次の日のことだ。
「僕、試合に出るよ」
 ハリーはそう宣言した。
「出なかったら、スリザリンの連中はスネイプが怖くて僕が試合に出なかったと思うだろう。目にもの見せてやる……僕たちが勝って、連中の顔から笑いを拭い去ってやる」
「グラウンドに落ちたあなたを、私たちが拭い去るようなハメにならなければね」
 ハーマイオニーが苦々しく言うとハリーの顔が少し強張ったので、フェリシアはいつも通りの口調でつけ加えた。
「いざとなったら ギリギリのところでフレッドとジョージがつかまえてくれるよ」
 実況席にはマクゴナガル先生もいるし、ほかの先生方だって見に来るはずだ。何かあれば、きっとなんとかしてくれる。フェリシアはそう考えていて、ハーマイオニーやロンほど心配してはいなかった。
 その日、ハリーがクィディッチの練習に行ってしまうと、珍しくロンがフェリシアの名前を呼んだ。とても真面目な顔をしている。ようやくニコラス・フラメルから──正確にはハーマイオニーの厳しい目から──解放されたので、今度こそリーマス・ルーピンを調べようと思っていたところだったフェリシアは、渋々ながらその呼びかけに応じた。
「君に頼みたいことが──提案があるんだ」
「珍しいね。なに?」
「足縛りの呪いを僕たちに教えてよ」
 フェリシアもハーマイオニーも目を丸くした。
「急にどうしたの?」
「スネイプだよ。試合中、あいつがハリーに何かしそうになったら、足縛りの呪いをかけてやろうと思うんだ」
「……それ、いい案だと思うわ」とハーマイオニーが言った。「昨日のネビルの件から思いついたのね?」
「うん、まあね。それに、フェリシアの十八番でもあるし」
「ちょっと待って、いつからあれが私の十八番になったの? 実際に使ったのはマルフォイにかけた一度きりなんだから、人聞きの悪いこと言わないでよ」
 フェリシアは顔をしかめて反論したが、すぐにしまったと思った。ハーマイオニーが怖い顔をしていたからだ。
「マルフォイに使ったの? いつ? ……ああ、わかったわ、初日の汽車の中ね?」
「そんなのいつだっていいだろ、ハーマイオニー。今はそんな話してるんじゃないんだ。とにかく、僕らは今から大急ぎで覚えなくちゃいけない。使い慣れてるフェリシアに教わるのが確実だと思うんだ」
「だから、使い慣れてるわけじゃないってば」
 そういう言い方をされると、まるでフェリシアが誰彼構わず呪いをかけているようだ。もちろんフェリシアは誓ってそんなことはしていない(マルフォイたちじゃあるまいし!)。しかし、フェリシアが口を尖らせたところで、二人の耳には届いていなかった。
「私、足縛りの呪いって使ったことないけれどやっぱり難しいのかしら」
「何言ってるんだよ。マルフォイが使えるんだったら、僕らにもできるさ」
「早速どこか空き教室で練習しましょう」
「今ならどこでも空いてるよな?」
「でも、できるだけ人が通らないようなところの教室がいいわよね」
 ロンとハーマイオニーが相談するのを聞きながら、フェリシアは反論を諦めて溜息をついた。
 結局、休み時間の度に図書館に通う日々が終わった代わりに、足縛りの呪いの練習に付き合う日々になったので、フェリシアはマクゴナガル先生のところに行くことはできなかった。二人がすぐに呪文を習得できれば……と淡い期待もしたが、そう上手くはいかない。いつものようにハーマイオニーはすぐに呪文を使えるようになったものの、ロンのほうはそうもいかず、完璧に使えるようになった時には、試合はもう翌日に迫っていた。
「これで明日はバッチリだ」
 ロンが意気揚々と言った。
「そうね。私とフェリシアでどうにかするしかないかと思ったけど、間に合ってよかったわ」
「あいにく僕は君たちみたいな秀才じゃないんだ。そりゃ時間がかかるさ」
「拗ねないで、ロニー。そんなに簡単な呪文じゃないし、成功するだけで十分すごいよ」
「ロニーって呼ぶなよ。それに、入学前から使える君にそう言われると嫌味に聞こえる」
「やだなあ、褒めてるのに」
 フェリシアは笑いながら、肩をすくめた。


 次の日の昼過ぎ、三人は更衣室の外で「幸運を祈る」とハリーを見送ったが、ハリーの顔色は悪く、三人の言葉もあまり耳に入っていないようだった。これではスネイプが何かしなくても、うっかりブラッジャーにぶつかって落っこちてしまいそうだ。
 フェリシアは少し迷って、更衣室に入ろうとするハリーを呼び止め、ポケットからハンカチを取り出した。
「これ持っていって」
 目の前に差し出されたハンカチを、ハリーは怪訝そうに見た。
「僕、別に泣く予定はないよ」
「そうじゃなくて、お守り」
 フェリシアはハンカチを広げて見せた。四つ葉のクローバーとフェリシアのイニシャルの刺繍が入っている。ホグワーツに来るとき、アンドロメダから貰ったものだ。
「四つ葉のクローバーは幸運を呼ぶっていうでしょ? それに、この刺繍糸にはママのおまじないもかかってるの。気休め程度にしかならないかもしれないけど、よかったら持ってて」
 その時、更衣室の中からハリーを呼ぶウッドの声がした。フェリシアはハリーの手にハンカチを押しつけると、その肩を押した。
「あ、ありがとう……」
「気にしないで。大丈夫、心配してるようなことは何も起こらないよ」
 それこそ気休めにしかならないとわかっていたが、フェリシアはキッパリとそう言ってハリーを見送った。
 ハリーと別れたあと、三人は観客席に向かった。ネビルの隣に並んで座ると、「やあ」と挨拶したネビルはロンとハーマイオニーの顔を見て不思議そうな顔をした。二人がなぜこんなに深刻な顔をしているのか、クィディッチの試合観戦なのになぜ杖を持っているのか、さっぱりわからなかったからに違いない。説明を求めるように普段と変わらない表情のフェリシアを見たが、そのフェリシアも杖を持っていたので、ネビルは大いに困惑した。
「どうしてみんな杖を持ってるの?」
「なんでもないよ。うっかり持ってきちゃっただけ」
 フェリシアは曖昧に笑いながら、杖をローブの中にしまいこんだ。
 その隣では、ハーマイオニーがロンにささやいている。
「いいこと、忘れちゃだめよ。ロコモーター モルティスよ」
「わかってるったら。ガミガミ言うなよ」
 フェリシアは観客席を見渡した。特に気になったのは、先生方のいる観客席だ。注意深く見ていると、長い銀色のひげが目に飛び込んできた。
「ねえ、ダンブルドアが見に来てる」
「ダンブルドア!」
 ロンが弾んだ声をあげた。
「ダンブルドアがいるなら、スネイプは何もできっこないよ!」
 そのせいなのかどうか、選手が入場してきた時、スネイプは随分と機嫌が悪そうに見えた。
「さぁ、プレイ・ボールだ。アイタッ!」
 何事だろうと振り向くと、ロンの後ろにマルフォイが立っていた。いつものようにクラッブとゴイルを従えている。
「ああ、ごめん、ウィーズリー。気がつかなかったよ」

160109
prevnext
- ナノ -