反省会をしよう



 一戦目が過激だっただけで、ほかの組では大きな怪我に発展することもなく、初めての戦闘訓練は恙なく終了した。怪我をした上に気を失って保健室に運ばれた緑谷を除けば、皆せいぜいかすり傷程度だ。
 しかし、短い時間とはいえ葉隠は素足で氷漬けになっている。本人は大丈夫だと言って笑い、一度はそのまま教室に戻ったが、なにしろ体が見えないものだから、それが本当なのか強がりなのかだれにも確かめようがない。結局、守璃と尾白が二人がかりで保健室に行くように勧めて渋々保健室に行ったものの、リカバリガールも足の様子を確かめることができないため、「とりあえず、念のため」と“個性”による軽めの治療を受けたらしい。すぐに教室に戻ってきた葉隠は、「みんな大袈裟だよー」と笑っていた。

 放課後、誰が始めに言い出したのかは解らなかったが、教室では今回の訓練の反省会が行われることになった。爆豪は男子に引き留められても黙ったまま帰ってしまったし、轟もいつの間にか教室を出ていってしまっていたけれど、ほとんどが賛成して教室に残っている。守璃もその中の一人だった。反省すべき点は山ほどあるし、訓練でクラスメイトたちが見せた戦い方は興味深かったからだ。
 反省会を始めてすぐ保健室から緑谷が戻ってくると、教室がわっと沸いて、特ににぎやかな子たちが緑谷のもとに押しかけていった。爆豪と緑谷の戦闘がそれだけ強烈だったとも言える。
 守璃は少し離れたところから見守っていたが、緑谷の痛々しい腕に気づいて眉を寄せた。訓練終了後すぐ保健室に運ばれたにもかかわらず、腕には包帯が巻かれたままだった。よく見れば顔にも擦り傷や切り傷がちらほら残っている。リカバリガールに治してもらえなかったんだろうか。そう思っているうちに、緑谷は麗日と二言三言話してどこかへ行ってしまった。

「緑谷くんどしたの? 荷物も置きっぱで」
「たぶん、爆豪くん追いかけてったんじゃないかな……」

「爆豪くん?」麗日の言葉に首を傾げると、近くにいた上鳴も不思議そうに、「あの二人ってよくわかんねーよな」
「前から知り合いっぽいけど、仲良いわけじゃなさそうだったし」
「男のインネンってやつっぽい」
「なるほどインネンか」

 麗日の説明に、上鳴がわかったような顔で頷いた。
 それから話は再び訓練の反省に戻って、誰のどこが良かった、ここはもっとこうするべき、自分だったらどう動く、あの“個性”は凄い、あいつの“個性”に効果的な対策は──エトセトラ。そのうち口々に言いたいことを言い始めるので、だんだん誰が何の話をしているのかよくわからなくなってきた。上鳴などは「今度メシ行かね?」と声をかけてくる始末である。

「え、んー、行かないかな……」
「なんで! 俺奢るよ? 何好き?」
「必死か。そんなことより君もちゃんと反省会しなよ」
「何好きかも教えてくれないのな……麗日は答えてくれたのに……」
「そうなんだ?」
「おもちだって」
「可愛い」

 守璃がうっかり会話に乗せられている間にも、反省会はにぎやかに続いている。

「──そういや、護藤の“個性”って結局なんだったんだ? モニターで見ててもよくわかんなかったんだよな」
「あ、俺も」
「轟くんの氷を防いでいたように見えたが……」
「パントマイムみたいだったよね!」
「あーわかるかも」
「“個性”、パントマイム?」
「つまりどういうこと?」
「護藤ちゃん、答えはなんなのかしら?」
「……護藤、聞いてる?」
「おーい、護藤ー」

「…………ん?」なにやら急に静かになったと思えば、自分が注目を浴びていて守璃は目を丸くした。さっきまで話をしていた上鳴でさえ、首を傾げて守璃を見つめている。

「えっ何……!?」
「護藤の“個性”の話してたんだよ。さっきから呼んでたんだけど、聞こえてなかったんだな」と切島が苦笑した。

「ごめん、全然気づかなかった……」
「俺と楽しくお喋りしてたからだよなー」
「違……まあいいや、そういうことで」
「適当!」

 やってしまった、と守璃はわずかに顔を強張らせたが、茶化した上鳴に便乗し、笑って誤魔化した。相澤姓を名乗ってしまったわけではないので、ひとまずセーフと思うことにする。……いや、相澤との関係性が仮にばれてしまったところで、やましいことなど一つもないのだけれど。それでもやっぱり、コネ入学だとかあらぬ誤解が生まれてしまっては嫌だから、今後はもっと気を付けよう。守璃はひそかに決意を新たにした。
 気を取り直して自分の“個性”について話をすると、訓練の時に尾白が言ったように、皆が守璃の“個性”を褒めてくれた。ヒーロー向きの良い“個性”。ありがたい褒め言葉には違いないけれど、守璃の心境は複雑だ。

