No.3
運命になるまで待ってて
「お前らっていつから付き合ってんの?」

 前からずっと気になってたんだけど、と前置きした後で、ほろ酔いのシャルルカンはとんでもないことを宣った。「それ私も気になってた!」と手を叩くのはピスティだ。二人の顔は、好物を前にはしゃぐ子供さながらである。目を丸くして言葉に詰まるのは私だけで、隣のマスルールは相変わらず無表情のまま酒を飲んでいる。
 ああ、これは、少し──いやかなり──面倒なことになるかもしれない。
 溜息を吐き出したいのを抑えて私も酒を煽り、囃し立てる二人を見た。

「そもそも付き合ってないんだけど」
「はぁ!? 嘘だろ」
「嘘ついてどうするのよ」
「いや、だって……」

 ちらりとマスルールを見やる。表情には一切の変化がなく、今はもくもくと料理を口に運んでいた。事実はどうであれこんなことを言われたら、照れるだとか怪訝な顔をするだとか何らかの反応があっても良さそうなものなのに、驚く程にそれをしないのがこの男である。今関心が向くところはシャルルカンの発言などではなく、目の前の料理なのだろう。久々の謝肉宴とあっていつにも増して豪勢な料理が並んでいるし、そうでなくともマスルールの性格を考えれば無理もない。もやもやするのはやはり私ばかりなのである。
 気づけばマスルールのゴブレットは早くも空になっていて、適当に果実酒を注ぎ足せばマスルールは何も言わずにまたそれを空にする。「もう少しゆっくり飲んだら」「ああ」これは空返事だな──そう思いながらもう一度注ぎ足すと、口笛が聞こえた。

「そういうところだよなぁ!」
「……ええと、何が?」
「その自然さが恋人っぽいっつうか」
「むしろ長年連れ添った夫婦っぽいというか」
「その前に、当然のように隣に座る時点でアヤシイよな」
「距離も近いしね!」
「たしか歳も近いんだろ?」
「付き合ってないとか言ってぇ、実は秒読みだったり?」
「そのまま結婚しちまえよ」
「それいい!!」

 ああ、やっぱり面倒なことになってしまった。
 こうなると手がつけられないということは、これまでの経験上よく知っている。当事者を無視して勝手に私とマスルールの結婚計画を語り始めたシャルルカンとピスティは、私の気持ちを知っているのかいないのか、やたらと楽しそうだ。丁度良く回ってきた酔いのお陰もあるのだろう。これ見よがしに溜息をついたところで気がつきやしない。
 「……どうする、これ」期待はせずにマスルールに問いかける。「放っておけ」と存外すぐに返ってきた素っ気ない答えに、もはや脱力するしかなかった。腹いせに寄りかかってやると、食べづらいと文句を言うのが聞こえたけれどもこの際無視することにする。押し退けられたりはしなかった。
 マスルールはどこもかしこも筋肉質でごつごつと固いので、心地はそれほど良くはない。それでも私は、この温もりが好きだ。存在感が好きだ。マスルールの隣こそ、無条件に安心出来る場所だと確信している。シャルルカンが言うような関係になることは想像しがたいけれども、それでも、特別な存在ではあるのだろうと思う。それはきっと間違いない。なんとなく見上げた頬には食べかすがついていた。

「………なんだ」

 見られていることに気づいたらしいマスルールが私を見下ろす。食べかすはまだ頬にある。「ついてる」くすくす笑って腕を伸ばすと、マスルールは納得したようにああと小さく呟いて、食べかすが取り払われるのを待った。
 ふと思いたって食べかすをつまんだあとにその頬をつついてみると、想像した通り、眉間にしわが寄る。元々強面気味であるから、その表情にはなかなかの迫力があった。

「怖い怖い」
「遊ぶな」

 そう言って手を掴まれてしまってはどうしようもなく、私は肩を竦めた。酔っ払いによる私達の結婚計画談義はまだまだ終わりそうにない。

「ねえ、シャル達の計画では私達今年の暮れに婚約するみたい」

 しかもその前に、何故かジャーファルさんとマスルールが私を巡って対立し、さらには私の婚約者を名乗る男が現れるらしい。一体どこの恋愛小説だろう。生憎、私には婚約者などまるで心当たりがない。もっと言うならば、ジャーファルさんとそういう雰囲気になる兆しも皆無である。

「年が明けたら式だって。どうする?」

 笑いながら尋ねてみれば、そこで初めてマスルールは怪訝な顔をした。質問の意図がわからなかったのかもしれない。
 マスルールはわずかに考えるような素振りを見せ、呟いた。

「結婚とか、俺はよくわからない」
「うん、そう言うだろうと思った」
「まあでも」
「うん?」
「貰ってやってもいい」
「……………なにを」
「エルハームを」
「……………そうなの?」
「ああ。先輩みたいなのと結婚されたら困る」

──私達って付き合っているんだっけ?
 思わずそんなことを考えた。マスルールはまた料理に手を伸ばしていて、酔っ払い二人も今の会話が耳には入らなかったようで相変わらず話に花を咲かせている。
 動揺しているのは、やはり私ばかりだ。

150625 / title by 夜途
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