去年のクリスマス休暇にはトンクス家に帰ったので、フェリシアがクリスマスをホグワーツで過ごすのは今年が初めてだった。
 大広間に入った瞬間、フェリシアは思わず初めてホグワーツの大広間に足を踏み入れたときのように息を呑んだ。クリスマスの飾りつけがされた大広間は、それはそれは美しかった。霜が降りてキラキラと輝くクリスマス・ツリーが何本も立ち並び、ヒイラギとヤドリギの枝が天井を縫うように飾られ、天井の空からは雪が降っている。真っ白なそれには本物のような冴えきった冷たさはないのに、てのひらの上に載せるとまるで溶けるようにすっと消えていった。
 ダンブルドアがお気に入りのクリスマス・キャロルを二、三曲指揮したり、ハグリットがエッグノックを何杯もがぶ飲みしたり、フレッドがパーシーの監督生バッジに悪戯して「劣等生」に変えてしまったり。家で過ごす何倍も豪華で賑やかなクリスマス・ディナーは、ほんの数時間後にはポリジュース薬を飲んでマルフォイの秘密を暴くというとんでもない企みが控えていることを忘れさせてくれた。
 しかし、ハーマイオニーはそうではなかったらしい。ハリーとロンが三皿目のクリスマス・プディングを食べているとき──フェリシアがトライフルに手を伸ばそうとしているとき──ハーマイオニーは三人を大広間から連れ出した。用件はもちろん、今夜の計画についてだ。
「これから変身する相手の一部が必要なの」
 ハーマイオニーは事もなげに言った。
「当然、クラッブとゴイルから取るのが一番だわ。マルフォイの腰巾着だから、あの二人にだったら何でも話すでしょうし。それと、マルフォイの取り調べをしている最中に本物のクラッブとゴイルが乱入するなんてことが絶対にないようにしておかなきゃ」
 ハリーとロンが物凄い顔をしたが、ハーマイオニーは無視して話を続ける。「私、みんな考えてあるの」
 そう言って取りだしたのは、ふっくらとして美味しそうなチョコレートケーキだった。
「簡単な眠り薬を仕込んでおいたわ。あなたたちはクラッブとゴイルがこれを見つけるようにしておけば、それだけでいいの。あの二人がどんなに意地汚いかはご存知の通りだから、絶対食べるに決まってる。眠ったら髪の毛を二、三本引っこ抜いて、それから二人を箒用の物置に隠すのよ」
 いつの間に眠り薬なんて作っていたのだろう。フェリシアが驚く隣では、ハリーとロンが顔を見合わせている。
「ハーマイオニー、僕、ダメなような──」
「それって、ものすごく失敗するんじゃ──」
 しかし、ハーマイオニーの目には厳格そのもののきらめきがあった。まるで小さなマクゴナガル先生だ。
「煎じ薬は、クラッブとゴイルの毛がないと役に立ちません」断固たる声だ。
「あなたたち、マルフォイを尋問したいの? したくないの?」
「あぁ、わかったよ。わかったよ」とハリーが言った。
「でも、君とフェリシアのは?」
「クラッブとゴイルが二人ずついたら間違いなく失敗すると思うけど」とロン。
「私たちのはもうあるの!」ハーマイオニーは高らかに答えた。
「えっ、そうなの?」と驚いたのはフェリシアだ。自分で用意した覚えはないし、ハーマイオニーからも何も聞かされていない。しかしハーマイオニーがきゅっと目をつり上げたので、フェリシアは慌てて続けた。「ありがとう、で、誰の何?」
「決闘クラブでのこと、覚えてる?」
 そう言ったハーマイオニーが、ポケットから小瓶を二つ取り出して三人に見せた。それぞれに一本の髪の毛が入っている。長さも色も違うので、それが別々の人物から取られたものであることが一目でわかった。
「私と組み合ったミリセント・ブルストロード。あの子が私の首を絞めようとしたときについたみたいで、私のローブにこれが残ってたのよ」
「……じゃあ、もしかしてこっちはパンジー・パーキンソン?」
「その通りよ。あなたと取っ組み合いしたときに抜けた髪の毛があなたのローブの袖に引っかかっていたから、使えると思って取っておいたの。二人ともクリスマスで帰っちゃっていないし──だから、スリザリン生には、学校に帰ってきちゃったと言えばいいわ」
 三人は顔を見合わせた。そんなに上手くいくだろうか。クラッブとゴイルの意地汚さとおつむの出来は確かに底が知れないが──クリスマス休暇にわざわざ学校に戻って来る生徒なんてものは、きっとそうそういるものではない。不自然に思われやしないだろうか。
「それじゃ、私はポリジュース薬の様子を見に行ってくるわね。フェリシアは二人が上手くやれるか見ていてちょうだい」
