なりそこないトライアングル
チャーリー・ウィーズリーが好きなもの。家族、魔法生物(とりわけドラゴン)、それとクィディッチ。チャーリーのことを知っている人であれば、ほとんどがそう即答するに違いない。そりゃあきっとチャーリーの好きなものは他にもたくさんあるだろうけれど、ひとまずこの三つさえ挙げておけば、チャーリー・ウィーズリー検定試験でEが貰えるはずだ(もちろんそんなバカげたものはないと思う。だけどひょっとしたら、ホグワーツのミーハーな女の子たちの間で限定的に流行っているかもしれない)。
要するにナマエが何を言いたいかといえば、ナマエがチャーリーの幼馴染だからといって、必ずしもほかの人よりもチャーリーのことを詳しく知っているわけではないということだった。
「チャーリーが人見知りだとか秘密主義だとかいうならともかく、ちっともそんなことはないじゃない? 本人と話せばわかることだと思うのよね。わざわざ私に訊かなくたって」
「そんなにたくさん訊かれるのかい?」
「ええ。グリフィンドール・チームがクィディッチ優勝杯を獲ってから、熱心なファンができたみたい。急にたくさん訊かれるようになったもの」とナマエは溜息をついた。
ナマエの正面で肘掛け椅子に腰掛けたビルは、片肘をついて可笑しそうにそれを眺めている。
幼い頃からの付き合いゆえに新鮮味には欠けてしまうが、それでも相変わらず些細な仕草だけで絵になる──ナマエは密かに舌をまいた。これだけハンサムで、その上頭も良くて性格も良く、大勢に好かれている生徒というのは、ホグワーツ中を探してもそうそう見つかるものではない。
実を言えば女の子たちが聞きたがるのはチャーリーのことだけではなかったし、話したこともない女の子たちによる「ビル・ウィーズリーとあなたはどんな関係なの?」「ビルの好みの女の子を教えて!」といった突撃も一度や二度ではなかった。やっかみを買ったことももちろんあるし、それらを煩わしく思ったことが無いと言えば嘘になる。
けれども、ビルのこの顔を見ていれば、そうなることも仕方がないと頷けるというものだ。何しろビルはナマエが今まで出会った誰よりもハンサムである。その他、学力性格人徳人望、すべてにつけて非の打ち所がない。
もしも幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしていなかったら、たとえ同じ寮でもナマエは気後れして話しかけることができなかっただろう。
──でも、チャーリーは、ビルほどハンサムじゃあない。
チャーリーも頭が良くて気が良いが、ビルと並べばどうしても霞んでしまう。口を開けば、飛び出す話題はクィディッチと魔法生物のことばかり。その上、クィディッチの練習やら魔法生物飼育学の自主学習やらでしょっちゅう泥だらけになっている。そんなチャーリーは絶対に、ビルのように気後れされるようなタイプではないはずだ。わざわざナマエを間に挟む必要性を感じられない。
「ナマエがそんなに顔をしかめるくらいなんだから、よっぽどなんだろうね」
ビルはいかにも気の毒そうな声色でそう言ったが、やはりどこか面白そうでもあった。
「ちなみに、どんなことを訊かれるの?」
「色々よ。最近、少し傾向が変わってきた気がする」
「へぇ?」
「たとえば『チャーリーにプレゼントするなら何がいいと思う?』みたいなのじゃなくて……『チャーリーはどんな女の子が好きなの?』『チャーリーって、今、フリーよね?』『好きな子はいるのかしら?』とか」
「あぁ、なるほど。直球だね」
「どうせ直球なら本人に聞いてくれれば良いのにね」とナマエは口を尖らせた。「どうしてみんな、私が知ってると思うのかしら。そんなの私にわかるわけがないし、聞いたことも訊こうと思ったこともないっていうのに」
ビルに訊いたほうがよほど実りある答えが得られるに違いない。
ところが、少なくともナマエが知る限りでは、ビルが女の子たちからその手の質問をされていたことはない。やはり、気後れしてしまうのだろうか。──そりゃあ確かに、人気者のビル・ウィーズリーと平凡なナマエ・ミョウジだったら、断然ナマエのほうが話しかけやすいのは間違いないだろうけれど。
ナマエの考えていることを知ってか知らでか、「そうだね」と頷いたビルはおかしそうに笑った。「全然わからないんだなってことが今のナマエを見てるとよくわかるよ」
「そうよね、わかっていたら今ここでこうしてビルにぼやいてないものね」
「うん、うん。そうだろうね」
ビルはますます笑った。
談話室の反対側から、一つ下の学年の女の子たちが何度も視線を寄越しては、小声できゃあきゃあ言っている。ビルもナマエもそういうことにはもうすっかり慣れっこだったが、今日のビルは小さく肩をすくめた。それだけの仕草でさえ様になるものだから、ナマエはつくづく感心してしまった。
「ビルは知ってるの?」
「チャーリーに好きな子がいるかどうか?」
「そう。どんな子が好きなのかとか」
「そうだな……知ってるといえば知ってるかな」
「ふうん。チャーリーとビルってそういう話するのね」
「いや、直接聞いたことはないよ」
「それなのにわかるの?」
「兄貴だからね。見ていればだいたいわかる」
にこにこと笑いながら、ビルは「ナマエのこともそこそこわかるよ」と付け加えた。「ほとんど妹みたいなものだからね」
「……なんだか悔しい」
「負けず嫌いだなぁ」
「そんなことないわ。ビルに勝とうなんて思ったことがないもの」
何か一つでもビルに勝ちたいなら、来世に期待するしかない。ナマエは本気でそう思った。
「ちなみに、チャーリーは好きな子がいるの?」
「気になる?」
