※時間軸は夢主が三年生のとき


 ナマエ・トンクスは、一年生の頃から何かと人目を惹く女の子だった。
 そりゃあもちろん同じ学年で――むしろ全生徒の中で――一番有名なのはもちろんあのハリー・ポッターだから、ハリーほど注目されることはないだろうけれど、ハリーのような「特別な出来事」がないにもかかわらず入学当初からこれだけの注目を集めた生徒は、きっとそう多くはない。フレッドとジョージでさえ、名前と顔が広まり始めたのは入学して少し経った頃からだ。
 ナマエが注目されたきっかけはいくつかある。組分けにかかった時間の長さだとか、闇祓いに採用されたとかで一時期話題になっていた卒業生の妹らしいだとか、本人も頭の出来が良いらしいだとか。
 けれど、最たるものはその容姿だろう。グリフィンドールの上級生だけでなく他寮の生徒までもが、「新入生の中で一番の美少女」だの「グリフィンドールで一番の美少女」だのと噂をしていたことは、ジョージもよく知っている。
 そういった表現にいったいどのくらい真実味があるかは別の話としても、そばかすやにきびの一つもないナマエの顔が綺麗で整っているというのは確かにその通りで、同じ年頃の子どもたちよりも大人びた雰囲気がその容姿をより一層際立たせていた。そしてそれは成長しても相変わらずで、ナマエにホグズミード行きが許されるようになった今年は、寮や学年を問わず何人かの生徒に声をかけられているようである。「今度のホグズミード休暇、僕と一緒に行かない?」と。


「申し訳ないんだけど、もうほかの人と約束しちゃったの。ごめんなさい」
 大広間を出た廊下の先からちっとも申し訳なさそうではないナマエの声が聞こえたかと思うと、気落ちした様子のハッフルパフ生が歩いてきた。その後ろ姿を見送って、フレッドが囁く。
「なあ、今のってバート・ハモンドじゃないか?」
「ああ、いつだかナマエのことを『百年に一度の美少女』って言ってたやつだな」
「盗み聞きなんて趣味が悪いんじゃない?」
 ナマエが腕組みをして立ちはだかった。その表情はとてもじゃないが、たった今デートのお誘い――といってしまっても差し支えないだろう――を受けていた女の子のものとは思えない。はにかむ気配の微塵もない仏頂面だ。話を聞いてしまったジョージ達に対してのものか、先程聞こえた会話に対してのものかはわからなかったが、語調はいつも通りの静かなものだったので、きっと後者だろうとジョージは見当をつけた。
「人聞きの悪いこと言うなよ」
「俺たちは偶然居合わせただけさ」
「偶然にしても、もう少しタイミングを考えてほしい」
「それは無理な相談だな」
「むしろもう少し場所を考えてほしいもんだぜ」
「それは私じゃなくて、さっきの彼に言ってほしいものね」
「ああ、そりゃ正論だ」
 溜息を隠すことなく吐き出したナマエは当たり前のように双子の隣に並んだ。どこに行くとも話さずになんとなく三人連れだって歩き出す。
 ナマエがフレッドとジョージと一緒にいるのはそう珍しいことでもなかったはずなのに、なんだか妙な気分だ。ナマエが一年生だった頃なんかは、よくフレッドとジョージの間にナマエを挟んで歩いたものだけれど。
 そうやって改めて考えてみれば、最近のナマエはハリーたちといることがほとんどで、フレッドとジョージの隣を歩くことなんて滅多になくなっていたことに気がついた。ジョージたちとナマエは学年が違うのだから、ハリーたちといる時間のほうが多いのは当たり前だ。無理もない。ましてやナマエは女の子なのだし、妹のジニーだって成長するにつれて少しずつ話す時間が少なくなっていくのだから、家族じゃないナマエは言うまでもない。考えれば考えるほど、こうして三人が並んで歩くのがいつ振りになるのかもわからないくらいだった。
「ちなみにあいつで何人目なんだ?」
 フレッドがにやにや笑いながら尋ねると、ナマエはそっけなく答えた。「数えてない」
「へえ、数え切れないくらい声かけられてるのか」
「そういうわけじゃないけど……たぶん、今週は三人目」
「おい、相棒、聞いたか。『今週は』だと」
「ということは、つまり、先週と先々週は……」
「二人とも、からかわないで」
 ナマエのきっぱりした口調は、ついさっき聞いたばかりのものだった。そう、ハモンドが振られたときと同じだ。このくらいの年の女の子はたいてい、こういう話題になると照れたり目をきらきらさせたりする。少なくともジョージはそう思っていたのに、ナマエはどうも例外のようだった。大人びているともいえるし、冷めているともいえる。そんなところがまた面白くてナマエらしいとも思う一方、本当に興味がないのだろうかと素朴な疑問もわいてきて、そんなことを考えているうちに、まったく用意していなかったはずの言葉が勝手に口をついて出た。
「今度のホグズミード休暇、俺たちと行くか?」


