ハリーの誕生日を数日後に控える頃、ロンからの手紙が届いた(珍しくロンの家のふくろうが運んできたのだが、嵐の中を飛んできたのかと思うほどよれよれだった)。ハリーからなんの連絡もないのはどう考えてもおかしい、ハリーの誕生日を過ぎても連絡がなかったら、自分達がハリーを迎えに行くというものだった。どういう方法で迎えに行くのかなどは書かれていなかったが、何か考えがあるのだろう。
 手紙には「ハリーを無事に連れてこられたら、フェリシアも泊まりにおいでよ」とも書いてあったので、フェリシアは「くれぐれも気をつけて。良い知らせを待ってる」と返事を書いた。年老いたふくろうがよろよろと飛び立つ様はあまりに気の毒だったが、エステルには別の仕事を頼まなければならない。トンクス家でたっぷり休ませた後、やむを得ずその姿を見送ったのだった。
 それから、フェリシアはハリーへ手紙を書いた。今までの手紙が本人に届いていたのかもわからないので、誕生日プレゼントはあとから渡そうと考えていたが、届く可能性も考えて、手紙だけはきちんと当日に送ろうと思ったのだ。
 書き上げた手紙をエステルに託してしまうと、フェリシアは手持ちぶさたになった。ここのところのフェリシアは、そんな時はマクゴナガル先生に貰ったクロエの日記を開いている。マクゴナガル先生が話してくれた吼えメールのことも書いてあったし、ジェームズ、シリウス、リリーと言った名前が頻繁に書かれていた。もちろんリーマスの名前もあって、彼の体調を案じている内容の日記もある。日記の長さは日によって違ったし、毎日書かれているわけでもなかったが、クロエ・ワイズという人間が少しずつ身近に感じられるようになってきたような気がしていた。


 そうして、ハリーの誕生日から五日後のことだ。朝食を終えて何気なく窓の外を見たフェリシアは、久しく見ていなかった美しいふくろうに気がついた。白いふくろうが真っ直ぐにこちらへ向かって飛んで来る。 フェリシアは喜び勇んで窓に駆け寄った。
「ヘドウィグ!」
 アンドロメダが驚くのも構わずに呼びかけると、ヘドウィグは軽やかに窓枠へ降り立った。手紙を持っている。フェリシアは手紙を受け取り、水とふくろうフーズを目の前に置いてやった。
 手紙を開くと、見慣れたロンの字と久しぶりに見るハリーの字が並んでいて、フェリシアはほっと息を吐き出した。

フェリシアへ
ヘドウィグを見て気づいただろうけど、無事にハリーを連れてきたよ! あのマグルの連中ときたら、ハリーを部屋に閉じ込めてたんだ。ほんと悪夢のような連中だよな。
詳しいことは君がこっちに来たら話すよ。もちろん、泊まりに来るだろ? ママも君を呼んで良いって言ってるし、フレッドとジョージも君なら大歓迎だって。なるべく早く来いよ。
ロン

心配かけてごめん。ちょっとした問題があって、手紙を出すことも受けとることもできなかったんだ。詳しいことは、僕も君と会えてから話す。ロンの家は最高だよ。
ハリー

書き忘れてた。うちは「隠れ穴」、だ。

 読み終えた手紙を丁寧にたたみ、フェリシアはアンドロメダを振り返った。
「ママ、友だちが家に泊まりおいでって。行っても良い?」
「まぁ、なんだか急ね? 行っても良いけれど……いつ行くの?」
「ええと……なるべく早く……?」
 アンドロメダは呆れた顔をした。


