トレバーはなぜか監督生が集まっているコンパートメントの中で見つかり、ホッとするやら恥ずかしいやらでなんとも形容しがたい顔をしたネビルと別れてコンパートメントに戻る頃には、窓から見える景色もすっかり様変わりしていた。
 手紙はもうマクゴナガル先生に届いただろうか。確かめる術もなく、お互い口数も少ないまま、いそいそと制服に着替え、やがてホグズミード駅に到着した。
 人波に流されるようにホグワーツ特急を降りれば、一年前と同じ呼び声が聞こえた。
「イッチ年生! イッチ年生はこっち!」
 ハグリッドはたくさんの生徒の頭越しにフェリシアたちに気づくと、ニッコリして手を振り、それから不思議そうな顔をした。「ハリーとロンはどうした?」と、大きな声が聞こえたが、二人は人波に押されてしまい答える暇もなかった。
 流されているうちに馬車道に出た。もういくつもの馬車が生徒を乗せて出発している。
「馬車……よね?」といつの間にか近くに来ていたラベンダーが呟いた。「肝心の馬が見えないけれど」
「そういう生き物なの。見える人と見えない人がいるんだって」
「フェリシアには見えるの?」
「ううん、私にも見えないよ」
 どうやらハーマイオニーとパーバティも見えないようだった。近くに寄れば、息づかいが聞こえるだけ。四人は姿の見えない馬の引く馬車に乗り込み、ホグワーツへ向かった。
 玄関ホールに入ると、マクゴナガル先生が待ち構えていた。いつだっていかにも厳しそうな表情をしているが、今日は一層厳しい表情を浮かべている。この様子だとエステルに託した手紙はちゃんと届いたのだろう。
 捜すような素振りをしていたマクゴナガル先生と目があったフェリシアは、ハーマイオニーと一緒に先生に近寄った。
「ああ、グレンジャー。手紙を受け取りましたが、ポッターとウィーズリーが乗り遅れたというのは本当なんですね?」
 頷いたハーマイオニーが事情を説明する。ハーマイオニーの話が終わるのを待って、フェリシアは尋ねた。
「ロンのご両親からの連絡はきていないのですか?」
「今のところ、あなたたち以外からの連絡は受け取っていません。ポッターたちからもです」
「そうですか……」
 ひょっとすると、ウィーズリー夫妻も知らないのかもしれない。双子はギリギリの時間に駅に着いたと言っていたし、慌ただしく駆け込んだのだとしたら、別れを言う時間もほとんどなかっただろう。
 ハリーとロンが乗り遅れたあとにじっとしていなかったとしたら。
 自力でどうにかしようとしていたら。
 フェリシアは、この夏休み、ロンたち兄弟がハリーを救出しに行ったことを思い出した。あれも、両親に何も言わず、自力でしでかしたことである。真夜中、ウィーズリーおじさんの空飛ぶフォード・アングリアを勝手に飛ばして──
「あっ」
 つい声をあげてしまってから、フェリシアは慌てて口元を覆った。
「どうかしましたか」
「いいえ、何でもありません」
 フェリシアは首を振ってから、それからもう一度考えた。
 まさか、さすがに、真っ昼間のロンドンで車を飛ばしたりはしないだろう。そもそもハリーとウィーズリー一家が駅まで車で来たとは思えないし(どう考えたって定員オーバーだ)、乗り遅れた二人が隠れ穴まで車を取りに行くとも考えられない。きっと、フェリシアの考えすぎだ。


 組分けが始まる時間になっても、やっぱりテーブルのどこにもハリーとロンは見当たらない。その上、何故かスネイプの姿もない。
 ボロボロの草臥れたとんがり帽子が丸椅子の上に置かれ、帽子が去年のように──去年とは違う歌を──歌い出したので、フェリシアは組分けを待つ一年生の列に目をやった。
 よく目立つ燃えるような赤毛のおかげで、ジニーはすぐに見つかった。緊張で強張った顔をしている。ほかの一年生もほとんどは似たり寄ったりで、あそこに自分がいたのがもう一年も前のことなのだと思うと、不思議な気持ちになった。
 マクゴナガル先生に名前を呼ばれた一年生が進み出て、組分け帽子をかぶる。自分たちの寮の名前が高らかに宣言されるたび、それぞれのテーブルが喝采に沸いた。一年生の列はどんどん短くなっていって、ついにジニーの番がやって来た。自分の名前が呼ばれ、緊張の面持ちで帽子を被るジニーを、グリフィンドールのテーブルで兄たちがじっと見守っている。帽子はすぐに叫んだ。
「グリフィンドール!」
 大喝采で迎えられたジニーは真っ赤な顔をして、兄たちの隣に座った。これで兄妹全員がグリフィンドールだ。誰よりもパーシーが大喜びでジニーの頭を豪快に撫でたおかげで、ジニーの赤毛は鳥の巣のようになってしまっている。
 フェリシアが「おめでとう」と声をかけると、ジニーは髪を手櫛で直しながら振り返って、小さな声で「ありがとう」とはにかんだ。隠れ穴に泊まっていたときにはなかなか目を合わせてくれなかったので、これはちょっとした進歩である。
 全員の組分けが終わって組分け帽子が片付けられ、ダンブルドアが簡単で個性的な挨拶を済ませると、たちまち目の前の皿がご馳走でいっぱいになった。目を輝かせる一年生の姿が初々しい。