 先約があると言っていたはずのナマエがぽかんとした表情を浮かべながら首を縦に振ってから、数日後にはホグズミード休暇がやってきた。
 ジョージ、フレッド、リーとナマエの四人組が城を出るとき、何人かの生徒が物珍しそうな視線を寄越した。アンジェリーナたちでさえすれ違いざまに不思議そうな顔で「あら? ナマエ、今日はフレッドたちと一緒なのね」と声をかけていった。
「たまにはいいかなと思って」
 声をかけられるたびに決まってそう答えるナマエの口調はいつも通りで、ちらちらと向けられる視線を気にかける様子もない。
 中にはナマエがお断りをした生徒からの視線もあっただろうに、まるで不躾な視線など一切ないかのように振る舞うナマエは、どことなく知らない女の子のようにも見えた。もともと注目を浴びたくらいで恥じらうような女の子ではなかったが(煙突飛行に失敗した瞬間を見られたときのほうがよっぽど恥ずかしそうにしている)、それにしたって平然としすぎていて、ナマエがもうすっかりこういう状況に慣れてしまっていて、きっぱり割り切っているらしいことがうかがえる。当の本人よりもむしろジョージのほうが視線を気にしてしまう始末だった。
 それでも、ホグズミードまで来ると嫌な感じの視線もひそひそ話もぱったりとなくなった。さすがにここまで来ると、みんな他人のことなど気にしていられなくなるらしい。
「さてと。まずはゾンコだな」
 フレッドの先導で、双子とリーにとっては定番中の定番、ゾンコの悪戯専門店を目指す。雑踏の中でも、少し後ろを歩くリーとナマエの会話は案外はっきりと聞こえてきた。
「ナマエはよかったのか? ゾンコで」
「いいよ。どうして?」
「いや、ナマエも女の子だし、普通の雑貨屋のほうがよかったんじゃないかと思って」
「ううん、全然。もしそうなら、ホグズミードに誘われた時点で断ってるから。気にしないで」
「それならいいけど。行きたいところがあればちゃんと言えよ」
「うん、ありがと」
 ナマエがちょっと笑ったらしいことが振り向かなくてもわかった。ちょうどその時、隣を歩くフレッドもちょっと笑って耳打ちをしてきた。
「気になるのか?」
「何が?」
「ナマエとリー」
「いや、別に」
「嘘つけ。ずっと気にしてる。今朝からナマエのこと何回も見てるの、俺が気づいてないと思ったか?」
「なんか勘違いしてないか? 一緒にいて会話してたら、そりゃ自然と見るだろ」
「いや、お前のはそういう感じじゃなくて。……まあ、いいけど」
 目当ての店に着いてしまったので、話はうやむやになった。言葉に反して含みのある顔が気になったが、ジョージは追求しなかった。どうせ訊ねてみたところで、こういうとき簡単に口を割るような相手ではないことは誰よりもジョージがよく分かっている。
 店に入る瞬間、励ましているような、いや、からかっているような囁き声が聞こえたような気がした。「頑張れよ」


