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、歯を見せて笑った。「大丈夫だろ!」

「予選見た感じ問題なさそうだったし。そもそも克服してないまま受かる程ヒーロー科の入試って甘くないだろ?」
「……それは、まぁ」
「なんだよー、自信持てって。俺、昔から守備力でおまえよりスゲーやついないって思ってんだぞ」
「や、大袈裟だって」
「いやいや、それだけカッケーと思ったんだって。なんつーの、何も寄せ付けない感じ?」

 まさかクラスメイトにそんな風に思われていたなんて、考えてもみなかった。
 思いがけない言葉に守璃は感動しそうになったが、飛井が続けて「尊敬の意味を込めておまえのこと“イージス相澤”って呼んでたくらいだぜ」と言ったせいで目をむいた。先程までの感動はどこへやらだ。

「ウソでしょ!? かっこわる!!」
「えっ二組の男子は皆イージスって呼んでたけど」
「初耳だよ!」
「だって面と向かって呼んだことねーもん。ま、いーじゃん、褒め言葉だし!」

 守璃はなんとも言い難い複雑な気持ちだったが、今は思い出話に花を咲かせているような余裕はない。
「……とりあえず話を戻そうか」切り出したものの、依然として渋面のままではある。

「さっき言ってたサポートアイテムについて聞きたいんだけど……」
「おーそれも説明しなきゃだよな! 見てくれ、コレだ!」

 途端にきらりと目を輝かせた飛井は、腰につけた厳めしいベルトのような物を指差した。
 ずっと気になっていたのだが、それはどうやらただのベルトではないようで、ベルトから膝のサポーター、膝のサポーターから足首のサポーターにかけてバネのような物が繋がっている。

「俺、普段は“個性”の出力の制御・制限に重点を置いたサポートアイテムの開発がメインなんだけどさ……」と語り出した飛井の鼻息は荒い。なんだか様子がおかしいぞと気づくも、時既に遅しである。

「コレは少し路線を変えて、“個性”の出力を制御した上で更に“個性”で出来ることの幅を広げようっていうテーマで自分の“個性”をモデルケースに作ったやつなんだよ、時間ねーから今は仕組みと構造については割愛して機能だけ説明するけど簡単に言えば跳躍のしすぎを抑制するのと同時に滞空時間を引き延ばすことが出来てさ、つまりうっかり屋内で高く跳びすぎて天井にぶつかるっていう事故がなくせるワケで、まあ抑制機能は騎馬戦じゃ使わねーかもしれねーけど滞空時間を延ばすって機能に関しては結構使えると思うんだよな、空中戦も夢じゃねーしもし相澤が空中に足場作れたりするならそこから再ジャンプが可能なわけだから極論地面に下りずに戦えるんじゃねーかなって!!」
「お、おぉ……」

 ノンブレスとまではいかないまでも、息もろくに継がない まさに怒濤のマシンガントーク。その勢いにすっかり圧倒されて、守璃は「凄いの作ったんだね……」と言うのがやっとだった。
 小学生の頃からこんな子だったかな。思わず首を傾げるが、当の本人はといえば 「だろ! 我ながらスゲーの作ったよな!」と誇らしげだ。
 そんなこんなで15分はあっという間に経過し、交渉タイム終了。
 プレゼント・マイクの声が高らかに響き渡る。

「さァ上げてけ鬨の声! 血で血を洗う雄英の合戦が今! 狼煙を上げる!」

 各チーム騎馬を作り、騎手は頭にハチマキをつける。守璃もしっかりとハチマキを巻き付けた。

「これ騎馬っていうか肩車だね」
「それな。ま、俺らの作戦的に打ってつけってことでー」
「ん、…頑張ろうね」
「おう!」

 カウントダウンに合わせて呼吸を整える。
 たった二人だけの騎馬だ。安定性でも“個性”の面でも、さらには数の面でも決して有利とは言い難いが、だからといって負けるつもりはない。

「──START!!」

 その言葉が聞こえるが早いか、いくつもの騎馬が緑谷チームに向かっていく。
 飛井が同じ方向に足を向けようとしたのを、守璃はすばやく制した。

「1000万獲らねーの?」
「とりあえず今は考えない。あの混戦を勝ち抜くのは二人じゃしんどいし、もし獲れても……残り時間が長いほど逃げるのが苦しくなると思う」
「じゃー、塵積も作戦? 皆が1000万に気を取られてる隙に細々したポイントを獲っていく感じで?」
「うん。狙う騎馬は任せる」
「おっしゃ任された!」

 飛井がぐっと地面を踏み込んで、一息に緑谷チームから距離を取る。そして、そのままの勢いで更にもう一歩地面を蹴った。目の前には、守璃たちと同じように二人組で構成された騎馬の背中が見える。

□□□

 実況席からはスタジアムの様子が一望できる。相澤は、見慣れない男子生徒に肩車されている守璃の姿を早々に見つけると、人知れずかすかに眉をひそめた。
 最小人数で組まれた騎馬はむしろ肩車という方が適切だし、騎馬役は見たところサポート科。サポート科の生徒を下に見るわけでは決してないが、そもそも体育祭自体 他学科の生徒には分が悪いイベントなのだ。実際、予選通過者のほとんどをヒーロー科が占めているし、例年勝ち抜くのはヒーロー科の生徒ばかりというのが実状である。
 守璃の“個性”では自ら仕掛けていくにも限界がある。数の上でも不利だ。
 ──と、その時、その騎馬が勢いよく地面を跳ねた。
 肩車状態で安定性には難があるように見えていたが、障壁を上手く使っているのか、案外守璃の体はぶれてはいない。一気にB組生徒の騎馬へ距離を詰めると、身を乗り出した守璃の手がハチマキを上からかっさらった。
 さらに守璃は、その手を軸にして障壁を展開させ追撃に備える。騎馬の方もすぐさま跳び上がって、ハチマキを奪った騎馬から距離を取った。なかなか良い瞬発力である。
 騎馬、騎手ともに体勢を崩す事なく、すぐに二つ目のハチマキを獲りにいったのを見てとると、相澤は静かにその二人組から目を離した。
180615
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