愛していると言わせて欲しい
※捏造甚だしい


「チャーリーは、私とドラゴンどっちが大事なの?」

 思わずギクリと身を強張らせたチャーリー・ウィーズリーとは対照的に、問いかけたナマエのほうは、冗談とも本気ともつかない、むしろ普段となんら変わりなく見える表情でチャーリーを見上げていた。
 実のところ、チャーリーがこの手の質問をされるのは初めてではない。「私」と比較されるものがクィディッチだったり、別の生き物だったりといった些細な違いはあるが、意図するものはほぼ同じ──それらをあわせれば両手の指の数程にはなるだろう。
 そして、その度にチャーリーは言葉に詰まり、女の子を怒らせ、あるいは泣かせてきた。もちろん君だよ、そう即答することが正解だろうと頭ではわかっていても、正直者のチャーリーは嘘をつけない。並べられたその二つのうち、どちらかだけを選ぶことなんかできやしなかった。チャーリーが欲張りだということではなく、どちらもチャーリーにとっては同じくらいに大事だから、選べないのだ。
 選べなかった結果、質問をしてきた子達はみなチャーリーの元から去ってしまったわけだが、お望み通りの答えを返すことのできない自分よりも、そもそもそんな質問をする気さえ起こさせない良い男がたくさんいる、そんな男と一緒にいるほうが幸せだろうと、追いかけることもしなかった。
 わりと長く付き合っていた前の恋人ともそんな風に別れた──愛想をつかされて連絡が取れなくなったといったほうが正しい──後、「おいおい、シーカー失格だぜ」とからかってきたのは、確かフレッドだったか。

「ねえ、チャーリー」

 返事をしないチャーリーに、再度ナマエが声をかけた。

「聞いてるよ。そうだな……」

 腕を組んで悩む素振りをする。
 この時点でもう不正解であることはわかりきっていたが、ナマエは気を悪くした様子もなく、チャーリーの返事を待っているものだから、チャーリーは戸惑った。
 ついこの前も、担当しているドラゴンの体調不良を理由にデートの約束を取り消してしまったばかりだったし(しかも三連続だ)、今までの経験則からいえば(我ながらなんて情けない経験則だろう)、即答できなかった時点で「もういい!」と怒鳴られて、そのままおしまいになるはずだ。
 ところが、ナマエは怒鳴らないどころか、返事を待っている。のんびり杖を振って、二人分の紅茶まで淹れ始めた。
 首の皮一枚でギリギリ繋がったような、そんな心地でナマエをじっと見つめた。
 思えばナマエとも長い付き合いだ。恋人同士になる前から数えて、十年は軽く超えている。そのお陰でお互いのことは良いところも悪いところもそれなりによく知っているから、今までの女の子たち程には気を使わなくてよかったし、軽口だって気楽に叩けて、沈黙も苦ではなく、隣に居るということがすんなりと馴染んで、一言でいえばとにかく居心地がよかった。
 しかし、お互いをよく知っているとはいえ、お互い話していないことは当然いくつもあるだろうし、チャーリーがいつも同じような理由で振られていること──とりわけ例の質問について──も、そのひとつだった。おそらく何かしら察してはいたのだろうと思うが、ナマエがそれについて言及したことは一度もない。
 だからこそ、ナマエの口からあの質問が飛び出してきた瞬間に心臓が嫌な音を立てたのである。
 他の誰に訊かれても、その答えを理由に距離を置かれても、ここまで息苦しく感じたことはない。しかたのないことだと思った。そう思えた。
 それなのに、今回は違う。ナマエの隣にいられなくなるのは、嫌だ。
 どんな答えを返せば引き留められるのか、考えてしまう。──いくら即答できなかったことをナマエが責めなかったとしても、わざわざこんな質問をしたからには、自分自身を選んでほしい気持ちがあるのだろう。
 本当は、正しい答えなんて考えるまでもなく解っている。
 けれど、ナマエかドラゴンかを選ぶのは、やっぱり自分には難しかった。
 長年の夢だったドラゴンキーパーという職についてから、ドラゴンはもう憧れではなくなった。遠い遠い夢の生き物ではなく、友のような、同僚のような、家族のような存在になった。その上で、相応の責任と覚悟を持って接している相手なのだ。
 そのドラゴンとナマエ、どちらかを選べというのは、例えば父と母のどちらかだとか、兄と弟のどちらかを選べというのと等しい。少なくとも自分にとってはそうだった。選ばなかったほうが離れてしまうというのなら、なおのこと選べない。
 ただ、経験則に基づけば、選べなくても離れてしまうわけだから、つまり、ナマエを引き留められる唯一の答えを言えないなら、やっぱりナマエは離れていってしまうのだ。
 でも、もしかしたら──そのほうがナマエは幸せになれるのかもしれない。
 紅茶を淹れ終わったナマエの丸い目と目があって、いよいよ胸の詰まる思いがした。