 フレッドの勘違いとお節介に気がついたのは、それから十五分ほど経ってからだった。一緒に店に入ったはずのフレッドとリーが、いつの間にかどこにもいない。
「店の中にはいないみたい」とナマエが呟く。
「二人で先に行っちゃったってこと? 迷子になるような歳でもないし大丈夫だと思うけど、ちょっと勝手じゃない?」
 ナマエはいなくなった二人のことを怒っているようでもなければ心配しているようでもなく、ただただ呆れた表情でジョージを見上げた。
「ああ、まったくだ」
 頷き返す傍ら、頭の中では今夜フレッドにぶつける予定の悪態が列を成している。勝手に勘違いして勝手に妙な気を利かせたフレッドは、絶対に訊いてくるだろう。「で、どうだった?」と。表情まではっきり想像できる(ただしそれは自分とそっくり同じ顔だ。憎らしいことに)。
「しかたないから、二人でまわるか。たぶんあいつら、用が済んだら勝手に帰るだろうし」ナマエが苦笑いしながら頷いたのを見て、ジョージは続けた。「行きたいところはあるか?」
 ナマエは少しの間、考えるしぐさをした。自然と伏し目がちになって、長いまつ毛が透き通るグレーの瞳に翳をつくる(一番の美少女。噂も伊達じゃないかもしれない。ああ、本当に)。
「あっ」
 ナマエが急に顔をあげたので、ジョージは少しだけドキリとした。
「どうした」
「ハニーデュークス。いい?」
「ああ、うん。行くか」
 ゾンコを出てみても、近くにフレッドとリーの姿は見当たらない。そりゃあそうか。仮に近くでこちらの様子をうかがっているのだとしても、二人とも絶対に見つからないように隠れているだろう。
 フレッドとリーを交えて行動することはあっても、ジョージとナマエが二人きりでいるというのは、どれだけ記憶を辿ってみても初めてのことだった。気まずいということはないが、違和感は拭えない。
 他愛もない会話をしながらハニーデュークスに入ると、ナマエはまっすぐにチョコレートの棚に向かった。
「ナマエってチョコレート好きだったっけ」
「うん。ハニーデュークスのがね。でもこれは私が食べるんじゃなくて、お土産」
「お土産? 誰に?」
「リ……ハリーに」
「ハリー?」
 ジョージは首を傾げた。ハリーがマグルの叔父のサインをもらえず、ホグズミードに行けないことになっているのは知っているが、そんなハリーに忍びの地図を譲ったのは紛れもなく自分たちだから、ハリーが「こっそり」ホグズミードに来られることも知っている。そして、ナマエがそのことを知らないはずがない。
 熱心に板チョコを吟味しているナマエに、「ハリーってチョコレート好きだったか?」と問うと、「嫌いじゃないと思うよ」となんだか曖昧な返答だ。選ぶのに夢中な振りをして、目を合わせようとしないのがどうにも怪しい。
 一度そう思い始めるとにわかに本当のことが気になってきて、ジョージはもう一度問いかけた。
「チョコレート好きの知り合いなんていたっけ?」
「だから、ハリーにあげるんだってば」
「ハリーじゃないだろ。さすがにそれはわかるぞ」
 そこでようやく、観念したようにナマエが振り返った。あまり見たことのない、どこか気恥ずかしそうな、困ったような顔。言おうか言うまいか悩んでいるようにも見える。それはやっぱり見たことのない表情で、ジョージも言葉に詰まってしまった。
 時間にすればたった数秒くらいの、けれどもう少し長かったようにも感じられる微妙な間があいた。その間にナマエは、気持ちを決めたらしい。
「ごめんね。秘密」
 悪戯っぽく笑ったナマエはすぐにチョコレート選びに戻ってしまって、ジョージはすっきりしない気持ちでナマエの横顔を見守るしかなかった。
 もやもやして、ぐずぐずする。土産を買い終わって満足げなナマエとハニーデュークスを出ても、ホグワーツに帰ってフレッドのむかつくにやにやに出迎えられても、このすっきりしない気持ちの正体はよくわからなかった。
 妹の反抗期を目の当たりにした兄貴の気持ちってこんな感じなのだろうか、だとか、色々考えてみるけれど、いまいちしっくりこない。なにしろナマエは反抗したわけじゃないし、そもそもどれだけ妹みたいに思えたとしても実際は妹じゃないのだから。
 結局夜になってもそれらしい答えは見つけられないままで、ジョージは諦めてベッドに入った。寝て起きたら多少はすっきりしているかもしれない。
 微睡みの中に、ナマエの横顔が見えた気がした。


フェイク・アンサー‐180312
「ジョージ目線でジョージがやきもきする話」に「ジョージと休日」「ルーピン先生関連」…などなどほかに頂いていたリクエストから盛り込めそうな要素を抜粋して盛り込んでみました(やきもき…?)。私の今の限界はここまでです、力及ばず申し訳ありません…。勝手に時間軸を三年生にしてしまいましたが、本編の三年生編ではこういうエピソードは書けないと思うので、書く機会を頂けてよかったです。ありがとうございました!
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