最高気温37℃
※USJ設備について捏造有り
※連載の番外編とほぼ同じ内容ですが、こちらは連載に関わる要素を削ったバージョンになります


 全国各地で次々と梅雨明けが宣言され、季節はいよいよ本格的な夏を迎えていた。
 連日気温は30℃を超え、強い日差しが降り注ぐ。今日も今日とてギラギラと照りつける太陽は、ひょっとして人間に恨みでもあるんじゃないかと思えてくるほどに容赦がない。「熱中症にはくれぐれもご注意を」と毎朝のように天気予報士が言っているが、それでも頻繁に、「中学生五人、熱中症の疑いで病院へ搬送」なんてニュースをアナウンサーが読み上げている。
 そんな茹だるような日々が続く中でも、ヒーロー志望の名前たちは訓練に励まなければならない。
 今日は特に暑く、今朝の天気予報では全国的に猛暑日になるだろうとお馴染みのお姉さんが言っていた。
 運がいいのか悪いか、今日のヒーロー基礎学は救助訓練だった。USJまでバスで移動し、その後チームに分かれての訓練を行うという。
 USJはドーム状の施設である為、直射日光は受けずに済む。しかし、特段冷房が効いているということはない。おそらく設備として冷暖房自体は設置されているのだろうが、事故や災害の起こる現場がいつでも快適な気温であるはずがないので、より実践的な訓練においては使用する必要がないということなのだと思う。
 バスから降りるなり、湿気と熱気がむっと全身にまとわりついて、早くも気が滅入ってしまいそうだった。

「暑い……」
「気をつけないとこれガチで熱中症で倒れそう」

 耳郎がヒーロースーツの首元を引っ張ってぱたぱたと扇ぐ。
 飯田が「各自水分補給をしっかりするように!」と声を張り上げていて、その傍では上鳴が暑い暑いと唸っている。

「あっちぃ、死ぬ…溶ける…!」
「あんま暑いって言うなよ、余計暑くなる」
「じゃあさみぃ! 超さみぃわ!!」
「やめろよ虚しいから!」
「訓練の説明するから静かにしろ」

 相澤の一声で一同はしんと静かになった。
 今日の救助訓練は13号と相澤が担当するらしい。本来ならオールマイトと13号の担当だが、オールマイトは諸事情で来られなくなってしまったらしく、代わりに相澤が来たとのこと。なんだか襲撃事件の日のようだな、と早くも暑さにやられかけている頭で思った。
 さすがに今日は何事もないだろうが、敵の襲撃がなくとも、この暑さは十分な脅威になりそうだった。

▽▽

 まさかの火災ゾーンに割り振られた時、名前は心がぽっきりと折れてしまいそうになった。この暑い日に、いったい誰が好き好んで火のそばに近づきたがるだろうか。そんなのはよほどの物好きか極度の寒がりくらいだろう。
 耳郎から哀れみの目を向けられ、麗日からは励ましのガッツポーズをおくられて名前は涙を飲んだが、それでも暑いものは暑かった。
 どうにかこうにか訓練を終え、汗だくで広場に戻ると、まだクラスメイトの姿はまばらだった。水難ゾーンと倒壊ゾーンの組がまだ終わっていないらしい。
 火災ゾーン組の講評が終わっても、まだ戻って来ない。広場で講評を聞いた後は、一回目とは違うゾーンに移動して二回目の救助訓練を行うことになっている。広場に全員が揃うまでの間、既に集まっている生徒たちには束の間の休息が与えられた。皆ほっと息をついて、水分補給に急いだ。
 もちろん名前も例外ではない。用意していたスポーツドリンクを流し込んで、ようやく少し生き返った心地がした。とはいえ、相変わらず汗は酷い。暑さで頭がぼうっとするし、火災ゾーンを離れて数分が経つのに、未だに顔も火照っている気がする。

「名字さん、大丈夫ですか? 顔が赤いですわ」
「うーん……ちょっとふらふらする、かも」
「それ、熱中症なんじゃねーの?」

 同じく火災ゾーン組だった八百万と切島が寄ってきて、名前の顔を覗きこんだ。
 そんな風に心配顔を向けられると、どうしても落ち着かない気持ちになってしまう。名前はちょっと笑って、「そこまでじゃないよ」とひらひらと手を振った。

「ちょっと暑さにやられただけ」
「いや、それがマズイんだろ」
「切島さんの言うとおりですわ。先生に事情を説明して涼しいところで休まれては……」
「そこまでしなくても大丈夫だって。暑いのはみんな一緒なんだし……」
「つってもなぁ……」

