それから一週間後、四人が玄関ホールを歩いていると、掲示板の前にちょっとした人だかりができているのに出くわした。どうやら皆貼り出されたばかりの羊皮紙を呼んでいるようで、シェーマスとディーンが興奮した様子で四人を手招きした。
「『決闘クラブ』を始めるんだって!」シェーマスが言った。
「今夜が一回目だ。決闘の練習なら悪くないな。近々役に立つかも……」
「え? 君、スリザリンの怪物が決闘なんかできると思ってるの?」
 そう言いながらも、ロンも興味津々で掲示を読んだ。フェリシアもその隣から首を伸ばして掲示を読む。「今夜八時、大広間にて」──詳しい内容や、誰が教えてくれるのかなどの情報は書かれていない。
 夕食に向かう途中で、ロンは三人に言った。「役に立つかもね」
「僕たちも行こうか?」
 その晩八時、四人は再び大広間へと急いだ。普段ずらりと並んでいる食事用の長いテーブルは取り払われ、その代わりに一方の壁に沿って見慣れない金色の舞台が出現していた。天井は星空ではなくビロードのような黒で、その下に各々杖を持ち興奮した面持ちの生徒たちが集まっている。どうやら一年生から七年生まで、ほとんど学校中の生徒がここにいるようだった。
「いったい誰が教えるのかしら?」お喋りな生徒たちの群れに割り込みながら、ハーマイオニーが言った。
「誰かが言ってたけど、フリットウィック先生って若いとき、決闘のチャンピオンだったんですって。たぶん彼だわ」
「私もその話聞いたことある。フリットウィック先生ならいいな、教え方もわかりやすいから」
「誰だっていいよ。あいつでなければ……」
 ハリーがそう言いかけたが、途中からうめき声に変わった。ギルデロイ・ロックハートが舞台に登場したからだ。きらびやかな深い紫のローブをまとい、後ろにはなんとスネイプを従えている。嫌いな人物が一度に二人も現れたことで──さらにはこの後に起こるであろう悲劇がなんとなく想像できて──フェリシアはうめき声こそ上げなかったものの、一瞬にしてしかめ面になり、フリットウィック先生か、そうでなければマクゴナガル先生が来てくれたらよかったのに、と心の底から恨めしく思った。
 ロックハートは観衆に手を振り、「静粛に」と呼びかけた。「みなさん、集まって。さあ、集まって。私がよく見えますか? 私の声が聞こえますか? 結構、結構!」
「ダンブルドア校長先生から、私がこの小さな決闘クラブを始めるお許しをいただきました。私自身が、数え切れないほど経験してきたように、自らを護る必要が生じた万一の場合に備えて、皆さんをしっかり鍛え上げるためにです──詳しくは、私の著書を読んでください」
「ねえ、私もう帰ってもいい?」
 たまらずフェリシアは囁いたが、ハーマイオニーは頷かなかった。「ダメよ、せっかくロックハート先生が教えてくださるんだから……」
「では、助手のスネイプ先生をご紹介しましょう」
 スネイプはフェリシアが今まで見た中でもとびきりの不機嫌な表情をしているが、ロックハートは構わず満面の笑みを振りまいた。どうやらロックハートにはスネイプの表情が見えない呪いがかかっているらしい。
「スネイプ先生がおっしゃるには、決闘についてごくわずかご存知らしい。訓練を始めるにあたり、短い模範演技をするのに、勇敢にも手伝ってくださるというご了承をいただきました。さてさて、お若い皆さんにご心配をおかけしたくはありません──私が彼と手合わせした後でも、皆さんの魔法薬の先生はちゃんと存在します。ご心配めさるな!」
 勇敢──この場合は無謀ともいう──なのはむしろロックハートのほうだし、心配するべきはスネイプの身の安全よりもロックハート自身の身の安全ではないかとフェリシアは思った。今やスネイプは、どうすればうっかり(・・・・)ロックハートをバラバラにできるかと画策していてもおかしくないような表情をしている。
 ロックハートはスネイプと向き合って腕を振り上げ、大袈裟な礼をし、スネイプは不機嫌に頭を下げた。それから二人とも杖を前につきだして構えた。
「ご覧のように、私たちは作法に従って杖を構えています」
 ロックハートはシンとなった観衆に向かって説明した。
「三つ数えて、最初の術をかけます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありません。一──二──三──」
 二人とも杖を肩より高く振り上げる。先に、スネイプが叫んだ。
「エクスペリアームス!」
