昼食を終え、四人は中庭に出た。ハーマイオニーは石段に腰掛けて「バンパイアとバッチリ船旅」をまた夢中になって読み始め、ハリーとロンは立ち話でクィディッチの話を始めたので、フェリシアはハーマイオニーの隣に足を投げ出して座りながら二人の話をぼんやり聞いていた。そして時々、口を挟む。
 しばらくそうしていると、通りがかった薄茶色の髪の小柄な少年がジッと立ち尽くしてこちらを見ているのに気がついた。どうやらハリーを見つめているらしい。たしか昨日、グリフィンドールに組分けられた一年生の中にあの少年もいたような気がする。視線に気がついたハリーが少年に目を向けると、途端に彼は顔を真っ赤にした。
「ハリー、元気? 僕──僕、コリン・クリービーと言います」
 少年はおずおずと近づいてきて、一息にそう言った。
「僕も、グリフィンドールです。あの──もし、かまわなかったら──写真を撮ってもいいですか?」
 コリン・クリービーは手に持っていたマグルのカメラを持ち上げて遠慮がちに頼んだ。目はキラキラと輝いている。
「写真?」とハリーがおうむ返しに聞いた。
「僕、あなたに会ったことを証明したいんです」
 コリンはまた少しハリーに近寄りながら、熱っぽく言った。ロンがひょいと片眉をあげながら、何とも言えない表情でフェリシアとハーマイオニーを見るが、誰も何も言えない。
 妙な空気の中で、コリンは興奮気味に言葉を続けた。
「僕、あなたのことはなんでも知ってます。みんなに聞きました。『例のあの人』があなたを殺そうとしたのに生き残ったとか、『あの人』が消えてしまったとか、今でもあなたの額に稲妻形の傷があるとか。同じ部屋の友達が、写真をちゃんとした薬で現像したら、写真が動くって教えてくれたんです」
 ハリーの顔がどんどん強張っていくのに、コリンの興奮は一向に冷めない。むしろ彼は興奮で震えながら、大きく息を吸い込んで捲し立てた。
「この学校って、すばらしい。ねっ? 僕、いろいろ変なことができたんだけど、ホグワーツから手紙が来るまでは、それが魔法だってことを知らなかったんです。僕のパパは牛乳配達をしてて、やっぱり信じられなかった。だから、僕、写真をたくさん撮って、パパに送ってあげるんです。あなたのが取れたら、ほんとに嬉しいんだけど──あなたの友達に撮ってもらえるなら、僕があなたと並んで立ってもいいですか? それから、写真にサインしてくれますか?」
 フェリシアはコリンの言い様に思わず眉をひそめたが、その直後に聞こえてきたマルフォイの大きな声にはっきりと顔をしかめた。
「サイン入り写真? ポッター、君はサイン入り写真を配ってるのかい?」
 いつものようにクラッブとゴイルを従えたマルフォイは、コリンのすぐ後ろで立ち止まった。
「みんな、並べよ! ハリー・ポッターがサイン入り写真を配るそうだ!」
 マルフォイが周りに集まっていた生徒たちに大声で呼びかけた。
「僕はそんなことしていないぞ。マルフォイ、黙れ!」
「君、やきもち妬いてるんだ」コリンが言った。
「妬いてる? 」
 いまや中庭にいた生徒の半分が耳を傾けていた。
「何を? 僕は、ありがたいことに、額の真ん中に醜い傷なんか必要ないね。頭をかち割られることで特別な人間になるなんて、僕はそう思わないのでね」
「ナメクジでも食らえ、マルフォイ」
 ロンが喧嘩腰で言うと、バカ笑いをしていたクラッブは笑うのをやめ、脅すように拳を撫でさすり始める。フェリシアはいつでも応戦出来るよう静かに杖を取り出して、クラッブを睨みつけた。
「言葉に気をつけるんだね、ウィーズリー」マルフォイがせせら笑った。「これ以上いざこざを起こしたら、君のママがお迎えに来て、学校から連れて帰るよ」
 マルフォイがウィーズリー夫人の声色を真似て「今度ちょっとでも規則を破ってごらん──」と甲高い声を出すと、近くにいたスリザリンの上級生たちが声をあげて笑った。
「ポッター、ウィーズリーが君のサイン入り写真が欲しいってさ。彼の家一軒分よりもっと価値があるかもしれないな」
