狙え下剋上



 ──最終関門、一面の地雷原。
 地雷の位置はよく見ればわかるようになってはいるが、如何せん数が多く、すべて避けて走り抜けていくとなると相当な神経を使う。かといって、威力は大したことがないとはいえ音と見た目は十分に派手なので、うっかり踏みつけてしまうとタイムロスになる。つまり先頭を行く選手ほど不利になるようにできていて、上手くやればここで順位が大幅に入れ替わることも有り得るというわけだ。
 守璃の個性を活かすなら、レッドカーペットを敷くかのごとく障壁を足元にのばすのが無難だろう。空中に造って足場の代わりにするのもアリだ。しかし、前者のやり方では後続に追われやすくなってしまうし、後者では守璃の練度がもろに影響する。その上、今日はサポーターもつけていないから、許容量を超えた後の腕や脚への影響を考えると、温存できそうな場面ではなるべく温存しておきたい。
 ──となると。ここはシンプルに、足元に注意して走るしかない。
 あちらこちらで爆発が起こる中を、守璃は目を凝らしながら駆けた。足元はもちろんだが、前後左右にも気が抜けない。誰かが踏みつけた地雷によって起こった爆風や砂煙、さらには地雷を踏んだ選手が吹っ飛んでくることがあるからだ。
 第一関門でもそうしたように片手で小型の盾のように障壁を掲げ、埋まっている地雷を避けながら進んでいく。ずっと自主トレーニングを続けている甲斐あってどちらかというと身軽な方ではあるから、とばっちりさえ受けなければ然程危なげなく走っていけそうだ。
 先頭では轟と爆豪が抜きつ抜かれつを繰り返しているようで、その二人だけが飛びぬけていた。3位以降はいわゆる団子状態だ。
 その時、後方で大爆発が起きた。間髪入れずに凄まじい爆風に襲われて体勢を崩しそうになる。こんな威力の爆発が起こるような地雷ではないはずなのに、いったい何が起きたというのか──。頭上を、鉄の分厚い板のような物に乗った緑谷が吹っ飛んでいった。地雷で起きた爆風を利用している。
 緑谷はあっという間に大勢を追い抜き──轟、爆豪さえも追い抜いて──一気にトップに躍り出た。

「無茶苦茶するなぁ…!」

 ひょっとすると守璃の個性でも応用ができるかもしれない。けれど、守璃ではあんな方法は思いつけなかった。

「元・先頭の二人、足の引っ張り合いをやめ緑谷を追う!! 共通の敵が現れれば人は争いをやめる!! 争いはなくならないがな!」
「何言ってんだお前」

 実況を耳に入れながら後を追う。一秒たりとも立ち止まってはいられない。

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 まさかの展開だったな、と汗を拭いながら守璃は思う。
 詳細な順位は現在取りまとめ中なのでまだはっきりしないが、最後の最後で緑谷が1位をかっさらっていったのは驚きだった。轟があのままトップを守り続けるか、爆豪が終盤で追い抜くかのどちらかになるような気がしていたのだ。
 そんな守璃は尾白とぴったり同着だった。その少し前には、先日教室までやって来たB組の男子や切島、瀬呂がいる。
 クラスメイト同士口々に「お疲れ」と声をかけあって、トップの三人や続々とゴールする選手たちの様子を眺めた。

「同着ってなんか悔しさ増すよね。せめてあと一歩……」
「それは俺もだよ。けどさ、護藤さんは“個性”で上手いこと妨害すればあと少し上に行けたんじゃない?」

 尾白にそう言われた守璃は首を傾げたが、聞いていた瀬呂が「それな」と頷いて指さした。

「最後だと……地雷原抜けたあたりとかゴールゲートのところとか? 狙い目だったんじゃね」
「地雷原抜けちまえばあとは走るだけだから、障害物に関しては油断するもんな。護藤の“個性”パッと見じゃわかんねーし」
「切島は正面からぶつかりそうだよな」
「否定できねー!」

 当の守璃は目から鱗である。妨害の二文字はすっかり頭から抜け落ちていた。
 しかし言われてみれば、轟だって第一関門のロボ攻略にちゃっかり妨害も兼ねていたし、守璃の“個性”は妨害に打ってつけだったはずだ。

「正直妨害のこと全然考えてなかったよね……損した気分……」
「損て」
「まぁ“個性”のアピールにもなっただろうから、もったいないと言えばもったいない……のか?」
「そんな落ち込むなって。護藤は正々堂々勝負したんだから胸張って良いと思うぜ!」
「うっ、ありがとう切島くん……」

 蹴落としたり、時には利用したりするくらいの気概もこういう場では重要だな、と八百万の背中に貼りついてゴールした峰田を見ながら守璃は思った。だからといって、あの峰田を見習おうとは思えないけれど。
 脱落者を除いた全員がゴールすると、ミッドナイトによって順位が発表された。多くの観客の予想を覆し、1位 緑谷、2位 轟、3位 爆豪。これぞ番狂わせというやつである。守璃は尾白と同率の11位だ。
 予選通過人数は上位44名。ヒーロー科は両クラスとも全員が予選を通過したが、他学科の通過者はたった三人のようだった。
 次の種目からいよいよ本選が始まる。第一種目はあくまでも予選ということで、取材陣が白熱してくるのはここかららしい。第一種目の時と同じように、ミッドナイトの背後に種目名が投影された。騎馬戦だ。
 ミッドナイトの説明によると、基本的なルールは普通の騎馬戦と同様だが、この騎馬戦では、選手には先ほどの予選通過順位にしたがって各自にポイントが振り当てられるという。つまりチームを組む二〜四人の組み合わせによって各騎馬のポイントは変わってくるというわけだ。
 与えられるポイントは予選の下位から5ずつ増えていくらしい。

