実況放送を務めるのは、フェリシアもよく知るリー・ジョーダンだ。
「さて、クアッフルはたちまちグリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソンが取りました──なんて素晴らしいチェイサーでしょう。その上かなり魅力的であります」
 フェリシアは思わずクスクス笑ったが、実況席ではすぐさま「ジョーダン!」とマクゴナガル先生の厳しい声が飛んだ。
「彼って、よくフレッドとジョージと一緒にいる人よね?」
「うん。たいてい三人で悪巧みしてる」
 フェリシアは頷きながらも競技場から目を逸らさずにいた。クアッフルの動きを見ているだけで精一杯で、スニッチなんてちっとも見えそうにない。フェリシアはグリフィンドールのチェイサーを見ることに集中した。ブラッジャーがケイティ・ベルにぶつかったのを見て思わず呻き声をあげ、双子のどちらかがねらい撃ちをかけたときにはガッツポーズを作り、アンジェリーナのゴールが決まったときにはほかの生徒と一緒になって歓声をあげた(グリフィンドールの先取点だ!)。
「ちょいと詰めてくれや」
「ハグリッド!」
 三人はギュッと詰めて、ハグリッドが座れるように場所を空けた。ハグリッドも首から大きな双眼鏡をぶら下げている。
「小屋から見ておったんだが、やっぱり観客の中で見るのとはまた違うんでな。スニッチはまだ現れんか、え?」
「まだだよ」とロンが答えた。
「今のところハリーはあんまりすることがないよ」
「トラブルに巻き込まれんようにしとるんだろうが。それだけでもええ」
 ハグリッドは双眼鏡を上に向け、豆粒のような点を見た。それがハリーだ。他の選手から離れて高いところを飛んでいるので、肉眼ではほとんど見えないのだ。
 今は、スリザリンのチェイサー、エイドリアン・ピュシーがクアッフルを持っている。ハラハラしながら見守っていると、リーが気づいた。「あれはスニッチか?」
 ピュシーは耳元を掠めていったスニッチに気をとられてクアッフルを落とし、観客席はざわめいた。ハリーとスリザリンのシーカーが急降下し、スニッチを追って大接戦になった。観客は息を呑み、選手までもが二人のシーカーを見守っている。今、ハリーがスパートをかけた──
「ああ!」
「反則だ!」
 スリザリンのマーカス・フリントがハリーの邪魔をして、グリフィンドール席から怒りの声がわきあがった。ハリーの箒ははじき出されてコースをはずれ、ハリーはかろうじて箒にしがみついている。
「最低!」
 マダム・フーチはフリントを厳重注意し、グリフィンドールにはフリー・シュートが与えられたが、スニッチは待ってくれない。フリー・シュートが終わる頃には、再びスニッチは見えなくなっていた。その間ディーンは大声で「退場だ! レッドカードだ!」と叫んでいて、珍しくロンが宥め役に回っていた。レッドカードってなんだろう。ハーマイオニーにこっそり訊くと、マグルのスポーツ──サッカー──で、悪質な反則をした選手に退場を言い渡すときに審判が掲げるカードのことだと教えてくれた。
 スリザリンの反則のせいで、リーの中継も中立を保つのが難しくなり、マクゴナガル先生のすごみのきいた声が響いていた。
「えーと、おおっぴらで不快なファールの後……」
「ジョーダン、いいかげんにしないと──」
「はい、はい、了解。フリントはグリフィンドールのシーカーを殺しそうになりました。誰にでもあり得るようなミスですね、きっと」
 試合は続行だ。クアッフルはグリフィンドールが持っていたが、飛んできたブラッジャーに邪魔されてパスが乱れ、スリザリンに取られてしまった。クアッフルを持ったフリントが物凄い勢いでゴール・ポストに向かっていく。フリントがクアッフルを投げた瞬間、ブラッジャーが顔にぶつかったが、スリザリンの得点が決まった。スリザリンは大歓声だ。反対に、グリフィンドールからは大きなため息が上がった。