「そんな良いもんじゃないよ。地味だし。今日の訓練じゃすぐ突破されてるからさ。強度上げなきゃだし、守るだけじゃなくて攻撃の手段も考えなきゃ」
「確かになー。実際の現場じゃ、ずっと守ってるだけってわけにもいかないもんな」
「応援来るまで持ち堪えられれば良いけどいつ来るかなんてわかんないし、その前に敵に逃げられちゃったらまずいからね。だから切島くんの“個性”羨ましいなって。攻守どっちでも活かせるし」

 そう言うと切島ははにかんだ笑顔で「サンキュー」と答えたが、砂藤には「女子向きの個性ではないだろ」と言われてしまった。真顔である。

「確かにガチガチの女子は見たくない」
「はい、砂藤くん、上鳴くん。今君たちは世界の硬化系女子を敵に回した」

□□□

 その日、相澤は少し遅めに帰ってきた。
 相澤には教師としての仕事はもちろん、ヒーローという職業上、緊急の出動が要請されることもある。帰る時間を確約できないから、夕飯は先に食べているように。遅くなりそうな日は、特に。二人暮らしの初日にそう言われ、その言葉にしたがって先に夕飯を済ませていた守璃は、着替えのために部屋に引っ込んでいった相澤を横目に一人分の夕飯を温める。
 同居を始める前の相澤がどのような食生活をしていたのかは知らないが、少なくとも守璃がここに転がり込んでからは、テーブルには朝も夜も守璃が用意した食事が並ぶ。雄英への進学が決まって相澤が住むマンションから通学することを決めたとき、養母から食事について一任されたからだ。
 ヒーローは体が資本だから食事を抜くようなことはしていないだろうと思うけれど、きちんとした食事を摂っているのかは怪しい、というのが養母の見解であった。実際、守璃がここに越してきた時には食材よりも栄養補助ゼリーのストックが多かったので、養母の見立ては正しかったのではないかと思っている。昼は雄英の食堂──ランチラッシュのメシ処──を利用することもあったとは聞いたが、もっぱら例のゼリーが大活躍していたのではないかと守璃は考えていた。養母の心配顔が目に浮かぶ。
 コスチュームから部屋着に着替えた相澤がいつもの席につく頃には、きちんとした温かい夕飯がテーブルに並んでいた。相澤が律儀に「いただきます」と呟いたので、守璃も「はい、どうぞ」と返す。養母がよくそうしていたからだった。
 兄の食事風景を見守っているというのも妙なので、守璃はソファ──つい最近買ったばかりのものだ──に腰をおろした。相澤には背を向けるかたちになる。テレビではちょうどヒーロー特番が流れていて、VTRにはオールマイトが映っていた。古い映像なのか、今のオールマイトよりも少し若いようだった。
 この人がつい数時間前には目の前にいたのだ。そう思うと、不思議な気分になる。イレイザーヘッドはメディア露出自体がほぼないし、プレゼント・マイクもどちらかといえばテレビよりラジオの出演のほうが多いので、身近な人がテレビに映るという感覚には慣れていない。もっともオールマイトに関しては、身近な人がテレビに映っているというよりもテレビに映っている人が身近な人になってしまった、というべきだろうけれど。
 そんなことを考えていると、相澤が淡々とした声で名前を呼んだ。「守璃」

「何? あ、醤油欲しかった?」
「違う。Vと成績見たぞ」
「……ヒーロー基礎学の?」
「他に何がある」
「ないね……」

 振り返った先の相澤は無表情で、何を考えているのか今一つ読み取れない。しかし、具体的な助言をくれるのではないだろうことは、なんとなく予想がついた。ここは学校ではないし、今、守璃にだけ助言をすれば贔屓になる。

「……今自分が取り組むべき課題はわかったよ。気づいてないこともまだまだあるんだろうけど、一気に全部は無理だから、とにかく一つ一つ潰していこうと思う」
「ああ、自覚できてんなら良い」
「ん。そのための訓練だもんね」

 相澤はそれ以上は何も言わず、焼き魚を口に運ぶ。その表情が少し眠たげなことに気づいて、守璃は思わず苦笑した。
180418
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