作業を初めてしばらくして、マートルのトイレにハリーがやって来た。よくここがわかったなと感心しながら小部屋に招き入れると、ただでさえ狭い小部屋はますますぎゅうぎゅうになってしまった。身動ぎするだけで、誰かと肩がぶつかりそうだ。
「腕はもう大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「君に面会に行くべきだったんだけど、先にポリジュース薬に取りかかろうって決めたんだ。それで、ここが薬を隠すのに一番安全な場所だと思って」
「間違いないよ。それより、聞いてほしいことがあるんだ。コリンが──」ハリーが焦ったように話し始めると、ハーマイオニーが遮った。「もう知ってるわ」
「マクゴナガル先生が今朝、フリットウィック先生に話してるのを聞いちゃったの。だからわたしたち、すぐに始めなきゃって思ったのよ──」
「マルフォイに吐かせるのが早ければ早いほどいい」ロンが唸るように言った。
「僕が何を考えてるか言おうか? マルフォイのやつ、クィディッチの試合のあと、気分最低で、腹いせにコリンをやったんだと思うな」
 フェリシアはニワヤナギの束をちぎりながら話を聞いていたが、「もう一つ話があるんだ」とハリーが切り出したのでようやく顔をあげた。
「もう一つ?」
「夜中にドビーが僕のところに来たんだ」
 ロンとハーマイオニーが揃って驚いたように顔をあげ、三人はまじまじとハリーを見つめた。「ドビーが?」「ホグワーツに?」「なんのために?」
 至近距離から六つの目に見詰められたハリーは、少し居心地悪そうにしながらドビーの話したことを語り始めた。九月一日、ハリーとロンが九と四分の三番線に入れず車を飛ばす羽目なったのも、昨日のイカレブラッジャーがハリーばかりを襲ったのも、ドビーが原因だったのだという。ドビーはハリーを守るために、なんとしてもハリーをホグワーツに居させてはいけないと考えているらしい。ホグワーツでは恐ろしいことが起こるから、と。しかも、そればかりではない。ドビーはこうも言ったそうだ──「またしても『秘密の部屋』が開かれたのですから」と。
 目の前のロンがポカンと口を開けているのが見えたが、きっとフェリシアも似たり寄ったりの顔をしていただろう。ハーマイオニーだって、驚きに顔を染めている。
「つまり『秘密の部屋』は以前にも開けられたことがあるの?」
「これで決まったな」ロンが意気揚々と言った。
「ルシウス・マルフォイが学生だったときに『部屋』を開けたに違いない。今度は我らが親愛なるドラコに開け方を教えたんだ。間違いない。これならフェリシアも納得だろ? それにしても、ドビーがそこにどんな怪物がいるか、教えてくれてたらよかったのに。そんな怪物が学校の周りをうろうろしてるのに、どうして今まで誰も気づかなかったのか、それが知りたいよ」
「それ、きっと透明になれるのよ」ハーマイオニーがヒルを突いて大鍋の底に沈めながら言った。「でなきゃ、何かに変装してるわね──鎧とかなんかに。『カメレオンお化け』の話、読んだことあるわ……」
「どうだろう、ただ変装しているだけなら、ダンブルドアやマクゴナガル先生が気づきそうなものじゃない? 怪しいとしたら、禁じられた森の奥とか……」
「あぁ、確かに森は怪しいかもしれないな」
 ロンが頷きながら、クサカゲロウを一袋鍋にあける。
「なんにしろ、マルフォイに聞けばはっきりするさ。ねえ、それよりハリー、わかるかい? ドビーが君の命を救おうとするのをやめないと、結局、君を死なせてしまうよ」