 みんながご馳走に夢中になっている間に、気づけばマクゴナガル先生の姿もダンブルドアの姿もなくなっていた。それに気がついた生徒たちは顔を見合せて首を傾げたが、ほとんどの生徒は食事とお喋りを優先させたようだった。フェリシアとハーマイオニーだけが、嫌な予感を抱えたまま顔を見合わせる。
「ところで、ロンを知らないか? ハリーの姿も見えないようだけど」
 パーシーの声が聞こえてきたが、フェリシアは料理に夢中になっているふりをした。真面目が服を着ているような彼に追及されるのは、少し面倒臭い。しかし、その二人といつもつるんでいるのが誰なのかを彼が知らないはずもなく、パーシーはすぐにフェリシアとハーマイオニーを名指しした。
「ロンとハリーはどこだい?」
「うーん……私たちが知りたいくらい」
 フェリシアはただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
 それからしばらくすると、ダンブルドアとスネイプが何かを話しながら戻ってきた。生徒たちの談笑にかき消されて、内容はさっぱりわからない。その少しあとにマクゴナガル先生も戻ってきた。
 やがて歓迎会が終わり、ダンブルドアの話も終わってそれぞれの寮へ戻り始める頃、どこからともなくこんな話が聞こえ始めた。
 ──ハリー・ポッターとその赤毛の友人が、空飛ぶ車でホグワーツまでやって来た。墜落して退校処分になったらしい。
 噂の出所は知らないが、少なくともその話はあっという間にグリフィンドール中に広まった。ハーマイオニーは顔を赤くしたり青くしたりして「なんてこと!」といきり立ち、双子のウィーズリーは「俺たちも混ぜてくれりゃよかったのに」と残念そうにしながらもニヤニヤしている。
「二人を見つけて問い詰めなくちゃ!」
 ハーマイオニーが物凄いで飛び出して行くのを、フェリシアは呆気にとられて見送った。追いかけるかどうか少し考え、談話室で怖い顔をしたパーシーが自分の方に向かってくるのに気がついた瞬間に、さっさとハーマイオニーを追いかけなかったことを後悔した。
「フェリシア、あの噂はどういうことだ?」
「私に聞かれても……」
 フェリシアは肩を竦めたが、パーシーは引き下がる様子がない。
「ホグワーツ特急でどれだけ捜しても二人を見つけられなかったから、乗り遅れてしまったのかもとは思っていたんだけど」
「……じゃあ、あの噂は本当なのか?」
「たぶん。……隠れ穴から駅までは、あのフォード・アングリアで?」
「ああ」パーシーは頷いた。「もちろん、ちゃんと道路を走って、だ」
 それなら、汽車に乗り遅れて焦った二人は、大人に相談もせずすぐにあの車を飛ばしてしまったに違いない(それにしても一体どうやってあの車に全員乗り込んで駅まで行ったのだろう。絶対に定員オーバーなのに)。フェリシアは神妙な面持ちでパーシーを見つめた。
「……二人が汽車にいないことがわかった時点で、すぐマクゴナガル先生に手紙を送ったの。私たちにできることは、ちゃんとしたつもりよ。まさか車を飛ばすなんて思わなかったし」
 パーシーはもごもごと「どうして監督生の僕に何も言ってくれなかったんだ」と呟いたが、たとえ監督生といえど、走り出した汽車を引き返させることができるわけでもないので、結局黙りこんだ。
 そもそも生真面目な彼のことだ、父親が空飛ぶ車を所有していること自体、後ろめたさを感じるのだろう。
「そうだな……先に手紙を送ってくれていただけでもありがたい。きっとロンは、そんなこと思いつきもしなかっただろうから」
 さっきまでの形相はどこへやら、なんだか気落ちしてしまったようなパーシーは、ポンとフェリシアの肩を叩いた。
「ハーマイオニーや……君みたいな子がロンの友人でいてくれて助かるよ。良ければ、これからはジニーのことも頼む。ただでさえうちは男兄弟ばかりなのに、面倒見が良いビルやチャーリーはもう卒業してしまって、今ホグワーツにいるのは、僕のほかはフレッドとジョージにロンだろう? 母が凄く心配しているんだ。だから、これは母からの頼みでもあって……女の子同士のほうが話しやすいこともあるだろうから、君がジニーを気にかけてくれたら……」
「私で良ければ、もちろん」
 フェリシアはすぐに頷いたが、夏休みのことを思い出して言った。
「でも、ジニーは、私で嫌じゃないかな」
「嫌なわけないさ。君が泊まりに来る前は、よく君の話をしていた」
「えっ?」
「ハリーの話ほど多くはなかったけどね……とにかく、君が頷いてくれて良かった。よろしく頼むよ」
 パーシーは頷いて「今はロンのことだ、まったくあいつは……」とぶつぶつ言いながら、目を丸くしたままのフェリシアから離れていった。ジニーが自分の話をしていたなんて初耳だ。ロンもフレッドもジョージも、そんなことは言っていなかったのに。
 あとで訊いてみようと考えていると、談話室がワッと騒がしくなった。噂の二人がやって来たらしい。すっかりヒーロー扱いの二人の向こう、いくつもの頭越しに、しかめっ面のハーマイオニーがちらりと見えた。

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