ロックハートの授業は実に退屈極まりない。ピクシー小妖精による騒ぎ以来、教室に生き物を持ち込まなくなったかわりに自分の著書を拾い読みし、時にはその中の一場面を演じてみせるようになったのだ。ロックハートがいかにクールに事を為し遂げたかを語られるだけで、実用的な内容はこれっぽっちもない(少なくともフェリシアはそう思っているが、一部の女子にとっては違うのかもしれない)。しょっちゅう相手役に指名されるハリーはこの退屈な授業の最大の被害者と言っても良い程で、今日の授業でも、ロックハートに倒される狼男の役をやらされることになってみんなの前に引っ張り出されていた。
「ハリー。大きく吼えて──そう、そう──そしてですね、信じられないかもしれないが私は飛びかかった──こんなふうに──相手を床に叩きつけた──」
 フェリシアはロックハートの口上をほとんど聞き流すことにして、これからのことを考えた。この授業が終わったら、ハーマイオニーがロックハートに禁書の閲覧許可証にサインを貰う。が、重要な問題はそこではなく、そのあとのほうだった。ポリジュース薬を本当に造るとなれば、材料の入手方法やら調合場所やら隠し場所やらと、困ることが山ほどある。
 そんなことを考えているうちに終業のベルが鳴った。ロックハートが「宿題。ワガワガの狼男が私に敗北したことについての詩を書くこと!」と高らかに言ったとき、フェリシアはまだ上の空だった。
 みんなが教室から出ていくのを待ってから、予定通りハーマイオニーがロックハートのデスクに近づいて行った。ハリーとロンが後ろからついていき、遅れてフェリシアも続く。あっという間に、ハーマイオニーはロックハートのサインを手に入れることに成功し、フェリシアは少し拍子抜けした。
 用が済んだのなら、長居する理由はない。ロンとフェリシアはどちらからともなくそそくさと背を向け、教室の出口に向かった。その少しあとにハーマイオニーが教室を出て、ロックハートに何事か話しかけられていたハリーが追いついてくると、全員でサインを確認した。本の表紙なんかでも見掛けたことのある大きな丸文字が、はっきりと書かれている。
「信じられないよ。僕たちが何の本を借りるのか、見もしなかったよ」
「そりゃあいつ、能無しだもの。どうでもいいけど。僕たちは欲しいものを手に入れたんだし」
「能無しなんかじゃないわ」
「たった今、何にでもサインを書ける才能に溢れてるのが良くわかったものね」
 フェリシアの独り言は、どうやらロンだけに聞こえたようだった。
「そりゃ素晴らしい才能だ」

 早速図書館に行き、マダム・ピンスの厳正な審査を無事に通過して、「最も強力な魔法薬」を借りたその足で、今度はマートルのトイレに急いだ。
 ロンは嫌がったし、フェリシアも気乗りしなかったが、ハーマイオニーの「まともな神経の人はこんなところには絶対来ないわ。つまり、ここならわたしたちのプライバシーが保証されるってことよ」という言い分を以て却下されたのだ。追い討ちをかけるように「それとも、ほかにうってつけの場所を知ってるの?」とまで言われてしまっては、あてなんてない二人は何も言えない。
 憂鬱な気持ちを抱えたままトイレに入るとマートルは今日も小部屋で泣き喚いていたが、四人はマートルを無視したし、マートルも四人を無視した。
 ハーマイオニーが湿って染みだらけの分厚い本を大事そうに開き、四人は覆い被さるようにして覗き込んだ。随分長いこと読まれていなかったように見える。ページを捲る度に、黴臭いにおいがつんと鼻をついた。
「あったわ」ハーマイオニーが興奮した顔でポリジュース薬という題のページを指した。「こんなに複雑な魔法薬は、初めてお目にかかるわ」
 文字を追ってみれば確かにその通りで、フェリシアは思わず顔をしかめた。いくら魔法薬学は苦手ではないといったって、それは授業で扱う調合に限ってのことだ。わかりきっていたことだが、ポリジュース薬はどこからどうみても二年生の魔女が扱うようなレベルの魔法薬ではない。材料も手順も、教科書に載っている魔法薬とはわけがちがう。クサカゲロウ、ヒル、満月草にニワヤナギまでは、生徒用の材料棚にもある見慣れた材料の名前だが、そのあとに続く材料にハーマイオニーがうめいた。
「うーっ、見てよ。二角獣の粉末──これ、どこで手に入れたらいいかわからないわ……毒ツルヘビの皮の千切り──これも難しいわね──それに、当然だけど、変身したい相手の一部」
「なんだって?」ロンが鋭く聞いた。「どういう意味? 変身したい相手の一部って。僕、クラッブの足の爪なんか入ってたら、絶対飲まないからね」
 ハーマイオニーはなんにも聞こえなかったかのように話し続けた。
「でも、それはまだ心配する必要はないわ。最後に入れればいいんだから……」
 ロンは絶句して、今度はフェリシアを見た。
「そんな顔で見ないでよ」
「だって、飲めっていうの? クラッブの足の爪を?」
「爪でなくても髪の毛とか……あとは、うーん……垢とか……」
「そんなの全部嫌だよ」
「ハーマイオニー、どんなにいろいろ盗まなきゃいけないかわかってる?」ハリーは隣のやり取りを無視して、真剣な面持ちで聞いた。
「毒ツルヘビの皮の千切りなんて、生徒用の棚には絶対にあるはずないし。スネイプの個人用の保管庫に盗みに入るの? うまくいかないような気がする……」
 ハーマイオニーはぴしゃりと本を閉じた。
「そう。怖じ気づいてやめるっていうなら結構よ。わたしは規則を破りたくない。わかってるでしょう。だけど、マグル生まれの者を脅迫するなんて、ややこしい魔法薬を密造することよりずーっと悪いことだと思うの。でも、マルフォイがやってるのかどうか知りたくないっていうんなら、これからまっすぐマダム・ピンスのところへ行ってこの本をお返ししてくるわ……」
 ハーマイオニーの頬はいつもよ赤みが差していた。この四人の中で、マグル生まれはハーマイオニーだけ。四人の中の他の誰よりも身に差し迫った問題なのだ。
 自分は純血だからとたかを括っていたわけではもちろんない、差別は許せないとも思っている。それでも、フェリシアは自分が魔法界育ちの純血の魔女であることをまざまざと思い知ったような気持ちになった。
「僕たちに規則を破れって、君が説教をする日が来ようとは思わなかったぜ」ロンが言った。
「わかった。やるよ。だけど、足の爪だけは勘弁してくれ。いいかい?」
「でも、造るのにどのくらいかかるの?」
「そうね。満月草は満月のときに摘まなきゃならないし、クサカゲロウは二十一日間煎じる必要があるから……そう、材料が全部手に入れば、だいたい一ヶ月で出来上がると思うわ」
「一ヶ月も? マルフォイはその間に学校中のマグル生まれの半分を襲ってしまうよ!」
 ロンが言った途端、ハーマイオニーの目がまたつり上がって険悪になってきたので、ロンは慌ててつけ足した。
「でも、今のとこ、それがベストの計画だな。全速前進だ」
 話がまとまってトイレを出るとき、フェリシアは後ろから囁き声を聞いた。一番前で、辺りに誰もいないか確かめているハーマイオニーまではきっと聞こえなかっただろう。
「明日、君がマルフォイを箒から叩き落としゃずっと手間が省けるぜ」

171113
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