RESCUE



 昼休み、オールマイトが朝からわずか一時間のうちに三件も事件を解決したというニュースがネットで話題になっていた。ランキングのトップを飾る記事で話題になっているその人の授業がこの後午後一番に控えているというのは、数か月前にはまったく想像もしていなかったことだし、いまだに少し不思議な気分になる。
 今日のヒーロー基礎学はオールマイトと相澤、そしてもう一人の三人体制で行うらしかった。今回の内容は人命救助訓練で、準備ができ次第少し離れた場所にある専用の演習場までバスで移動するという。

「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列に並ぼう」

 皆が着替えを終えて外に出ると、飯田が張り切って誘導を始めた。わざわざ持参していたのだろうか、笛まで吹いているその姿は、小学校の先生を思い起こさせる。
 いざバスに乗り込んでみると横向きのロングシートタイプだったため、結局それぞれ好きなように席に着くことになった。守璃は目に見えて落ち込んだ飯田を少し気の毒に思いながら、奥の前向きシートのほうに進み、空いていた轟の隣に腰を下した。声をかけようかと隣の様子を窺えば、轟は早くも目を閉じていた。よほど眠いか、話しかけてほしくないかのどちらかだろう。クラスメイトと積極的に関わろうとするタイプではなさそうであることを考えると、後者の可能性が高いような気がする。ほんのわずかにでも邪魔をするのは憚られて、守璃は開きかけた口を噤み息をひそめた。
 バスが動き出すと前方はすぐ“個性”の話で大賑わいになった。「派手で強えっつったらやっぱ轟と爆豪だな」と轟の名前も挙がったが、轟は目を閉じたままぴくりとも反応しなかった。眠っていると考えるには早すぎるし、やっぱり人と関わりたくないのかもしれない。

「爆豪ちゃんはキレてばっかりだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!」
「ホラ」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめえのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」

 爆豪が怒鳴るとわずかに轟の眉間にしわが寄った。さすがに煩かったのだろう。守璃は、柳眉をひそめるってまさにこういうことなんだろうなあと場違いな感想を抱きながら、なんとなく居住まいを正した。

 到着した救助訓練専用演習場は、さながら巨大テーマパークのようだった。敷地面積の広さはもちろん、各エリアの規模とリアリティは学校の施設としての域を超えている。みんなの心の声を代表するようにして誰かの声が響き渡る。「すっげー!! USJかよ!?」

「水難事故、土砂災害、火事……etc.あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名もウソの災害や事故ルーム!!」

 その頭文字はまさしくUSJだった。
 今日のヒーロー基礎学を担当する“もう 一人”、スペースヒーロー13号は演習場でA組の面々を迎えた。13号といえば災害救助活動におけるめざましい活躍で知られるヒーローだ。その宇宙飛行士然とした親しみやすい見た目と紳士的な振る舞いから、市民からの人気も高く、支持層も年齢性別を問わず幅広い。
 この場にオールマイトの姿が見当たらないことは引っかかったが、13号が「始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」と小言の数を数え始めたので、守璃は他のクラスメイトたち同様にげんなりした顔で耳を傾けた。

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”は“ブラックホール”、どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その“個性”でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
「ええ……しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう“個性”がいるでしょう」

 その言葉に、その場はしんと静まり返った。
 現在の超人社会では、“個性”の使用は資格制だ。無資格の者が公共の場でみだりに“個性”を使うことは禁じられている。しかし、一言に“個性”と言っても、人それぞれまったく異なる能力を持っていて、能力の強さ、系統、影響範囲などは多岐にわたる。発動系の“個性”もいれば異形系もいるし、必ずしも“個性”そのもののオン・オフができるわけでもない。守璃のように“個性”が不安定な者もいるし、普段は問題がなくともなんらかのきっかけで制御不能に陥るケースもある。今や総人口の八割がなんらかの超人的能力を持っているわけだから、実際にはそのすべてを監視し取り締まることは難しい。

「一歩間違えれば容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないで下さい。相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人訓練でそれを人に向ける危うさを体感したかと思います。この授業では…心機一転! 人命の為に“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな」

 ご静聴ありがとうございました、と13号が一礼すると、歓声と拍手が起こった。すっかり聞き入っていた守璃も素直に拍手を送る。
 どんな“個性”も使い方次第だ。守備特化と言われることの多い守璃の“個性”だって、使い方ひとつで人や物を圧し潰すことができる。それは“個性”を暴走させがちだった幼少期に、相澤に何度も念を押された事でもあった。

「そんじゃあまずは……」

 相澤が生徒に指示を出そうとした時だ。
 突然、広場に黒いモヤが現れた。そのモヤは少しずつ広がっていく。そして──

「一かたまりになって動くな!」
「え?」
「13号!!生徒を守れ!」

 モヤの中から次々と人が這い出してくる。遠目に見てもその風体は明らかに生徒でも教師でもない。相澤の鋭い声がそれを決定付けた。

「敵だ!!」

 配備されているはずの侵入者用センサーが反応しない。それはつまり、現れた敵の中に、センサーの妨害可能な“個性”を持った者がいるということだ。その上、校舎から離れたこの演習場に人が入る時間割まで把握されている。
 冷静に広場を見下ろす轟は言う。「何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」

「13号避難開始! 学校に連絡試せ! センサーの対策も頭にある敵だ、電波系の“個性”が妨害している可能性もある。上鳴、おまえも“個性”で連絡試せ」
「ッス!」
「護藤もいざとなったら“個性”出し惜しむな。おまえの“個性”なら状況からいって正当防衛で通せる」
「…っはい!」

 相澤は広場を見据えたまま素早く指示を飛ばす。
 相澤がプロヒーローだということを忘れていたわけではないし、ずっと昔から守璃にとって特別なヒーローだったのに、それでもこの瞬間守璃は相澤が紛れもなくプロヒーローなのだということをまざまざと思い知らされた気がした。

「先生は!? 一人で戦うんですか!?」

 緑谷が黙っていられないというように声をあげた。
 広場の敵はあっという間に増えて、今やざっと二十人はいる。これからさらに増援が現れる可能性も否定できない。

「イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の“個性”を消してからの捕縛だ、正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 任せたぞ、と13号に声をかけると、相澤は一人で敵の中に飛び込んでいった。
 ──大丈夫。兄さんは実績があるプロヒーローだ。強いし、“個性”の弱点の対策もしている。きっと大丈夫。
 守璃は何度も自分に言い聞かせた。胸がざわついて仕方がない。嫌な予感に飲み込まれてしまいそうで、固く拳を握り締めた。
180507
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