 ハーマイオニーはそう言い残すと慌ただしく行ってしまった。
「上手くいくかなぁ……」


 ところが、心配で仕方なかった作戦は、意外にも拍子抜けするほどあっさりと成功した。
 三人がしたことといえば、クリスマスの午後のあと、誰もいなくなった玄関ホールに隠れてクラッブとゴイルを待ち伏せし、階段の手すりにハーマイオニーが用意したチョコレートケーキを載せておくことだけだった。スリザリンのテーブルに最後まで残ってトライフルをたらふくたいらげていたクラッブとゴイルは、チョコレートケーキに気がつくと大喜びで引っ掴み、まるごと口に突っ込んだのだ。正面扉の脇の鎧の陰に隠れている三人に気づくこともない。
 クラッブとゴイルは「もうけた」という顔でしばらく口をもごもご動かしていたが、やがて薬が効いたのか、そのままの表情で仰向けに床の上に倒れた。
「死んでるんじゃないよね?」
「息してるから大丈夫だよ」
 それから三人で、クラッブとゴイルをホールの反対側にある物置の中にしまい込み、ハリーはゴイルから、ロンはクラッブから、髪の毛を数本引っこ抜いた。変身した後の足には自分たちの靴が小さすぎることを見越し、靴も失敬した。
 こんなに簡単に成功したことが信じられないまま、三人は嘆きのマートルがいる女子トイレに急いだ。チョコレートケーキの眠り薬の効果が切れる前にすべてをやり遂げなければいけない。
 マートルのトイレでは、ハーマイオニーが大鍋をかき混ぜている小部屋から濃い黒煙が立ち昇っていた。黒煙はトイレ中に立ち込めていて、ほとんど何も見えない。
「ハーマイオニー?」
 小部屋の戸をそっと叩くと、閂が外れる音がして、顔を輝かせたハーマイオニーが現れた。その後ろでは、どろりとした水あめ状になった煎じ薬がぐつぐつ泡立っている。トイレの便座の上には、タンブラー・グラスが四つ用意されていた。
「取れた?」
 ハリーがゴイルの髪の毛を見せると、ハーマイオニーは上機嫌に「結構」と頷いて、小ぶりの袋を持ち上げてみせた
「私の方は、洗濯物置き場から着替え用のローブを四着調達しといたわ」
 四人は大鍋をじっと見つめた。
 黒くどろりとしていていかにも不味そうな見た目をしたこの薬に、これからさらにパンジー・パーキンソンの髪の毛を入れて飲むというのである。それは、ちょっとどころじゃない度胸が必要そうだった。
「すべて間違いなくやったと思うわ」
 ハーマイオニーは「最も強力な魔法薬」のポリジュース薬のページを神経質に読み返しながら言った。
「見た目もこの本に書いてある通りだし……。これを飲むと、また自分の姿に戻るまできっかり一時間半よ」
「次はなんだい?」
「薬を四杯に分けて、髪の毛をそれぞれ薬に加えるの」
 ハーマイオニーはパンジー・パーキンソンの髪の毛が入った小瓶をフェリシアに手渡すと、柄杓でそれぞれのグラスにたっぷりと薬を入れた。それから自分のグラスの中に、ミリセント・ブルストロードの髪の毛を振り入れる。すると、薬はシューシューという音をたてて激しく泡立ち、むかむかするような黄色に変わった。
「さあ、あなたたちも加えて」
 フェリシアは顔をしかめながらも、グラスを一つとって、パンジーの髪の毛を振り入れた。薬はたちまちシューシューと泡立ち、次の瞬間には毒々しい紫色に変わった。一体どんな味がするのだろう。フェリシアは、なんともお腹を壊しそうな色だと思った。
「美味しくなさそう」
「スリザリンのやつらのエキスが美味しいわけないだろ。わかりきってたことさ……」とロンがぼやいた。
 それから、ハリーとロンもそれぞれグラスに毛を入れた。ゴイルの毛を入れた薬は汚れたカーキ色、クラッブの毛を入れた薬は濁った暗褐色に変わる。
 四人一緒にこの小部屋で変身してしまってはとてもじゃないが収まりきらないので、別々の小部屋で飲むことになった。
 それぞれグラスと着替えを持って、空いている他の小部屋に移る。ドアが閉まる音が四つ聞こえ終わったところで、ハリーが呼びかけた。
「いいかい?」
「いいよ」と三人が答える。
「いち……にの……さん……」
 フェリシアは鼻をつまんで、一息に飲み干した。飲み込めないほどの不味さではなかったが、なんとも形容しがたい味が口いっぱいに広がる。少なくともクリスマス・プディングやトライフルのような味ではないし、まったく美味しくないことだけは確かだった。

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