その夜、ハリーとロンは新学期の騒動の処罰を受けることになり、八時少し前に談話室を出ていった。ハグリッドの小屋から城に戻ったその直後、玄関ホールでマクゴナガル先生から、ロンはフィルチと一緒にトロフィー・ルームで銀磨き──それも魔法なしのマグル式のやり方で──を、ハリーはロックハートのファンレターに返事を書く手伝いを言い渡されていたので、談話室を出ていく二人は、どちらもそれはひどい顔だった。
 そんな二人の絶望に満ちた背中を見送ったフェリシアとハーマイオニーは、談話室の肘掛け椅子で寛いでいた(ハーマイオニーの膝の上には「泣き妖怪バンシーとのナウな休日」が乗っていたが、フェリシアは何も見ない振りをすることにした)
「やぁ、お嬢さん方。二人だけとは珍しいな、ロンとハリーはどうしたんだ?」
 ウィーズリーの双子がにやにやと笑いながらわざとらしく尋ねてきた。どうせどこかで小耳に挟んでいるか、そうでなくとも薄々察しがついているのだろう。
 ハーマイオニーが顔をあげて答えた。
「罰則よ。ロンはフィルチと銀磨き、ハリーはロックハート先生のファンレターに返事を書く手伝いをするらしいわ」
「わーお、そりゃお気の毒さまだ」
 フレッドはそう言ったが、とてもお気の毒と思っているような顔には見えない。ジョージも似たような表情をしていて、二人とも面白がっているのが丸分かりだった。
 しかし、フェリシアの前に回り込んできた二人は、急に真面目くさった顔をして見せた。「ところで、フェリシア」
「なに?」
「君、追っかけがいるんだって?」
「はぁ?」フェリシアは思わず素っ頓狂な声をあげた。「そんなこと誰が言ったの? コリン・クリービー?」
「いや。今朝、朝食のテーブルで君の写真を欲しがってる一年生たちの話が聞こえてきたのさ」
「それでジニーに話を訊いてみたら、男女問わずそういう一年生はいて、しかも一人や二人じゃないらしいときた」
「さっすが我らが眠り姫は格が違う」フレッドは愉快そうに肩を組んでくる。
「その呼び方やめてってば」
 ぴしゃりと言ったフェリシアは、慌てて談話室中に目を走らせた。幸いにも、近くにコリン・クリービーの姿は見えない(あの子に聞かれなくてよかった!)。それでも、フェリシアは胃が痛むような気がして項垂れた。この二人にだけは知られたくなかったのに知られてしまった挙げ句、なぜか話が大きくなっている。
「いったいどうしてそんな話に……」
「あら、あなたって前から結構噂になってるのよ」
 ハーマイオニーが驚いたように答えた。
「学年で一番の美人だとか、クールだとか、あのハリー・ポッターの相棒だとか……。それに、ハッフルパフ生はフェリシアのファンだそうよ」
「ファンって」
「俺たちも聞いたことがあるな」
「どうして──どういうこと?」
「あなたのお姉さんが相当好かれてたんじゃないかしら? それで親近感があって──その上、あなたって成績も良いから──フェリシアがハッフルパフだったらって話しているのを何度か聞いたことがあるわ。ほら、ハッフルパフってあまり目立たないなんて言われることが多い寮だし──ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーもそんな感じのことを言ってたでしょう?」
 双子のにやにや笑いが深くなるのとは反対に、フェリシアは苦虫を噛み潰したような顔になった。「何もかも大袈裟すぎやしない?」
「美人だなんて──私はブロンドでも青い目でもないし、クールなんて言われてもピンとこないし。それに、ハリーの相棒はロンで──私じゃない」
「まあそうね、でも、よく知らない人からはそんな風に思われてるのよ」
「ハリーの相棒云々は置いといて、大袈裟すぎるってこともないんじゃないか?」とジョージが口を挟んだ。「なにしろうちのジニーも君に憧れてるみたいだし」
「えっ」
 フェリシアはジョージの顔を見上げながら、歓迎会のときにパーシーが言っていたことを思い出した。あのとき、家でジニーがフェリシアの話をしていたと聞かされて驚いたのに、誰にも詳しく尋ねないでいるうちに、すっかり忘れてしまっていたのだ。
「どういうこと?」
「『ねぇママ、見た? フェリシアの髪、真っ黒なの! それに、すらりとしていて、そばかすもなかったわ。とっても素敵!』」と、フレッドが甲高い声を出した。
「駅で初めて君を見掛けてから、ずっと言ってたんだぜ」
「君とハリーがうちに来てからは妙におすまししてたけどな」
「おっ、噂をすればだ」
 フレッドの視線を辿ると、ちょうどそこにジニーがいてこちらを見ているようだった。目が合いそうになると、ジニーはびくりと肩を揺らしてすぐに目を逸らしてしまった。もう目どころか顔も見えない。見えるのは燃えるような赤毛の後頭部だけだ。
 フェリシアは思わず苦笑した。ジニーと出会ってからというものほとんどずっとこうなのに、ジニーが自分に憧れているだなんて言われても実感がわかない。
「照れてるな」
「ハリーとも目を合わせられないもんなあ」
 双子がからかい混じりの口調で言った。
 本当にそうなのだろうか。なんとなく引っ掛かったが、フェリシアはあまり気にしないことにした。自分が憧れられているのかどうかなんてこと、少し考えるだけでムズムズしてしまう。
 フェリシアは、むやみにちやほやされるのを喜べるタイプではなかったし、見た目がどうこうという話もあまりしたくはなかった。小さい頃は家族と似ていない顔のことで考え込んだことがあるし、今となっては、この顔はもっとずっと深刻な悩みの種でもある。父親によく似たこの顔が、いつか自分の首を絞めるかもしれないのだ。いつまでもトンクスの名前に隠れていられるほど、魔法界は甘くないだろう。ダンブルドアが懸念して、入学前にわざわざ会いに来たくらいなのだから(──せめて、母親と同じ色の髪だったなら)
「そんな顔するなって」
 知らず知らずのうちに顔が強張っていたらしい。ジョージが宥めた。
「そうだぜ」とフレッドも肩を組んだまま頷き、フェリシアの顔を覗きこんだ。「せっかくの綺麗な顔が台無しに……おっとマーリンの髭! 美人はしかめっ面でも様になる!」
「フレッド・ウィーズリー、お願いだから少し黙ってて」
「おお 怖」
 フレッドがそう言いながらちっとも悪びれない顔で笑ったので、ムッとしたフェリシアは鼻に向かって頭突きをしてやった。

170406
マーリンの髭!(Merlin's beard!)
魔法界の慣用句。マグル界で言うところの「oh, my god!」「なんてこった!」
原書では登場するものの、邦訳ではほぼ反映されていません。が、魔法界らしさのある言葉で好きなので、使わせて頂きました。この場で補足とさせて頂きます。

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