 フェリシアはパッと立ち上がって杖を構えた。ハーマイオニーが咎めるように囁いたが、聞こえなかった振りをする。マルフォイはニヤニヤ笑いを引っ込め、フェリシアを睨んだ。
「父上の忠告を忘れたのか」
「言ったでしょ、なんのことかさっぱりって」
「嘘をつくな。──ああ、それとも、今ここで説明しようか? 馬鹿にもわかるように」
「余計なお世話よ」
「いったい何事かな? いったいどうしたかな?」
 ギルデロイ・ロックハートが大股で歩いてきた。トルコ石色のローブをひらひらと靡かせている。フェリシアが杖をおろすと、ハーマイオニーがホッとしたように息をつくのが聞こえた。
「サイン入りの写真を配っているのは誰かな?」
 ハリーが口を開けかけたが、ロックハートはハリーを視界に入れるなり心得た顔になって、ハリーの肩に腕を回し陽気な大声を響かせた。
「聞くまでもなかった! ハリー、また逢ったね!」
 たちまちハリーの顔が歪む。マルフォイはそんなハリーをニヤニヤ笑って一瞥すると、クラッブとゴイルを引き連れて人垣の中に入り込んでいった。 フェリシアは見えなくなった後ろ姿をいつまでも睨んでいたが、「さあ、撮りたまえ。クリービー君」と朗らかな声が聞こえて振り返った。酷い顔のハリーと、爽やかな笑顔を浮かべたロックハートが並んでいる。
「二人一緒のツーショットだ。最高だと言えるね。しかも、君のために二人でサインしよう」
 コリンは大慌てでもたもたとカメラを構え写真を撮る。そのとき、ちょうど午後の授業の始まりを告げるベルが鳴った。
「さあ、行きたまえ。みんな急いで」
 ロックハートは教師らしく生徒たちに呼びかけ、ハリーを抱えたまま城へと歩き出した。中庭に集まっていた生徒たちもわらわらと散っていき、取り残された三人は顔を見合わせ、ロックハートに連れていかれたハリーを追って城に向かった。
「ああもう、最悪」フェリシアは吐き捨てるように言った。先程のマルフォイの顔がちらつく。「ほんと、最悪」
「最悪なのはハリーのほうだろ。災難にも程があるよ」
「そう……そうなんだけど。コリン・クリービーのことも引っくるめて、嫌な気分」
「クリービーはフェリシアには何もしてないのに?」
「あの子、ハリーに対して無遠慮すぎ」
「そうね、熱烈すぎるとは思ったけれど……」
 ドタバタと教室に入るクラスメートに追いついて教室に駆け込むと、ハリーは一番後ろの席に座っていた。目の前には本が山のように積み上げられている。全部ロックハートの本だ。三人はハリーと並んで席についた。
「顔で目玉焼きができそうだったよ」ロンが言った。
「クリービーとジニーがどうぞ出遭いませんように、だね。じゃないと、二人でハリー・ポッター・ファンクラブを始めちゃうよ」
「やめてくれよ」ハリーが遮るように言った。
 生徒が全員着席すると、ロックハートが大きな咳払いをして、教室はしんとなった。ロックハートは生徒の方にやってきて、ネビルの持っていた「トロールとのとろい旅」を取り上げ、ウィンクをしている自分自身の写真のついた表紙を高々と掲げた。
「私だ」本人も表紙と同じようにウィンクをしながら言った。
「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル』受賞──もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」
 ロックハートはみんなが笑うのを待ったが、ごく数人が曖昧に笑っただけだった。フェリシアはどんどん眉間にしわが寄っていくのを感じながら、それでも黙って話を聞いていた(こんな調子で授業が続くのかと思うと、早くも気が滅入るのだけど)
「全員が私の本を全巻揃えたようだね。たいへんよろしい。今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います。心配ご無用──君たちがどのぐらい私の本を読んでいるか、どのぐらい覚えているかをチェックするだけですからね」
 すぐにテスト用紙が配られた。全員に行き渡ると、ロックハートは教室の前の席に戻って合図した。
「三十分です。よーい、はじめ!」

170121
- ナノ -