結局、どの本にもフラメルの名前を見つけられないまま、クリスマス休暇になった。ハリーたちのように学校に残る生徒がいるからだろう、ホグワーツ特急は九月に乗ったときより幾らかすいていた。ハーマイオニーと二人で中ほどのコンパートメントに乗り込み、話し込んでいるうちにキングス・クロス駅だ。駅ではアンドロメダが待っていた。
「フェリシア!」
「ただいま、ママ」
「まだ家じゃないわよ、せっかちさん。……おかえり」
 アンドロメダはぎゅうぎゅうとフェリシアを抱き締め、頬にキスをする。ハーマイオニーが見ている前で恥ずかしさはあったが、それよりも嬉しさと懐かしさで胸がいっぱいだ。離れていたのはたった四ヶ月。手紙のやり取りもしていたはずなのに、変わらないにおいや暖かさに、心からホッとした。
「あら……お友だち?」アンドロメダが言った。
「うん、紹介するね。ハーマイオニー・グレンジャー、私と同じグリフィンドールでルームメイトなの」
「フェリシアと仲良くしてくれてありがとう、ハーマイオニー」
「い、いえ! 私の方こそ……!」
「この子、お寝坊さんだから毎朝迷惑をかけているんじゃないかしら」
「えっ、えーと……」
 ハーマイオニーがあたふたと手を動かしながら、珍しくもごもご言っている。フェリシアは内心ぎくりとして顔をそむけた。すると偶然──最悪の偶然だ──マルフォイ親子が視界に飛びこんできた。マルフォイ夫人がこちらを見ている。ふと、九月のホグワーツ特急の中でマルフォイが言っていたことを思い出した。あの時マルフォイは、「母上が君たち親子を気にしていた」と言ったのではなかったか。そのうちハーマイオニーの父親らしき人がやってきて、互いに軽い挨拶を交わして別れたが、フェリシアの頭の中はマルフォイ夫人のことで頭がいっぱいだった。
「さあ、私たちも家へ帰りましょう」
「あ、うん。どうやって帰るの?」
「地下鉄で漏れ鍋まで行って煙突飛行よ。今日はテッドがお休みを取れなかったから」
 マグル生まれのテッドのおかげで、フェリシアは大抵の魔法族よりもずっと多くマグル文化に触れて育った。だからマグルのお金もわかるし、地下鉄だって乗れる。今回はエステルがホグワーツに残っているので(まだハグリッドの世話になっているのだ)、地下鉄に乗ってもそれほど目立たないだろうし、取り立てて不都合はない。それでもフェリシアの顔が曇ったのは、煙突飛行の独特の感覚を思い出したからだった。
「家までタクシーじゃだめ?」
「駄目よ。煙突飛行が苦手なのはわかるけど、いい加減慣れないと。大人になっても床とキスしたくはないでしょう?」
 フェリシアは返す言葉もなく口を引き結んだ。


 夜にはテッドとドーラが帰って来て、二人はフェリシアをめいっぱい抱き締めた。特にテッドのハグは苦しいくらいで、背骨が折れるのではないかと不安になるくらいだった。
 夕食の時、フェリシアの顔をまじまじと見ていたドーラが言った。
「フェリシア、少し大人っぽくなった?」
「背が伸びたからそう見えるんじゃないのか?」
 テッドがそう言うと、ドーラはううんと唸って、それからニヤニヤと笑みを浮かべた。
「もしかして好きな男の子でもできた?」
「どうしてそうなるの。期待してるところ悪いけどいないよ」
「一人も?」
「一人も」
「つまんない」とドーラは口を尖らせた。
「ご期待に添えなくて悪うございました。そういうドーラこそ、いい人いないの?」
「ばか、いるわけないでしょ。まあ、キングズリーなんかはいい人だけど、あくまでも先輩としてだしね。そもそも毎日毎日訓練続きで、そんな余裕もないわよ」
「ふうん、つまんない」
「こら」
「嘘だよ、訓練お疲れさま」
「あら、ありがとう」
 二人してクスクス笑うと、テッドやアンドロメダも笑った。
「でも確かに、フェリシアは少し大人っぽくなった気がするわね」
 アンドロメダの言葉にドーラが「ほら、やっぱり!」と手を叩いたが、アンドロメダは悪戯っぽく笑って「ドーラの時もそうだったわよ」と言った。
「確かにね」とテッドも頷いた。
「この年頃の子はあっという間に成長するからね。ほんの数ヵ月会わない間に見違えて、驚かされるよ」
「ボーイフレンドを紹介される日も近いかもしれないわ」
 ドーラがまたニヤニヤと笑って言うと、テッドが何やら唸って、ごまかすように食事を再開した。その様子を見たアンドロメダがクスクス笑っても、素知らぬふりを貫いている。
「もうその話はいいって……」
「何言ってんの、あんた可愛いんだから、ボーイフレンドの一人や二人すぐできるでしょ」
「可愛くないし、二人もいたらだめじゃないかな」
「言葉の綾よ!」
 フェリシアは大げさに肩をすくめて、シチューを口に運んだ。顔をあげると、ドーラはまだフェリシアを見ていた。
「何?」
 見つめ返していると、瞬きをした隙にドーラの目がフェリシアと同じグレーに変わり、次いで髪の色も艶やかな黒に変わった。ドーラがフェリシアそっくりの顔をして幼いフェリシアをからかった時のことを思い出し、それから、つい最近知り合った男子生徒を思い出した。
「……そういえば、ドーラ」
「なあに?」
「ホグワーツにいるとき、私のことをよく話してたって本当?」
「なんで知ってるの?」
 ドーラが目を丸くした。
「確かに話したけど。でもそれ、ハッフルパフのテーブルか談話室でだけよ」
「ハッフルパフのセドリックに聞いたの」
「セドリック?」
「私と同じ黒髪にグレーの目の──」
「ああ、セドリック・ディゴリー?」
「そう。この前、図書館でちょっと話す機会があって」
「話しかけられたんでしょ? それ、きっと、私の妹がホグワーツにきたらよろしくって頼んだからだと思う」
「……頼んだ?」
「そうよ。真面目で面倒見よさそうだったし、フェリシアがハッフルパフだったら良いなと思ってたから」
 そう言ってドーラが髪をかきあげると、今度は美しいブロンドに変わった。しかし目の色はグレーのまま、フェリシアを眺めている。セドリックを思い出すその瞳を、まるで双子のウィーズリーのようにきらめかせて、ドーラは楽しげに笑った。
「セドリック、将来有望だと思うけど、どう?」
「……まだ一度話しただけなんだけど?」

151217
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