エステルを送り出してから一週間以上が過ぎた。リーマス・ルーピンが見つからなければ、無理せずに帰っておいでと言ったのに、賢いモリフクロウはまだ帰ってこない。
 まさかエステルの身に何かあったのではないかとやきもきし始める頃になって、ようやくエステルは帰ってきた。
 窓の外にその姿を見つけたとき、脚には手紙がくくりつけられたままなのがわかって、落胆しないわけではなかったが、エステルが無事に帰ってきてくれただけで十分だと思った。まずは、長旅で疲れただろうエステルを労ってあげなければ。
「おかえり、エステル」
 フェリシアはいっぱいのふくろうフーズを用意してエステルを迎えた。エステルは窓枠に止まると、ふくろうフーズを啄む前に脚を差し出した。どこか誇らしげに見える。……あてもない長旅を終えたから?(ホグワーツと家の往復くらいしかしたことのなかったエステルにとって、大冒険だったことは間違いない)
 頭を撫でてやったあと、邪魔な手紙を早くとってあげようと手を伸ばしたフェリシアは、ハッと息を飲んだ。フェリシアのものではない字が見えたのだ。見慣れない筆跡で『フェリシア・トンクス様』と、そう書いてある。慌ててエステルの脚から外し、ひっくり返すと、同じ筆跡で署名がある──R・J・ルーピン。
「あぁ、エステル、あなた最っ高!」
 フェリシアはエステルを撫で回した。キスだってしたいくらいだったが、エステルは既にふくろうフーズの皿に顔を突っ込んでいたので、撫でる手も煩わしいと言わんばかりに羽を広げる。フェリシアは撫でる手をそうそうに止め、手紙の封を切った。


フェリシア・トンクス様

 手紙をどうもありがとう。
 とても驚いたよ。君から手紙をもらう日がくるなんて思ってもみなかったし、私のことを知っているとも思わなかったからね。
 なぜ君がご両親のことを知ろうとしているのかは、今は聞かないでおこう。確かに私は、学生時代、君のご両親と親しかった。少なくとも、他の生徒よりはずっと。
 二十五日の午後三時、漏れ鍋に来られるかい? その日、ダイアゴン横丁に行く予定があってね。もしも会えるなら、その時話そう。君が期待するような話をできるかわからないけれど。

追伸 君のふくろうにまた往復させるのは悪いから、返信はしなくていい。会えなければ、また手紙を書くよ。


 ──会えることになってしまった。
 彼は手紙の返事をくれたばかりか、直接会って話をしてくれるという。フェリシアは叫びながら駆け出したいような気持ちになった。今ならスネイプにもとびきりの笑顔で声をかけられる。マルフォイと手を繋いで歩いたっていい。
 その日のフェリシアは、ここ最近では珍しいほどに晴れ晴れとした気持ちだった。顔にも出ていたのだろう。夜になって帰って来たテッドが「元気の出る呪文をかけてもらったのかい?」と目を丸くした。


 二十五日がくるまでの間、フェリシアは本を読んだり友人たちに手紙を書いたり、しつこい庭小人を駆除したりして過ごした。
 ロンやハーマイオニーからの返事はエステルが持ち帰ってきたが(ハーマイオニーはふくろうを飼っていないし、ロンの家のふくろうは年寄りなのでエステルに持たせたほうが速くて確実なのだ)、心配なことに、ハリーの返事だけが帰ってこなかった。ヘドウィグが手紙を運んできたことも一度もない。ロンやハーマイオニーも同じようで、二人とも心配していた。同居しているマグルの家族に、酷いことをされているのではないだろうか。
 そういえば、ハリーへの手紙を配達してきたエステルが、酷く不機嫌な様子で帰って来たことがある。まさかあの意地の悪そうなおじが、手紙を運んできたふくろうから無理矢理手紙を取り上げているのだろうか……?
 ロンやハーマイオニーとハリーのことを話し合っている間に、二十五日になった。ハリーからの手紙はまだ届かない。気掛かりでならなかったが、今日だけは、リーマス・ルーピンとの対面のことで頭がいっぱいだった。
 ダイアゴン横丁へ行くことは、前もってアンドロメダに伝えていた。正直に言うのは躊躇われたので、友人の誕生日プレゼントを別の友人と買いに行くということにしている。子どもだけで行くとなるとアンドロメダが渋るだろうと思い、友人のお父さんが一緒だと言った。大人が一緒なら、とアンドロメダも頷いた。嘘をついている罪悪感はあったが、本当にハリーへの誕生日プレゼントを買って帰ればいいと思うことにした。それなら、まるっきり嘘というわけではなくなる。
 約束の時間の十分前、フェリシアは支度を済ませて暖炉の前に立った。煙突飛行をする前はどうしても身構えてしまう。アンドロメダがクスクス笑った。
「どうしてそんなに苦手なのかしらね」
「だって、どうしてかあちこちぶつかるんだもの」
「ちゃんと肘を引いてなさい。あとはいつも通りはっきり発音するだけ、簡単でしょう」
 煙突飛行粉を手渡されて、フェリシアは腹をくくった。
「……いってきます。漏れ鍋!」
 アンドロメダの「あまり遅くならないようにね」の声は炎に飲まれて、ぐるぐる回ってあっという間に暖炉から吐き出された。多少よろめきながら、それでも転ぶことなくなんとか床に着地したフェリシアは、さっと辺りを見回した。大丈夫、誰にも見られていない──
「フェリシア?」
 名前を呼ばれてフェリシアは飛び上がった。
「えっと……ミスター・ルーピン?」
 そこにいた男性は、フェリシアを見たまま動きを止めていた。ライトブラウンの髪は年齢のわりに白髪混じりで、顔色は良いとはいえない。やつれているようにも見えるが、写真の中にいた男性の面影が確かにあった。
「あの……」
「あ、ああ、すまない……初めまして、いや、久しぶり、なのかな。リーマス・ルーピンだ」
「あの……私、フェリシアです。あなたのこと、その、写真で見て」
「クロエが撮ったやつだね。たくさんあっただろう。彼女は写真を撮るのが好きだったから」
 話してみると、リーマス・ルーピンは想像していた通りの優しげな人だった。とても穏やかな話し方をする。フェリシアを気遣ってのことかもしれないが、その話し声を聞いていると不思議と親しみを覚えた。
「君のことは見ればきっとわかると思っていたんだが……なんというか、想像以上だったよ」
「よく言われます」
「でも、クロエ譲りのところも多そうだ。目もそうだし、物腰も……それに、煙突飛行が苦手なところなんかも」
「えっ」
「さっきふらついていただろう? クロエも苦手だったんだ」
 リーマス・ルーピンは懐かしそうに目を細めて、フェリシアの頬の煤を拭った。「妙なところが似たものだね」

160925
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