 コリン・クリービーが襲われ、冷たい石の体になって医務室に横たわっているという話は、どこからどう広まったのか、月曜日の朝には学校中に知れ渡っていた。生徒たちは疑心暗鬼になって、とりわけ一年生はいつでも固まってグループで行動するようになった。
 ジニーもすっかり落ち込んでいた。「妖精の魔法」のクラスでコリンと隣り合わせの席だったらしい。フレッドとジョージが励まそうとしたが、残念ながら二人のやり方では逆効果で、ジニーを元気づけるどころかパーシーをカンカンに怒らせるだけに終わった(「いい加減にしないと、ママに手紙を書くぞ!」)。
 やがて、魔除けやお守りの取引が校内で爆発的に流行りだした。もちろんどれもこれも先生方には内緒で出回っているものばかりで、本当に効果があるのかどうかも疑わしい。怪物とやらがどんな性質の生き物なのかもわからない以上、むやみに買い込んでも意味がないだろう、とフェリシアは呆れて傍観を決め込んでいたが、怯えたネビルが一通り買い込んでしまった後で、無言を貫いたことを少しだけ後悔した。そもそもネビルは純血の魔法使いなのだから、襲われるはずがない。同じ事を考えた他のグリフィンドール生がそう指摘したが、自分をスクイブだと思っているネビルの恐怖はちっとも拭えないようだった。

 十二月の第二週目になると、マクゴナガル先生がクリスマス休暇中に学校に残る生徒の名前を調べに来て、四人はすぐにリストに名前を書いた(フェリシアは少し前にクリスマス休暇には帰らないと手紙を送っていた。アンドロメダからの返事に並んだ残念そうな文面になんだか申し訳なくなったが、今回ばかりは仕方がない)。事件の解決の兆しも見えない中で、進んで学校に残ろうという生徒はそう多くはないようだった。しかし、どうやらマルフォイは学校に残るらしい。人が少ない休暇中にマルフォイが学校に残るのなら、例の計画を実行するのに絶好のチャンスだと言って良い。
 しかし、薬はまだ半分しか出来上がっていなかった。完成させるには、まだ材料が足りない。二角獣の角と毒ツルヘビの皮だ。どちらも生徒用の材料棚には無いもので、ホグワーツの二年生が手に入れるにはスネイプの個人的な薬棚からくすねるしか方法がなく、そのチャンスは魔法薬学の授業中に限られている。つまり、授業の真っ只中にどうにかしてスネイプの気をそらし、その隙に誰かが研究室に忍び込まなければならないのだ。
「わたしが実行犯になるのがいいと思うの」とハーマイオニーは平然と言った。
「そして、フェリシアが主導で一騒ぎ起こすのよ。だってハリーとロンは、今度事を起こしたら退校処分でしょ。その点わたしたちなら前科がないし。万が一があってもちょっとの減点と罰則くらいで済むと思うわ」
「そうね、スネイプは私のこと視界に入れたがらないし、確かに隙をつきやすいかもしれないけど」答えたフェリシアは少しだけしかめっ面だった。「その万が一があったとき、『ちょっと』で済む気がしないのは私だけ?」
「それじゃ、絶対バレないようにやることね。そうね……ほんの五分くらい足止めしてくれればいいから」
「ほんの五分?」
 たかが五分、されど五分。フェリシアは小さく唸ったが、やがて溜息と共に首肯した。「……オーケー、それまでにフレッドとジョージにコツをご教授願うことにする」
「やり方は任せるわ」ハーマイオニーは満足げに頷いた。
 ロンがにやつきながら「御愁傷様」の形に口をぱくぱくさせる。片眉をつり上げると、そのやり取りを見ていたのか、ハリーがフェリシアに囁いた。
「僕もやるよ」
「いいよ、無理しなくて。ハリーは前科持ちでしょ」
「けど、一人で仕掛けるより騒ぎの出所が分かりにくくなると思うんだ」
 ハリーはそう言って力のない微笑みを浮かべた。お互いスネイプから理不尽に嫌われている者同士、その表情の意味は何も言わなくてもわかる。フェリシアもつられたような表情を浮かべながら、ハリーに頷いた。
「それじゃ、一緒に。絶対バレないようにやってやろう」

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