翌朝、ハーマイオニーはとても不機嫌だった。ハリーたちが到着した方法が許せないらしい。二人が何人もの生徒にちやほやされ、本人たちにも反省の色が見えなかったものだから、フェリシアと話していてもなんだか声がつんつんしている。
 こうなることは想定の範囲内だったので、フェリシアはあまり気にしないことにしてトーストをかじった。向かいに座るネビルが、ちょっぴり困った顔をしていた。
 やがて、ハリーとロンが大広間へ来て、ハーマイオニーの隣に座った。ミルクの入った水差しに「バンパイアとバッチリ船旅」を立てかけて読んでいたハーマイオニーの挨拶は案の定ちょっとつっけんどんだ。ハリーたちもその理由にはすぐに察しがついたようで、ハリーが少し強ばった顔をしたが、それを知ってか知らずか、ネビルは嬉しそうに挨拶した。
「もうふくろう便の届く時間だ──ばあちゃんが、僕の忘れた物をいくつか送ってくれると思うよ」
 噂をすればなんとやらで、ハリーがオートミールを食べ始めた途端に頭上に慌ただしい音がして、たくさんのふくろうが押し寄せた。ネビルの頭の上にも、大きな凸凹した小包が落ちて跳ね返る。痛そうだなあと眺めていれば、次の瞬間には大きな灰色の塊がハーマイオニーのそばの水差しに墜落し、ミルクと羽のしぶきを撒き散らした。
「エロール!」
 ロンが足を引っ張ってぐしょ濡れのふくろうを引っ張り出すと、エロールは気絶してテーブルの上に落ちた。なんとも悲劇的である。可哀想なエロールの嘴に加えられているのは、真っ赤な封筒だった。
「わーお」
「大変だ──」ロンが息を飲んだ。
「大丈夫よ。まだ生きてるわ」
 ハーマイオニーがエロールを指先で軽くつつきながら言ったが、ロンは顔面蒼白のまま、赤い封筒を指差した。「そうじゃなくて──あっち」
「私、本物を見たのって初めてかも」
「そりゃあ一応優等生の君には縁がないだろうとも──あぁ、どうしよう、これ」
「ねぇ、これがどうしたの?」ハリーが尋ねた。
「ママが──ママったら『吼えメール』を僕によこした」
「ロン、開けた方がいいよ」
 ネビルが恐々と囁いた。
「開けないともっとひどいことになるよ。僕のばあちゃんも一度僕によこしたことがあるんだけど、ほっておいたら…… 」ネビルはゴクリと生唾を飲んだ。「ひどかったんだ」
 ハリーは石のように強張っているロンとネビルの顔と、好奇心を隠しきれていないフェリシアの顔とを見比べ、赤い封筒に目を移した。
「『吼えメール』って何?」
「吼えるの」
「何が?」
「見てて……」
 封筒の四隅は既に煙を上げはじめていて、このまま放っておくと本当に「ひどいこと」になりそうだ。「開けて」とネビルが急かす。「ほんの数分で終わるから……」
 ロンが震える手を伸ばしてエロールの嘴からそっと封筒をはずした。ネビルが耳に指を突っ込み、フェリシアもこの近さでは鼓膜が裂けかねないと思い、すかさず両手で耳を塞いだ。
 次の瞬間、大広間いっぱいにウィーズリー夫人の吼える声が響いた。
「……車を盗み出すなんて、対抗処分になってもあたりまえです。首を洗って待ってらっしゃい。承知しませんからね。車がなくなっているのを見て、わたしとお父さんがどんな思いだったか、おまえはちょっとでも考えたんですか……」
 響き渡る怒声で皿もスプーンもガチャガチャと揺れた。ハリーもハーマイオニーも目を見開いて、吼える手紙を見つめている。大広間にいた全員があたりを見回し、吼えメールの受け取り主を探していた。
「おまえもハリーも、まかり間違えば死ぬところだった……」
ロンは真っ赤な額だけを出して縮こまっていたし、ハリーも顔色がすっかり悪くなっていて、昨夜談話室で称賛を受けていたときの面影はちっとも残っていない。