 目も眩むような紅の閃光が走ったかと思うと、ロックハートは舞台から吹っ飛び、後ろ向きに宙を飛び、壁に激突して壁伝いにずるずると滑り落ちて床に無様に大の字になった。
 数人のスリザリン生が歓声を上げたが、ハーマイオニーは爪先立ちで跳ねながら「先生、大丈夫かしら?」と悲痛な声をあげた。
「知るもんか!」三人が声をそろえて答えた。
 ロックハートはふらふらと立ち上がり、よろめきながら壇上に戻る。被っていた帽子はどこかへ吹っ飛び、カールした髪は逆立っていた。
「さあ、みんなわかったでしょうね! あれが、『武装解除の術』です──ご覧の通り、私は杖を失ったわけです──あぁ、ミス・ブラウン、ありがとう。スネイプ先生、確かに生徒にあの術を見せようとしたのは素晴らしいお考えです。しかし、遠慮なく申し上げれば、先生が何をなさろうとしたかがあまりにも見え透いていましたね。それを止めようと思えば、いとも簡単だったでしょう。しかし、生徒に見せた方が教育的によいと思いましてね……」
 スネイプは殺気立っていた。さすがのロックハートもこれには気がついたようで、すぐにこう言った。
「模範演技はこれで十分! これから皆さんのところへ降りていって、二人ずつ組にします。スネイプ先生、お手伝い願えますか……」
 ロックハートは生徒の群れに入り、まずネビルとジャスティン・フィンチ‐フレッチリーとを組ませた。
 スネイプは真っ先にハリーとロンのところへやって来て、ロンとシェーマスを組ませ、ハリーをマルフォイと組ませた。そしてさらに、スリザリンのミリセント・ブルストロードを呼びつけハーマイオニーと組むように言い、フェリシアの相手にはパンジー・パーキンソンを指名した。
 名前を呼ばれたスリザリン生たちが高慢ちきな態度でやって来る。マルフォイにひっついてやって来たパンジーは、まるで親の仇であるかのようにフェリシアを睨みつけていた。パンジーがフェリシアに友好的だったことはそもそも一度だってないが、フェリシアがマルフォイを引っ叩いた日から、よりいっそう敵対心をむき出しにして来るようになった。いつもどこ吹く風と受け流しているフェリシアだが、今回ばかりは肩をすくめた。
「皆さん、組になりましたね? では相手と向き合って! そして礼!」壇上に戻ったロックハートが号令をかける。「杖を構えて!」
「私が三つ数えたら、相手の武器を取り上げる術をかけなさい──武器を取り上げるだけですよ──皆さんが事故を起こすのは嫌ですからね。一──二──三──」
 しかし「二」の時にパンジーが動き出したので、フェリシアも負けじと素早く杖を振った。
「エクスペリアームス!」
 スネイプの時ほど鮮烈ではないものの紅の閃光が走り、中途半端に振り上げられたパンジーの手から勢いよく杖が吹っ飛ぶ。パンジーは一瞬何が起きたのかわからないような顔をした後に、眦をつり上げてフェリシアに跳びかかった。「この──調子に乗るんじゃないわよ!」
 そこからはもう取っ組み合いになった。魔女らしさのかけらもない。パンジーがフェリシアの髪を引っ掴んで力いっぱい引っ張るので、頭からはぶちぶちと髪の毛の抜ける音がした。空いてるほうの手でパンジーの頭を押しやるが、ちっとも離れてくれない。
「何よ──ちょっと──顔が──良いからって!」
「急に何の話痛っ! 痛いってば──ああもう、イモビラス!」
 唱えるが早いか、フェリシアはパンジーから距離を取った。
 周りを見回せば他の組も大騒ぎになっていて、クイック・ステップを踏んでいるハリーと息も絶え絶えに笑っているマルフォイはとりわけ異様だった。ロックハートは「ストップ!」と叫ぶだけだったが、スネイプは素早く杖を振った。
「フィニート・インカンターテム!」
 するとハリーは踊るのをやめ、マルフォイは笑うのをやめ、パンジーはようやく動き出した。
 ロンは蒼白な顔をしたシェーマスを抱きかかえ、なにやら謝っている。どうやら折れた杖がまた何かをしでかしてしまったようだった。
 ハーマイオニーとブルストロードの方も酷いもので、どちらも杖を手放していて、二本の杖は床に打ち捨てられていた。ブルストロードにヘッドロックをかけられたハーマイオニーが、痛みでひぃひぃ言っている。ブルストロードは随分がっしりとした体格をしていたので、ハリーとフェリシアは二人がかりでようやくハーマイオニーから引き離すことができた。

180527
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