スリザリンの談話室に入ったことがあるグリフィンドール生は一体どれくらいいるのだろう。ひょっとすると、フェリシアたち三人が初めてなのかもしれない。
 見慣れたグリフィンドールの談話室とは打って変わって、スリザリンの談話室は壁も天井も石造りだった。低い天井からは、緑がかった丸いランプが鎖でつるされている。暖かそうな火がはじけている暖炉には壮大な彫刻が施され、その周りに並べられた椅子にも細やかな彫刻が施されている。アンドロメダが好きそうなデザインのそれには、見知らぬスリザリン生が何人か座っていた。
「ここで待っていろ」マルフォイは暖炉から離れた無人の椅子を示した。
「今持ってくるよ──父上が今朝送ってくれたばかりなんだ──」
 マルフォイは談話室の奥の方──おそらくそちらに寝室があるのだろう──へ消えていった。一体何を持ってくるのだろう。あのマルフォイ氏が、フレッドとジョージのようなユーモアセンスを持っているとは思えない。何であれあまり面白いものではなさそうだなと思いながら、フェリシアは椅子の一つに腰を下ろした。
 初めて見る他寮の談話室はどうにも物珍しい。見ることができるのは今日が最初で最後だろうと、クラッブとゴイルの巨体の陰でまじまじと眺めていれば、ロンに小突かれた。マルフォイが新聞の切り抜きのようなものを持って戻って来たのだ。
「これは笑えるぞ」
 マルフォイはそう言うと、ロンの鼻先に紙切れを突き出した。受け取ったロンが驚いて目を見開く。フェリシアはその隣から紙切れを覗き込んだ。日刊予言者新聞の切り抜きのようで、『魔法省での尋問』と見出しがついている──マグル製品不正使用取締局局長アーサー・ウィーズリー、マグルの自動車に魔法をかけたかどで五十ガリオンの罰金。ホグワーツ理事のルシウス・マルフォイがウィーズリー氏の局長辞任を要求したとある。九月一日にあの空飛ぶフォード・アングリアがホグワーツに墜落したことにも触れられている。
 マルフォイがフェリシアたちの反応を待っているのは明らかだった。
 ロンが無理に笑ってハリーに記事を手渡したので、フェリシアも笑い声を捻り出した。顔が引きつっているのを誤魔化すため、聞いたことのあるフレーズを記憶の底から引っ張り出す。
「こういうのを魔法族の面汚しって言うのよね」
 マルフォイはにやりと笑った。フェリシアの感想がお気に召したらしい。記事を読んだハリーが沈んだ笑い声をあげると、マルフォイはさらに満足そうにした。
「アーサー・ウィーズリーはあれほどマグル贔屓なんだから、杖を真っ二つにへし折ってマグルの仲間に入ればいい。ウィーズリーの連中の行動を見てみろ。ほんとに純血かどうか怪しいもんだ」
 ロンの──傍目にはクラッブの──顔が怒りで歪んだ。
「クラッブ、どうかしたか?」
「腹が痛い」ロンがうめいた。
「ああ、それなら医務室に行け。あそこにいる『穢れた血』の連中を僕からだと言って蹴飛ばしてやれ」
 マルフォイはクスクス笑いながら言う。ちっとも笑えないどころか、どうしようもなくムカムカしたが、マルフォイはそうではないようだ。
「それにしても、日刊予言者新聞がこれまでの事件をまだ報道していないのには驚くよ」
 マルフォイは考え深げに話し続けた。
「たぶん、ダンブルドアが口止めしてるんだろう。こんなことがすぐにでもお終いにならないと、彼はクビになるよ。父上は、ダンブルドアがいることがこの学校にとって最悪の事態だといつもおっしゃっている。彼はマグル贔屓だ。きちんとした校長なら、あんなクリービーみたいなくずのおべんちゃら、絶対入学させたりしない」
 そう言うと、マルフォイはカメラを構えるふりをしてコリン・クリービーの物まねをした。「ポッター、写真を撮ってもいいかい? ポッター、サインをもらえるかい? 君の靴をなめてもいいかい? ポッター?」
 相変わらずちっとも面白くなかったが、フェリシアは曖昧に笑った。マルフォイは手を下ろして、ハリーとロンを見た。
「二人とも、いったいどうしたんだ?」
 二人が遅すぎる笑いを捻り出すと、それでマルフォイは満足したようだった。クラッブとゴイルは普段からこれくらい反応が鈍いのかもしれない。
「聖ポッター。『穢れた血』の友。あいつもやっぱりまともな魔法使いの感覚を持っていない。そうでなければ、あの身の程知らずのグレンジャーなんかと付き合ったりしないはずだ。それなのに、みんながあいつをスリザリンの継承者だなんて考えている!」
 ようやく核心に触れられる──三人は息を殺してマルフォイの言葉の続きを待った。あと少しで、マルフォイが「あれは全部僕がやったのに」と言うかもしれない!
 しかし、マルフォイの言葉は三人が期待したものとは違っていた。
「いったい誰が継承者なのか、僕が知ってたらなあ」と、じれったそうにマルフォイは言った。「手伝ってやれるのに」
「誰が陰で糸を引いているのか、君には心当たりがあるんだろう……」
 ハリーが素早く質問すると、マルフォイは短く答えた。
「いや、ない。同じことを何度も言わせるな、ゴイル」
「でも、私も気になるわ。それらしいやつはいるんじゃないの?」
 と、フェリシアは食い下がった。なにせ三人は嫌な思いを我慢してここにいるのだ。せめてほんの少しくらい、収穫が欲しい。
「たとえば、あいつとかどうかしら──確かな純血のはずだし──ええと、なんて名前だったかしら?」
「誰のことだ?」
 マルフォイは眉をひそめる。誰のことでもない、ただあてずっぽうを言っているだけだから、当然の反応だった。ハリーとロンがどうするつもりだと言いたげな視線を向けている。後に引けなくなったフェリシアはめげずに続けた。
「ほら、この前、ダフネが──それともミリセントだったかしら──言っていたあいつよ──」
「まさか、ワイズのことを言ってるのか? あれは絶対に違う」
 ぴしゃりとマルフォイが言い、フェリシアは目を丸くした。
 マルフォイは、今、なんと言った? フェリシアの聞き間違いでないなら、マルフォイは、ワイズと言わなかっただろうか。
 ワイズといえば、フェリシアの実母の生家の名前だ。ほかにワイズという名前の家が魔法界にあるのかどうか、フェリシアは知らなかった。もしもマルフォイが言ったワイズがクロエの生家と同じワイズなのだとしたら。ワイズ家の子どもが──フェリシアの母方の親戚が──今のホグワーツにいる、ということになる。
 マルフォイはフェリシアの戸惑いには気づかず、不満げな面持ちで話を続けた。
「ワイズがそう(・・)だと思ってるスリザリン生がいるのは知っている……だけど、いいか、いくらワイズの血筋が確かでも、あいつは出来損ないだ。それにあいつの親は、一族の名を貶めた。そんなやつが、スリザリンの継承者のはずがないだろう」
 マルフォイは有無を言わせぬ口調で言い切る。フェリシアは「それもそうね」と話を合わせた。
「怪しいと思ったのだけど……残念だわ」
「安心の間違いだろう」とマルフォイは鼻をならした。「万が一あいつがスリザリンの継承者だとしたら、フェリシアだってそうだろうさ」

181214
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