一番星になれなくても
 私の個性はとても地味だ。簡単にいえば、『スキャン』──相手の個性を読み取る能力である。本当に、読み取ることができるというただそれだけのもので、コピーとは違う。戦闘能力など皆無だし、大して役にも立たない。 能力型の個性が発動中か否かもわかるけれど、そういうのは大抵の場合一目見れば誰でもわかるので、私はこの個性の役立て方について長いこと悩んでいた。
 中三の春、担任が将来の進路として個性カウンセラーを勧めてきたときは、やっとこの個性の使い途が見つかって安堵し、二の句も無しに頷いた。より様々なタイプの個性を見たほうが良い経験になるだろうと言われ、ヒーロー科のある高校ならきっと珍しい個性を持つ生徒が集まるに違いないという理由で雄英高校普通科を勧められたときも、確かにそうだなと納得して頷いた。
 だから今、私は毎日雄英の制服を着て、毎日その門をくぐっているのだ。ここは本当にとんでもないところである。今まで見たことのないような個性を持った人がわんさといる。
 今のところのベスト・オブ・ヤバイ個性は、同じクラスの心操君、『洗脳』だ。発動条件があまりにもゆるいし、彼の個性を知らない人には防ぎようがない。尤も、発動条件のゆるさだけなら私も負けてはいないけれど(『見ようと思って見る』だけ。長時間使い続けると涙が止まらなくなるので適度に休憩を挟むけれど、外ではほぼ発動しっぱなしでいる)、私の個性では人に影響を与えられないので、発動条件なんてどうでもいいことだろう。


 そんな、『ヤバイ個性』の心操君が目の前にいて、私は少しだけ身構えた。今まで会話をしたことはない。私が勝手に個性を把握しただけだ。自分の個性を使って、彼が今個性を発動中かどうか確かめる。今はどうやらそうではないらしい。

「なあ、通してくれる?」

 なるほど私が教室の入口に突っ立っているせいで、心操君が中に入れないのだ。彼の個性を観察して見ていた私は、反応が遅れてしまった。すると、苛々したようにもう一度彼が口を開く。

「なあ」

 ──今度は個性を使っている。返事をしてはいけないと、私は無言でその場を退いた。何を考えているのか分かりにくい表情で、心操君が通りすぎていく。

「ねえ、心操君。クラスメイトを洗脳しようとするのはどうかと思うよ」

 すれ違い様に囁くと、ばっと心操君が振り返った。やっぱり少し表情が読みにくいけれど、たぶん驚いているのだろう。

「なんでわかった?」
「私の個性だよ」

 私はそう言って肩を竦めた。ショボい個性、役に立たない個性。中学までそう言われて続けてきたし、実際大したものじゃないから、胸は張れない。たまに、心まで読み取られるんじゃないかと警戒されることはあった。残念ながらそんなことできやしない。そうとわかるとすぐに「なーんだ、大したことないね」と顔に出る人が多かったので、ある意味読みとれはしたけれど、本当に心まで読み取るのは無理だ。
 心操君はどんな反応をするのだろう。心までは読み取れない私は、彼が何か言うのを待った。
 しかし、無言だ。心操君は何も言わずに、じっくりと私を見ている。

「個性に関することを読み取る個性なんだよ」

 居たたまれなくなって先に口を開くと、心操君が「へぇ」と相槌を打った。

「個性を使っているかどうかまでわかるのか?」
「うん、まあ」
「つまり、俺の個性は名字には効かない」
「実質的にはそうなるね」

 驚いた、名前を覚えられているなんて。内心びっくりしながら、何も気にしていないふうを装って答える。頭の中ではびっくりマークとはてなマークが大行進していた。



 その日から、心操君が話しかけて来るようになった。試されているのだろうか。効かないとは言っても、別に完全に無効化しているわけじゃない。私が個性を使っていなかったり、うっかり個性発動中の彼の言葉に答えてしまったりすれば、私も他の人たちと同じように簡単に洗脳されてしまう。

「名字」

 ──今は個性を使っていない。

「んー?」
「さっき寝てただろ。ここ、制服のシワがくっきり写ってる」
「えっウソ」
「ホント」

 そう言って心操君が小さく笑った。心臓の辺りが変な音を立てた気がする。私は今、それほど珍しい瞬間を目撃したのかもしれない。

「そういや、おまえが寝てる間に課題出たぞ。大量に」
「……マジで?」
「ウソ」
「うっわあ腹立つー」
「ところでさぁ、」

 なに? と答えようとしたところで、慌てて飲み込んだ。とても何気ない調子だったけれど、今度は個性を使っている。なんでまた急に。こうして織り混ぜてくるということは、やっぱり私は試されているのだろうか。
 洗脳されないためには、返事をしないでいるしかない。とはいえ、話しかけられているのにただ黙っているというのも申し訳ないので、私は机の上の落書きに向かって話しかけた。ちなみにこれはオールマイト、さっきの授業の前半に完成した力作である。完成後は満足感に浸り、気づいたら寝ていた。

「オールマイト先生、心操君がまた個性使いながら話しかけてきたんですが」
「おい」
「普通にお喋りしてる最中に仕掛けてくるなんて、酷いですよね」
「……」
「せっかく楽しくお喋りしてたのに」
「……悪かった」

 振り向いて確認すると、もう個性は使われていない。心操君はばつが悪そうに首の後ろを掻いた。

「そう思うならもうやめてよねー。見てればわかるって言っても、不意打ちされると引っ掛かりそうになるよ」
「……そんなこと言えるのおまえくらいだよ」
「そうかもね」
「俺に話しかけられて身構えないのもおまえくらいだし」
「うーん……そうなの?」
「当たり前だろ。他のやつらは、おまえみたいに俺が洗脳しようとしてるかどうかわかるわけじゃない。警戒くらいする」

 それって、寂しくはないのだろうか。……いや、きっと寂しい。
 心操君に直接訊くにはあまりにもデリケートな話題のような気がして、彼の答えは訊けない。けれど、たとえばこの個性を打ち明けたとき私が心まで読み取るのではないかと警戒されて悲しく思うように、答えれば操られると警戒されて返事がなかなか返ってこないことも、悲しいに決まっている。

「……私は警戒しないよ」
「知ってる」
「これからも気兼ねなく話しかけてくれたまえ」
「何様なんだよ、おまえ。……まあ、勝手にそうするけど」

 呆れたような心操君が、また首の後ろを掻いた。「まるで私、心操君の『特別』みたいだね」とおどけてみると、すかさず「おめでたい奴だな」と返ってきたけれど、否定も拒絶もされなかったので、少しは自惚れていても良いのかもしれない。

150709
title::サンタナインの街角で
- ナノ -