隠れ穴での生活は、まるでホグワーツのように賑やかだった。普段のフェリシアの生活とはまるで違う。トンクス家では、昼間はフェリシアとアンドロメダの二人きりだし、夜になってテッドとドーラが帰ってきても四人。いくら二人が明るい性格でも、ウィーズリー家の賑やかさには到底敵わない。何より、年の近い兄妹がいないフェリシアには、家の中にいつでも遊び相手がいることがとても新鮮だった。

 ウィーズリーおじさんと顔をあわせたのはフェリシアが隠れ穴に来た日の夜だった。挨拶を交わすと、おじさんは感心したように頷いた。
「フレッドとジョージと仲が良いと聞いていたから、もっとお転婆なお嬢さんかと思っていたんだが……いやぁ、ずいぶんきちんとしたお嬢さんじゃないか」
「そうでもないよ」フレッドとジョージがすかさず口を挟んだ。
「煙突飛行は下手くそだし」
「朝寝坊はしょっちゅうで」
「一年生にして厨房の常連」
「初授業の時からスネイプに嫌われてる」
「トラブルにもよく巻き込まれる」
「それに」と再び二人が声を揃える。「ホグワーツ初日からスリザリンのやつに喧嘩をふっかけたときてる」
 これにはさすがにフェリシアも反論した。
「私からふっかけたんじゃないってば」
「あれ? 買ったんだっけ?」
「……それに、スネイプはグリフィンドールなんてみんな嫌いじゃない。あの陰険蝙蝠を好きなのも好かれるのも、スリザリンの生徒だけでしょうよ」
「ああ、違いない」
「が、その台詞、優等生ならもっと言葉を濁すもんだぜ」
「……どうしても私を問題児にしたいみたいだね?」
「まあね」
「なるほど、本当に仲が良いらしい」とおじさんは笑っていたが、おばさんとパーシーの顔はちょっぴり曇っている。ただでさえ、双子の悪ふざけに寛容であることで──ハリーたちが大減点された後も一緒に行動したことによって尚更──パーシーにはあまりよく思われていないのに、輪をかけてしまったような気がする。フェリシアはこっそり溜息を吐いた。
 ウィーズリーおじさんはマグルの文化に興味があるようで、テッドがマグル生まれであることを知ると途端に落ち着きがなくなって、フェリシアもマグルの道具を使ったりするのか、それはどんな物なのかと質問攻めにした。ほかの魔法族よりはマグルの文化に馴染みがあるつもりのフェリシアだが、マグルそのものではないし、普段はごく一般的な魔法族と変わらない暮らしをしている。マグルのことならハリーの方がよっぽど詳しいはずだと言うと、ハリーが困ったような視線を寄越した。どうやらハリーも既に質問攻めにあっていたらしい。