「えっと」
「うん」
「……やっぱり、ドラゴンかな?」

 冗談めかしてチャーリーは答えた。怒られるか、泣かれるか──。

「ふふ、そっか」

 ナマエは笑って頷いて、カップに口をつけた。表情を曇らせることも、歪ませることもない。予想していたどの反応とも違う。
 ぽかんとしたチャーリーを見て、ナマエはますます笑った。

「どうかした?」
「いや、えっと……それだけ?」
「なに、もしかして泣くと思った?」
「え、いや、その……」

 口を利くたびにチャーリーはしどろもどろになり、ついにナマエは声をあげて笑った。いたっていつも通りのナマエだ。怒っていない。泣いてもいない。
 ほっとしたような、拍子抜けしたような、妙な気分だ。

「泣いてほしかった?」
「いや、そういうわけじゃ……。けど、本当に怒ってないのか? 俺、結構真面目に答えたんだけど」
「チャーリーがずいぶん昔からドラゴン狂いだったことはよく知ってるもの、今さらでしょ」
「……この先もまた、ナマエより仕事を優先して、約束守れないことがあると思うけど」
「生き物が相手の仕事だもの。そういうことがあるのも当然だと思ってる。浮わついた気持ちで仕事してるんじゃないことがわかって、むしろほっとするわ」
「デートをドタキャンする恋人でもいいわけ?」
「その埋め合わせに、今日会いに来てくれたんでしょ。プレゼントまで用意して。私ね、それで充分なのよ、本当に」

 ナマエはまるで小さな子どもに言い聞かせるかのように優しい声で、ゆっくりと続けた。

「昔、あなたがドラゴンキーパーになりたいって言い出したとき、私、応援するって言ったでしょう? ずっと応援してたのよ。もちろん今もね。だから、今あなたが気にしてるようなことでは怒ったりしないし、別れようとも思わないわ。そういうドラゴンに一途なところも全部引っくるめて好きになったんだしね」

 込み上げてくる気持ちにまかせてナマエを抱き寄せると、ナマエは「紅茶が溢れるでしょ」とぼやいて呆れた振りをした。自分の耳がすっかり赤くなっていることに、気がついていないのかもしれない。

「……よかった」

 思いの外情けない声が出たが、今さら引っ込められなかった。せめて顔を見られないように、より強くナマエを抱き寄せる。

「焦ったよ、いつもの最終宣告だと思った」
「ふうん、そんなにしょっちゅう言われてたんだ?」
「……知ってたんじゃないのか」
「ふふ、どうでしょう? ちなみに今日は、訊いてみなって言われたからその通りに実践してみたのよ」
「それ、誰が」
「ビルよ」
「……ビルか」

 思わず悪態をつきかけたが、ナマエの耳元で言う言葉ではないと思い直して飲み込んだ。そりゃあビルなら、例の質問もよく知っていたことだろう。ビルにぼやいたことは一度や二度ではなかったはずだし、その度にビルが可笑しそうに笑っていたことを思い出す。
 それに、つい最近、届いた手紙にナマエとの仲をからかう言葉が書かれていたばかりだ。よく愛想を尽かされないな、とも。

「チャーリーにはブラッジャーより効くはずだって言われたんだけど、どうだった?」

 表情は見えないままだが、企みが成功したときの弟たちを思わせる楽しげな声が耳に届く。してやったりな表情のナマエが目に浮かんだ。

「……めちゃくちゃ効いた」
「いくらあなたが優秀な飛び手でも、こればっかりは避けられないものね?」
「まったくだ」

 怒りはしない、だからといって何も思わないわけじゃない。けれど、今までの仕返しだというにはあまりにささやかだ。
 そんなところに、無意識のうちに甘えてしまっていたのだろう。だから今はたいそうなことは言えやしない。ただ、全部引っくるめて好きなのは自分も同じなのだと、どちらかを選ぶことができなくともナマエのことは確かに大事なのだと、せめてそれだけでも伝えなければならなかった。
 あらためて言葉にしようとすると、喉につっかえてしまいそうになる。腕の中のいとしい温もりを感じながら、深く深く、深呼吸をした。

171221
title::サンタナインの街角で
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