「気になるというか……今度誰かに訊かれたときのために知っておきたいわ」
「そういうことか」
「ビルが思ってるよりもずっとたくさん訊かれるんだから」
「何の話?」
後ろから急にチャーリーの声がして、ナマエは座ったまま飛び上がった。
正面のビルは、チャーリーが談話室に入ってきたときから気がついていたのだろう。驚いた様子もなく、「おかえり」と声をかけた。
「今日の練習は終わったのか? いつもより早いんじゃないか」
「本当はもう少しするつもりだったんだけど、この後はハッフルパフが競技場を使うらしくて。試合は今週末だし、練習したいのは向こうだって同じだろうから……しかたないさ」
チャーリーはそう言って、ナマエの隣に腰を下ろした。
「それで、二人は何を話してたんだ?」
その質問に答えたのはビルだ。
「チャーリーに好きな子がいるか、ナマエに訊かれてたんだ」
まるでナマエ自身が気になって尋ねたかのような口振りだ。ナマエがチャーリーとの会話中にそういう話題を持ち出したことは、これまで一度もない。それなのに突然そんなことを言われたら、チャーリーは困惑するだろう。
案の定チャーリーは面食らって、「えっ?」と素っ頓狂な声をあげた。落ち着かない様子でビルとナマエの顔を交互に見やり、「ナマエが?」や「どうして急にそんなこと」というようなことをもごもごと呟く。
その狼狽えっぷりは、長い付き合いのナマエでもほとんど見たことがないほどだった。
「私が訊くと、何かまずいことでもあるの?」とナマエは眉をひそめた。
「いや、別に、まずくはないけど──そんなこと、今まで訊かれたことがなかったから」
「だって、その必要がなかったんだもの」
「……今はあるってこと?」
「そうね。知りたがる女の子たちが私に訊きにくるから」
ナマエがそう答えると、チャーリーは急に鼻白んだような顔をした。
「なあに、その顔」
「……別に」
「いったいなんなの?」
「なんでもない」
チャーリーの答えは素っ気ない。
「ふうん、そう。……で、どうなの? 好きな子がいるの?」
「さあね」とチャーリーはいっそうぶっきらぼうに答えた。「ナマエには教えない」
どこか棘のある声色にナマエは少しムッとした。けれども、自分がそれを態度に出してしまえば、喧嘩とまでは言わずとも今日一日険悪になることはわかりきっている。
ナマエは「言いたくないならしかたないわよね」とつとめて平静に頷いた。「無理には訊かないわ」
「でもあとでこっそりビルに訊こうと思ってるんだろ」
「思ってないわよ」
「どうだか。ナマエはいつだってなんだって、ビルに泣きつくんだ」
「そんなこと──」
「『ねえ、ビル、チャーリーが意地悪を言うの!』──何度聞いたかわからないよ。ナマエは昔からビルにベッタリなんだから」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない!」
「だって、ほんとのことだろ。ナマエはいい加減ビル離れしたほうがいい。いつまでもナマエなんかの面倒見なくちゃならないなんて、ビルもいい迷惑だ。そうだろ?」
チャーリーがつんけんしたままビルを見やり、つられてナマエもビルの顔を見た。ビル本人に肯定されたり口ごもられたりしたら、とてもじゃないがナマエは明日からビルに声をかけられない。
しかし、ビルの答えは明快だった。
「いいや、迷惑だと思ったことは一度もないよ。さっきも言った通り、ナマエは妹みたいなものだから」
ビルの笑顔にナマエはひとまずホッとした。
ただし、たとえ本当に迷惑だと思っていたとしても、ビルがナマエのいる場でそれを口にすることは決してないだろう。ビルは優しいからだ。
「ビルはやっぱり優しいわよね」
考えていたことがそのまま言葉になって、無意識にナマエの口から零れ落ちる。その途端、しまったと思う間もなくチャーリーの視線が素早くナマエに戻ってきた。
「俺は優しくないって言いたいわけ?」
「そういうことは言ってないってば」
「言った」
「言ってない」
「そう聞こえた」
「あぁそう──あなたの耳が悪いんじゃないの?」
「はぁ? それならナマエは──」
「ストップ。二人とも落ち着きなよ」と、ビルが口を挟んだ。
仲裁する体をとってはいるが、ビルはさっきから笑いを噛み殺しきれておらず、ずっとくつくつと喉の鳴る音が聞こえている。
「笑うなよ」
「ごめんごめん」
そのとき、ルームメイトの女の子がナマエを呼んだ。きっと宿題のことだろう。彼女の傍らに、本が積まれているのが見える。
「いっておいで」
ビルはにっこり笑ってナマエに促した。これ幸いとばかりに立ち上がったナマエは、そそくさと離れていく。最後にチャーリーを一瞥したが、チャーリーは気がつかなかったようだった。
あとに残されたビルとチャーリーの表情は対照的だ。
何とも言えない沈黙の後、先に口を開いたのはビルのほうだった。
「チャーリー、お前なぁ……」
「うるさいな、わかってるよ」
チャーリーはビルの言葉を遮ると、頭を掻いて項垂れる。わずかに赤くなった両耳は、チャーリーの短い髪では隠しようがない。
「ナマエがまたビルにベッタリだから、つい」
「いうほどベッタリじゃないと思うけどな。でもまぁ、お前にはそう見えるって言うなら──」ビルはにやりと笑ってみせた。「悪いね」
それは、彼らの双子の弟たちが誰かをからかうときの表情そのものだった。
優等生のビルとやんちゃ小僧の双子たちはよく正反対だと言われるが、何もこんなところで似なくとも良いのに──チャーリーは苦々しい顔で呟いた。
「ビルのそういうところ、正直ちょっとむかつくよ」
190501 ぷらいべったーにて公開(フォロワー限定)
190519 加筆修正