ハーマイオニーは数週間医務室に泊まることになった。いくらマダム・ポンフリーといえども、すぐに治せるものではないらしい。
 ハーマイオニーをマダム・ポンフリーに任せてグリフィンドール塔に戻ったその後、三人はマルフォイの話から得られた情報を整理した。といっても結局誰が襲っているのかはわからずじまいだったし、マルフォイにさえ心当たりがないとなればフェリシアたちはもうお手上げだ。魔法省勤めでなにかと魔法界の裏事情にも詳しそうな父親のいるロンならともかく、ハリーはマグル育ちだ。フェリシアにしても、純血主義一家と絶縁した魔女とマグル生まれの魔法使いに育てられたので、込み入った噂話はほとんど知らない。黒幕を推測するには相変わらず情報が足りない。
 それどころか、マルフォイの話から得られた一大スクープはむしろ、まったく別のものだった。
「そういえば、マルフォイが言ってたワイズって? フェリシアのことも話してたけど、君に関係がある人なの?」
 ハリーがフェリシアのほうを見ながら尋ねたとき、フェリシアはわずかに悩んで、いかにも困惑しているという顔を取り繕うことを選んだ。
「わかんない」
 罪悪感がちくちくとフェリシアの胸を刺す。
 ハリーはフェリシアの嘘に気がつかなかったようだった。
「ロンは何か知ってる?」
「うん、実は、聞いたことがあるような気がしてずっと考えてたんだ。確か純血主義で有名な家だよ。良くない噂がある」
「闇の魔法使いってこと?」
「うーん……違うんじゃないかな。あんまりよく覚えてないんだけど──昔、パパが凄く怒ってたんだ。『傘下に加わったという噂こそ聞かなかったが、ワイズのしていることは結局やつらと同じだ』って」
 ロンはなんてことのないように話したが、フェリシアの心臓はどくどくと煩かった。
 ワイズ家について話してくれたときのマクゴナガルの声が脳裏をよぎる。──患者が純血ならば全力を尽くす、マグル生まれならば投げやりな治療をする、ワイズに嫌われたなら命の保証はない。それはつまり、患者を見捨てるということである。見捨てられた患者の行きつく先は──最悪の場合、死だ。
「純血主義なら、マルフォイとはそりが合うんじゃないの?」
「僕も詳しいことは知らないからなぁ。どっちの家が偉いかどうかで揉めでもしたのかも」
 ロンはにやりと笑った。
「それに、ワイズ家の子どもが今のホグワーツにいるなんて、僕知らなかったよ。そういう家のやつなら目立ちそうなものだけど──マルフォイの口ぶりといい、もしかするとそいつはスクイブなのかもな。それで、マルフォイが見下してるとか。フェリシアはどう思う?」
 二対の目がフェリシアを見た。
 しかし、からからの喉からはすぐに言葉が出てこない。「それなりに納得できる説ではあるけど……」と声を絞り出して、フェリシアは肩をすくめた。「スクイブってホグワーツに入学できるんだっけ?」
「闇の魔術の道具で、魔法が使えるように見せかけてるのかもしれない」
「そんな都合の良い道具がある?」
「マグルのおとぎ話だと、魔法使いじゃなくても魔法みたいなことができる道具が出てくるよ」
「マグルが考える魔法って面白いわよね。昔、パパがくれたマグルの絵本で──」
「そういう話はあとでしてくれよ。今はマルフォイから聞き出したことについて話してるんだろ」
 ロンが呆れた顔をした。「君、話をそらそうとしてないか?」
 ぎくりとしたのを悟られないよう、フェリシアは顔をしかめてみせた。「だって──どうしてその『ワイズ』と並んでマルフォイの口から私の名前が出てきたのか考えたくないんだもの」
「ああ」と頷いたロンが意地の悪い笑みを浮かべた。「しかもあいつ、君のこと『フェリシア』って呼んでたな」
「普段はトンクスって呼ぶのに。実は君に気があるんじゃないか」
「やめてよ」とフェリシアはロンの腕を叩いた。
 確かにマルフォイは普段フェリシアをファーストネームでは呼ばない。しかし、マルフォイとフェリシアが親戚であることを考えれば、ファーストネームで呼ぶこと自体は何もおかしなことではないのだ。むしろこのことで、マルフォイがフェリシアを良くも悪くも身内として認識していることが証明されてしまうのではないだろうか。
 しかも、スリザリンの談話室で声を潜めることもなく口にするくらいなのだ。本当にフェリシアに同情しているか、スリザリン寮生のほとんどがマルフォイとフェリシアが親戚であることを知っているか、そのどちらかでなければ辻褄が合わない。血を裏切る者と親戚だなんて、マルフォイのような者からすれば認めたくないことのはずだからだ。
「面と向かって呼ぶのは恥ずかしいから本人のいない談話室でここぞとばかりに──」
「怒るよ、ロニー」
「もう怒ってるじゃないか」



 ハーマイオニーが医務室に泊まり込んでいる間にクリスマス休暇は終わり、休暇を満喫した生徒たちが戻って来てまたホグワーツは騒がしくなった。
 授業が始まってもハーマイオニーは医務室から出られなかったから、たちまち「グレンジャーの姿が見えないのは彼女がスリザリンの継承者に襲われたからだ」という噂が流れた。医務室の前はハーマイオニーの姿をちらりとでも見ようと行き来する生徒が絶えず、マダム・ポンフリーはいつものカーテンでハーマイオニーのベッドの周りを囲った。
 三人は毎日夕方にハーマイオニーの見舞いに行った。新学期が始まってから毎日出される宿題を届けるたび、フェリシアは、授業に出てもいないハーマイオニーにも宿題をきっちり出す先生たちを非情だと思ったし、受けてもいない授業の宿題を完璧にこなしてあまつさえ宿題が届くことを喜ぶハーマイオニーを奇妙だと思った。フェリシアなら、体調がすぐれないことを理由にして少なくも二週間分は宿題を免除してほしいところだ。
 ハーマイオニーの顔の毛が綺麗になくなり、目の色が元の褐色に戻りつつあるその夜も、三人は医務室を訪れていた。
「何か新しい手がかりはないの?」
 マダム・ポンフリーに聞こえないよう声を潜めてハーマイオニーが言う。
「なんにも」とハリーは暗い声で答えた。
「絶対マルフォイだと思ったのになぁ」
「ロン、その言葉そろそろ百回目よ」
 そう言ったフェリシアは、ハーマイオニーの枕の下から金色のカードのようなものが覗いているのを見つけた。しまい忘れてしまったのだろうか。
「それ、何?」とハリーが尋ねると、ハーマイオニーはすぐの「ただのお見舞いカードよ」と答えた。そうして慌てて枕の下に押し込もうとしたが、ロンが引っ張り出す方が早い。さっと広げると、ロンはカードの文章を読み上げた。
「ミス・グレンジャーへ、早く良くなるようお祈りしています。貴女のことを心配しているギルデロイ・ロックハート教授より──」
 名前の後には勲章や賞などが延々と続いている。心配しているというわりに、ハーマイオニーにあてたメッセージよりも自分の功績をアピールする文のほうが随分と多い。
「こんなに高慢ちきなお見舞いカードって初めて見るわ」
 ロンは「第五回チャーミング・スマイル賞受賞」のところで読み上げるのをやめた。すっかり呆れ顔だ。
「君、こんなものを枕の下に入れて寝ているのか?」
 そのときちょうどマダム・ポンフリーが夜の分の薬を持って入って来たので、ハーマイオニーは言い逃れをせずに済み、ロンもフェリシアもそれ以上言及することはなかった。

190427
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