「1位に与えられるポイントは1000万!!」

 ミッドナイトが高らかにそう言った時、そばにいた全員が緑谷を振り返った。「上位の奴ほど狙われちゃう下剋上サバイバル」──そりゃそうだ、緑谷からポイントを奪うことが出来れば、どんな順位からでも逆転できてしまう。狙わない手はない。

「制限時間は15分。振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイント数が表示されたハチマキを装着! 終了までにハチマキを奪い合い、所持ポイントを競うのよ」

 取ったハチマキは首から上に巻くこと。
 ハチマキを取られても騎馬が崩れても、アウトにはならない。
 “個性”の発動はアリだが、悪質な崩し目的での攻撃等はレッドカード。
 一通りの説明を終えると、ミッドナイトは言った。「それじゃこれより15分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」
 ──さて、誰と組むべきか。
 自分の“個性”はどちらかというと守備やサポート向きだから、攻撃手段としても活かせる“個性”の人と組む方が良いだろう。そう考えたときに真っ先に思い浮かぶ轟と爆豪のところには、交渉タイムの開始とともに人が殺到し、既に人だかりができていた。あの二人は所持ポイントも多く“個性”も強い。引く手数多というのも当然である。
 しかし、あの二人はそれぞれ違った意味でとっつきにくいので、守璃は二人を思い浮かべつつも声をかけに行くかどうかを即決できなかった。それでこの、見事な出遅れっぷりである。もっと合理的に判断して動くべきだったと反省するしかない。
 どうしたものかと考えていれば、ふいに後ろから声がかかった。

「なぁ、ちょっといい?」
「え、っと──」
「あ! 待って!」

 ──と、別の声がしたのと同時に、がっしりと右腕を掴まれた。
 はっとして・・・・・振り返る。腕を掴んでいるのは見たことのないひょろりとした男子生徒。後ろにいたのは、例の普通科の彼だった。彼は前に見かけたときと同じで隈があるが、以前と違ってどこかばつの悪そうな顔をしている。
 先に口を開いたのは、腕を掴んだ男子だった。

「悪い! もしかしてそこもう組んだ!? チーム決め終わった!?」
「え…や、組んでないけど……」
「良かったー! 俺まだ一人も決まってなくてさぁ! 組もうぜ!」
「えっと……」

 なんだこいつ。腕は掴まれたままだわ初対面とは思えないほどテンションが高いわで、守璃は内心ドン引きした。しかし当の男子生徒はそれにまったく気がついていないのか、「これで一安心だわ!」と笑っている。
 思わず助けを求めて後ろを振り向いたが、普通科の彼はいつの間にかいなくなっていた。切ない。
 守璃は腕を振り払って、男子生徒を見上げた。

「まだ組むとは言ってないです。お互いの“個性”どころか何も知らないし……」
「えっ、あれっ? 人違い!? でもおまえ、相澤守璃だよな!? 障壁の!」
「えっ!? そうだけど……」
「なんだよ合ってんじゃーん!」

 男子は大げさにそう言うと、自分自身を指差して、ぴょんと跳んでみせる振りをした。

「俺、飛井だよ。飛井(はねる)。小2から小4まで同じクラスだったけど、わかんない?」
「トビイ……ってもしかして、小2の時廊下でスキップして跳びすぎて、天井に激突してた飛井くん?」
「そーそー その飛井くん!」

 守璃は、当時学校中をぴょこぴょこ飛び跳ねていた活発な少年を思い出しながら、もう一度目の前の飛井を見上げた。小学生の頃と今とではだいぶ見た目が変わっているような気がするが、言われてみればかすかに面影があるかもしれない。
「俺、恥ずい覚えられ方してんな?」とそこで初めて苦笑いの表情を浮かべた飛井は、それでもすぐにけろりとして、「とにかく俺と組んでくんない?」と笑いながら両手を合わせた。

「俺サポート科だから、アイテムも持ち込める。使えそうなのがあんだよ。だからあとは相澤が──」
「あーーーッごめん待って!」
「エッ何」

 守璃の突然の大声に、飛井はびくりと肩を揺らした。

「急にどうした相ざ──」
「──わ じゃないです!」
「は? さっきそうだって言ったじゃん」
「間違えた!」

 幸い他の生徒たちは交渉や作戦会議で忙しく、こちらの会話は聞こえてはいないようだった。気に留めた様子すらない。
 守璃は声をひそめて、今は護藤という名字であること、そう呼んでほしいことを伝えた。飛井は初め少し不思議そうな顔をしたが、家庭の事情に踏み込むのは良くないと察したらしく、素直に頷いてくれた。

「その代わり俺とチーム──」
「交換条件じゃなくても組むから……」
「そっか! サンキュー相澤!」
「護藤ね!」

 ──交渉タイム、残り7分。


すみません、お気づきの通りオリキャラ(体育祭編の助っ人ともいう)が出ております。夢主共々あたたかく見守って頂けますと幸いです。

▽サポート科/飛井 跳(とびい はねる)
個性:ジャンプ
ジャンプ力が凄い。跳べる高さは体重と筋力次第、太るほど高くは跳べなくなる。今は助走無しで1.5 mくらい。
予選はとりあえず必死で飛び跳ねてたらギリギリ通過できてしまい、本人が一番驚いている。

180606※180915 オリキャラの名字変更
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