 切島が眉を下げて頭を掻いた。
 八百万も切島も自分を心配して言ってくれているのだということは、名前もよくわかっている。だからこそ申し訳ないのだ。

「名字、具合悪ぃのか?」

 離れたところでこちらへ視線を寄越しているだけだった轟までもがやって来て、ますます名前は居たたまれない気持ちになった。

「や、大丈夫だよ」
「って本人は言うんだけど、熱中症気味なんじゃねーかって」
「熱中症か……」
「やっぱり休むべきですわ、名字さん。無理をして倒れてしまっては元も子もありませんもの」
「うーん……」

 八百万の心配顔に名前の心も揺れる。なにより、八百万の言い分はもっともだ。
 しかし、皆がこの暑い中頑張っているのに、自分だけ涼んでいるのは申し訳ない気持ちになるし、訓練を休んだ分置いていかれてしまうのも嫌だ。たった一度、されど一度。経験の数の差は後々如実に現れる。
 名前が渋っていると、何やら考え事をしているようだった轟が急に動いた。一歩、距離を詰めてくる。

「確かここ冷やすと良いんだったか」

 それと同時にぴたりと冷たい手のひらが首筋に宛がわれ、行動に驚いたのと冷たさに驚いたのとで、名前の肩は大きく跳ね上がった。

「えっ、なっ、なん……っ!?」
「あと脇の下と脚の付け根を冷やすと良いって姉さんが言ってた気がするんだが、そっちはさすがに触るわけにいかねえだろ」
「そっ…そうだね!?」

 だからといって特別親しいわけでもない女子の首筋を触るのもどうなんだろう、とは思ったが、言葉にできなかった。これが上鳴や峰田であれば間違いなく言っていたし、セクハラ! と叫んで押し退けるくらいしたかもしれない。
 しかし、相手は轟だ。おそらく、いや、間違いなく、彼は良かれと思ってしてくれている。下心などない、100%純真な混じり気のない心からの善意である。いったい誰が顔良し成績良し心持ち良しのクラスメイトの善意を無下にできるだろう。轟の冷気を帯びた手のひらが、火照った体に心地良いのも事実なのである。暑さでぼんやりしていた頭も冴え渡るほどだ。
 少しだけすっきりした頭で状況を再認識すると、途端に羞恥心が込み上げてきた。やけどの跡に顔の半分を覆われていてもなお綺麗な整った顔が、随分と近いところにある。目の色がとても綺麗だ。──じゃ、なくて。

「ありがとう轟くん、でも私今汗が酷いんだよね! だから手をね、」
「こんだけ暑けりゃ汗かくだろ。大丈夫だ、気にしねえ」

 優しすぎてなんだか泣きそうになった。そうじゃないんだよ、私が気にするんだよ、轟くん。しかしそれも言葉にならなかったので、名前は目を瞑って俯いた。「すげえな轟……」と切島が呟く声が聞こえ、思わずそちらを見ると、気の毒そうにしている切島と目があう。そんな顔をするくらいなら助けてほしいのだが、切島も善意しかない轟を目の前にして何も言えないのかもしれない。

「まだ顔赤えな。大丈夫か?」

 轟が真面目な表情で顔を覗き込んでくる。相変わらず手は首に触れたままだ。近いなんてもんじゃあない。
 答える声はすっかり裏返ってしまったが、取り繕う余裕なんてものはちっとも残っていなかった。

「だっ…だいじょうぶ…なので手を…」
「もっと冷やした方が良いんじゃねえのか。八百万、なんか袋作ってくれ」
「袋ですか?」
「ああ、氷嚢作ろうかと思って」
「まあ、それは良い案ですわね! すぐにお作りいたしますわ。幾つ作りましょう?」
「…とりあえず四つで」

 もはや手のひらの冷たさよりも二人の優しさの方が身に染みる。名前が俯けば俯くほど、轟は「どうした、吐きそうか?」と声をかけ、それを聞いた八百万も「気持ち悪いんですの?」と気遣わしげに問うので、名前はますます顔を上げられなくなった。
 いつの間にか水難ゾーン組と倒壊ゾーン組が戻っていたようで、「あの三人何やってんの?」「切島に聞いてみよ」などという会話が聞こえてくる。
 今顔が熱いのは、確実に気温のせいだけではない。

「……何やってんだお前ら」

 相澤の呆れた声が、今は天啓に思えた。

180713
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