 賑やかな隠れ穴では、いつも誰かの声がして、毎日のように爆発音がした。もちろんその音の出所は双子の部屋である。最初こそ驚いたフェリシアだったが、ウィーズリー家の人々はまったく気にしていないようだったので、フェリシアも気にしないことにした。
 フェリシアはむしろ、パーシーが夕飯の時にしか姿を見せないことやジニーが相変わらず無口であることのほうが気になった。パーシーが部屋に籠りきりなのは、真面目な彼のことだから勉強しているのだろう、と納得出来なくもないが、ジニーの無口さにはどうももやもやする。兄である双子やロンとは話をしているのに、その場にフェリシアやハリーがいると途端に口をつぐんでしまうのだ。
 隠れ穴にいる間、フェリシアはジニーの部屋に寝泊まりすることになっていたが、ジニーがあまりに無口なので部屋にいるのはとても気まずかった。話しかければ答えはあるものの、話が続かない。目線もなかなか合わせてくれない。時折ちらちらとフェリシアを見ているようだったが、振り向くとパッとそらされてしまう。歳の近い女の子同士なのに、どうやって仲良くなればいいのか見当もつかない。
 気まずい思いをしているのは、ジニーも同じなのだろう。部屋の主であるはずなのに、彼女もどこかそわそわとして落ち着かないことが多かった。
 そんな気まずさに居たたまれなくると、フェリシアはたいていロンの部屋へ避難した(フレッドとジョージが声をかけてくる時もあった。彼らはいつも悪戯を仕掛ける相手を探しているから、ちょうど良かったのかもしれない)
「ジニーは随分シャイだね」
 フェリシアがこぼすと、「うーん……」ロンは首を捻った。「どうやら最近のジニーはそうらしいね」
「なに、そうらしいって」
「いつもはもっとお喋りなんだ。君たちが来てからだよ、あんなにシャイになったのは」
「そうなの?」
「うん。普段は聞いてないことまでぺちゃくちゃ喋るんだけど……頑張ってお淑やかなふりでもしてるのかな。まあ、どうせすぐいつもみたいにお喋りになるさ。だから気にしなくていいよ」
 ロンはさして気にしていない風に言い切ったが、フェリシアとハリーは顔を見合わせた。お喋りなジニーが想像できなかったからだ。
 フェリシアはもやもやした気持ちのまま、チャドリー・キャノンズのポスターを指先でつついた。箒に乗った選手たちが散り散りに飛んでいく。気づいたロンが「やめろよ」とぞんざいにその手を払い、ふと思い出したように言った。
「ところで、ハリーは君にドビーのこと話したっけ?」
「……ドビー?」
 全く聞き覚えのない言葉にフェリシアは首をかしげた。
「何の話?」
「やっぱりまだ話してなかったよね。君が部屋に来るまで、僕たちドビーの話をしてたんだ」
「……だから、ドビーって? 誰? それとも何?」
「ハリーの家に来た屋敷しもべ妖精」
「どういうこと? ハリーが住んでるのって、マグルの家でしょう」
「うん、そうだよ。妙だよね──」
 眉をひそめたハリーは話し始めた。
 夏休みに入ってから、誰からも手紙が届かなかったこと。実はハリー宛の手紙は全て、ドビーという名前の屋敷しもべ妖精が持っていたこと。今学期のホグワーツでは世にも恐ろしいことが起こるから、 ハリーはホグワーツに戻ってはいけないと、ドビーが警告してきたこと。ドビーがスミレの砂糖漬けデザートに浮遊呪文をかけて、大変な騒ぎになったこと。
「ドビーが魔法を使ったのを、魔法省は僕が使ったんだと思ったんだ。すぐに警告状が送られてきたよ」
 ハリーは難しい顔をしていた。
「フレッドたちは、ドビーは嘘をついていて、僕がホグワーツに戻らないように誰かが送り込んだんじゃないかって。フェリシアはどう思う?」
「どうって……うーん、そういうことをしそうなやつ、心当たりはあるよね」
「マルフォイだろ?」
「そう」
 不意にマルフォイが親戚であることを思い出して、フェリシアはちょっぴり顔をしかめた。
「それくらいの嫌がらせ、あいつならするかもって思わないこともない」
「じゃあ、やっぱりドビーはハリーに嫌がらせするために送り込まれたのかな」
「僕には、ドビーが嘘をついているようには見えなかったけど……」
「屋敷しもべ妖精が主人の許しもなしに勝手にハリーのところへ行って何かするなんてこと、普通じゃありえないよ」
「フレッドも似たようなこと言ってた。でも、ドビーは何度も、自分の頭を打ち付けたり殴ったりしてたんだよ。自分をお仕置きしなくちゃって。命令で来ていたなら、そんなことするかな?」
「うーん……うちには屋敷しもべ妖精なんていないから想像でしかないけど──極端な話、主人がそういう命令をしていたとしたら、ドビーは命令通りハリーのところへ行って、何も悪いことをしていなくたって自分をお仕置きするんじゃないかな」
「そんな……そういうものなの?」
 ハリーが眉を寄せて尋ねた。
「屋敷しもべ妖精って、主人の命令は絶対なんだよ」とロンが答える。
「どんな命令でも、逆らっちゃいけないの」とフェリシアも続けた。
「だから本当にドビーが命令もなしにハリーのところへ行ったんだとしたら、仕える家に帰ってから、かなり酷い目に遭ってると思うよ……そうなることもわかってて、自分の考えでハリーを引き止めに行ったんだとすると、なんていうか──物凄く、勇敢だけど──変わり者だね」
 フェリシアは屋敷しもべ妖精なんてホグワーツの厨房でしか見たことがないが、主人の命令もなく魔法を使い、マグルの家まで赴く屋敷しもべ妖精はそういないだろうということはわかる。
 考え込むフェリシアの隣で、「やっぱりマルフォイの嫌がらせだったんだよ。ほんと、嫌なやつさ」とロンがぼやいた。

161026
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