「……まったく愛想が尽きました。お父さんは役所で尋問を受けたのですよ。みんなおまえのせいです。今度ちょっとでも規則を破ってごらん。わたしたちがおまえをすぐ家に引っ張って帰ります」
 そう言い終えると、封筒は燃え上がって、あっという間に灰になった。何人かの生徒の笑い声が聞こえて、少しずつおしゃべりの声が戻ってくると、ハーマイオニーが「バンパイアとバッチリ船旅」の本を閉じてロンを見下ろした。
「ま、あなたが何を予想していたかは知りませんけど、ロン、あなたは……」
「当然の報いを受けたって言いたいんだろ」ロンが噛みついた。
 一方でハリーは、食べかけだったオートミールを向こうに押しやっていた。すっかり食欲がなくなってしまったらしい。声をかけようにもハリーとフェリシアの席は少し離れていたので、フェリシアは大人しく食事を再開した。
 間もなく、マクゴナガル先生が新しい時間割を配りはじめた。吼えメールの声は聞こえていただろうに、さすが、表情ひとつ変えていない。
 時間割を受け取って今日の分を見ると、最初の授業はハッフルパフと合同の薬草学となっている。ハッフルパフとグリフィンドールは仲が良いほうだし、薬草学のスプラウト先生も良い人だ。フェリシアは新学期早々、スリザリンと合同の魔法薬学を受けることにならなくてよかったと胸を撫で下ろした。
 四人は一緒に城を出て、温室へ向かう。吼えメールという制裁のおかげか、その頃にはハーマイオニーの雰囲気もすっかり丸くなっていた。
 温室の近くまで来ると、他の生徒たちが外に立ってスプラウト先生を待っているのが見えた。四人がそこに混ざった直後、包帯を抱えた先生が芝生を横切ってくるのが見えたが、その隣にギルデロイ・ロックハートがいるのに気がついてフェリシアは顔をしかめそうになった。
「やぁ、みなさん!」
 ロックハートは集まっている生徒を見回して、こぼれるように笑いかけると、何人かの女子生徒の興奮した囁き声が聞こえた。
「スプラウト先生に、『暴れ柳』の正しい治療法をお見せしていましてね。でも、私の方が先生より薬草学の知識があるなんて、誤解されては困りますよ。たまたま私、旅の途中、『暴れ柳』というエキゾチックな植物に出遭ったことがあるだけですから……」
「みんな、今日は三号温室へ!」
 普段は快活なスプラウト先生も、今ばかりは不機嫌さが見え見えだ。
 初めて入る三号温室に、興味津々の囁き声が流れた。スプラウト先生がベルトからはずした大きな鍵でドアを開ける。天井からぶら下がる巨大な花の強烈な香りと、湿った土の臭いがする。中に入ろうとしたとき、突然ロックハートがハリーを引き留めた。
「ハリー! 君と話したかった──スプラウト先生、彼が二、三分遅れてもお気になさいませんね?」
 明らかにしかめっ面のスプラウト先生が彼の目には映らないのか、ロックハートは「お許しいただけまして」と言うなりハリーを連れてドアを閉めてしまった。
「なんなの、あの人」
 フェリシアが不機嫌にこぼすと、ロンも言った。
「さっきのスプラウトの顔を見たかい? 間違いなく『お気になさる』顔だったよな」
 一方的にお気になさらないことにされたスプラウト先生は、どこかイライラとした調子ながらも手早く温室の真ん中に架台を二つ並べ、その上に板を置いてベンチを作り、そこに耳当てを並べた。どうやらハリーが来るまで待つらしい。
 少しして、ハリーが慌てて温室に滑り込んできた。三人のところにハリーが並ぶと、先生はいつものように授業を始めた。

170109
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