 結局、フェリシアはヘドウィグに「七日の午前中に行きます」とだけ書いた返事と、アンドロメダがウィーズリー夫人に宛てて書いた手紙を持たせた。それから荷物を用意して(実はもうほとんど済ませてあったのだが)、約束の七日が来るのを待った。
 夏休みに入ってからというものエステルには頻繁に手紙の配達を頼んでいたので、しばらくは休暇のつもりで自由にしていてほしいと思い、近くの森に放しておいた。食べ物は自分でも獲れるだろうし、家に戻ってくればアンドロメダかドーラが与えてくれるだろう。
 七日の朝のアンドロメダは、フェリシアよりもずっと落ち着かない様子だった。
「いい? ちゃんと愛想良く、お行儀良くするのよ。くれぐれもウィーズリーさんにご迷惑をおかけしないようにね」
「わかってるよ、ママ」
 アンドロメダに心配性の気があるのは今に始まったことではないが、それにしたって少し過保護なのではないかとフェリシアは思うことがある。フェリシアが末っ子だからそうなのか、それとも、おっちょこちょいのドーラが危険な仕事に就いたことが心配性に拍車をかけてしまったのか。どちらにせよ、フェリシアはアンドロメダを安心させるために言葉を尽くさなければならなかった(「ほら、私って普段からお行儀が良いほうでしょ?」「本当にお行儀が良い子は朝寝坊もしないのよ」)
 しかし、考えてみれば、ホグワーツに行く以外で親と離れたことは数えるほどしかない。友だちの家に泊まりに行くなんてことももちろん初めてだ。アンドロメダが心配するのも仕方のないことかもしれないと、フェリシアは諦めにも似た気持ちになった。
 「わかってる」と「大丈夫だよ」を何度も繰り返した後、フェリシアは暖炉に入った。アンドロメダがウィーズリー夫妻への手土産にと持たせたワインと着替えの詰まった鞄を片手に持ち、もう片方の手に煙突飛行粉を掴む。煙突飛行の前に身構えてしまうのは、最早フェリシアの癖だ。
「じゃあ、いってきます」
「ちゃんといい子にしなさいね──」
「うん、大丈夫だってば……『隠れ穴』!」
 フェリシアはしっかり腕を引いて荷物を抱えた。暖炉から出て転ばないようにしなければいけない──特にフレッドとジョージの前では。
 目的地の暖炉に無事到着したフェリシアは、おそらく十二年の人生の中で最もスムーズに煙突飛行を終えた。よし、やった──微かな達成感が胸を満たしたが、すぐに聞こえたからかうような声がそれを押しのけた。
「やあ、フェリシア! 今日は床とキスしなくていいのかい?」
「別にいつもしてるわけじゃないし、あの時だって床にキスはしてないけど」
「ああ、ハグだったっけ? 熱烈なやつ」
「……もう!」
「君と床の熱烈なハグを見てやろうと思って待ってたんだけどなぁ」
「まぁ、とにかくよくぞ来てくれた!」
 ニヤニヤ笑っていたフレッドとジョージは大袈裟に腕を広げた。床のかわりに二人とハグをして、フェリシアははにかんだ。
「お邪魔します……おばさまは?」
「庭で洗濯物を干してる。呼ぼうか?」
「別にあとでも……っと、言ってる間に終わったみたいだ」
 駅で見かけたふくよかなおばさんがやって来たので、フェリシアは居住まいを正した。ウィーズリーおばさんはフェリシアに気づくとにっこりしたので、フェリシアも愛想良く見えるように微笑んで会釈した。
「こんにちは。あなたがフェリシアね?」
「はい、こんにちは、おばさま。フェリシア・トンクスといいます。今日からしばらくお世話になります……これ、母からです」
「まぁ! ありがとう」
 手土産を渡したフェリシアは、フレッドとジョージが変な顔をして見ているのに気がついた。
「なあに?」
「今日のフェリシアは良いとこのお嬢さんみたいに見えると思って」
 フェリシアが怪訝な顔をすると、二人は神妙な顔で「いつもはもっとワルだろ」と宣った(すぐにウィーズリーおばさんにたしなめられた)
「馬鹿なことを言ってないで、フェリシアを案内してあげて」
「オーケー、ママ」
「うちにいる間、フェリシアはジニーと相部屋な。うちに女の子はジニーしかいないから……こっちだ」
 二人のあとについて細い廊下を抜け階段を上っていくと、三番目の踊り場で止まった。
「ここだ。おーい、ジニー、入っていいか? フェリシアが来たぞ」
 ノックの後、部屋の中からは慌ただしく動き回るようなドタバタという音がした。少ししてドアが開くと、駅でおばさんと一緒にいた女の子が顔を覗かせた。恐る恐るといった様子でフェリシアを見上げている。その視線にたじろぎながらも、フェリシアはジニーに笑いかけた。
「こんにちは、ジニー。聞いてると思うけど、私、フェリシア・トンクスです。よろしくね」
 ジニーはこっくりと頷いた。
「荷物を置いたら降りて来いよ」
「僕たちはハリーとロンに声をかけてくる」
 フレッドとジョージが階段を下りていく。ジニーは部屋に招き入れてくれたが、やはり無言のままなので、フェリシアはなんだか気まずかった。
「荷物、どこに置いたらいいかな」
「……そこに置いて。そのベッドが、フェリシアのだから」
 ようやく口を利いてくれたジニーが指差した辺りに鞄を置き、失礼にならない程度に部屋を見回した。全体的に女の子らしい印象だ。
「素敵な部屋ね」とフェリシアは声をかけたが、ジニーはほんのり顔を赤らめるだけで何も言わなかった。

161013
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