「一体ハリーは何をしとるんだ」
 双眼鏡でハリーを見ていたハグリッドがブツブツ言った。
「ハリーがどうかしたの?」
「どうも動きがおかしいんだ。あれがハリーじゃなけりゃ、箒のコントロールを失ったんじゃないかと思うわな……しかしハリーに限ってそんなこたぁ……」
 そのときだった。上空でハリーの箒がグルグル回り始めたのだ。観客も気づき、一斉にハリーのほうを指さした。次の瞬間には箒は荒々しく揺れ、ハリーは片手だけでなんとか箒の柄にぶら下がっている。
「フリントがぶつかった時、どうかしちゃったのかな?」
 シェーマスが呟いた。
「まさか。オンボロの流れ星ならともかく、あれは新品の競技用の箒なんだよ」
「強力な闇の魔術以外、箒に悪さはできん。チビどもなんぞ、ニンバス2000には手出しできるはずがねぇ」
 ハグリッドの震えた声を聞くなり、ハーマイオニーはハグリッドの双眼鏡をひったくった。そして、ハグリッドが驚いているのも構わず一心に観客席の方を見回している。
「何してるんだよ」
「思った通りだわ。スネイプよ……見てごらんなさい」
 真っ青な顔をしたロンが双眼鏡をもぎ取って観客席を見た。
「まさか……スネイプが呪いをかけてるっていうの?」
「ええ、間違いないわ」ハーマイオニーが頷いた。
「僕たち、どうすりゃいいんだ?」
「私に任せて」
 ロンとフェリシアが次の言葉を言う前に、ハーマイオニーの姿は消えていた。
「私にも貸して」
「あっ、おい」
 フェリシアがロンから双眼鏡をもぎ取って向かい側の観客席に向けると、スネイプがハリーから目を離さず何かをブツブツ呟いているのが見えた。確かに呪いをかけているように見える。周りの先生方は気がついていないのだろうか。何気なく目線をずらしたフェリシアは、はっとした。スネイプの一つ後ろの列で、クィレルもハリーから目を離さずブツブツ呟いている!
「ねえ、見て──」
 フェリシアはロンの肩を叩いた。
「ああ、スネイプだってわかっただろ。返してくれよ」
 ロンは今にもハリーが落っこちてしまうのではないかと気が気でなく、フェリシアの声などほとんど耳を通り抜けていってしまっているようだった。フェリシアから双眼鏡をもぎ取ったロンは、すぐさま上空のハリーを見た。
「落ちちゃう!」
 ディーンが悲鳴のような声をあげた。まだ観客席を気にしていたフェリシアも、弾かれたようにハリーのほうを見上げる。箒の揺れは先ほどより激しさを増していて、ハリーは今にも振り落とされてしまいそうだった。双子のウィーズリーがハリーの下で輪を描くように飛んでいる。ハリーが落ちてきたら、二人でキャッチするつもりらしい。
「はやくしてくれ、ハーマイオニー」
 ロンが必死で呟く横で、フェリシアも祈るようにギュッと指を組んだ。ハグリッドも真っ青な顔をしている。
 突然、何事もなかったかのようにハリーの箒の震えがぴたりと止まった。ハリーが再び箒に跨がったのを見て、観客のほとんどが安堵のため息をついた。
「ネビル、もう見ても怖くないよ!」
 ハグリッドのジャケットに顔を埋めて泣きっぱなしだったネビルにロンが呼びかけると、ネビルは涙でぐちゃぐちゃの顔をあげた。
「ハリー、もう、大丈夫?」
「うん、大丈夫、大丈夫」
「二人ともはやく見て!」突然ロンが叫んだ。「ハリーが!」
 慌ててフェリシアとネビルが空を見ると、ハリーが急降下しているところだった。次の瞬間、ハリーはパチンと口を押さえた。四つん這いになって着地した──今にも吐きそうだ──金色の何かがハリーの手のひらに見えた。
「スニッチを取ったぞ!」
 ハリーが頭上高くスニッチを振りかざす。
 一瞬の沈黙のあと、グリフィンドールから歓声が起こった。最初は混乱していて控えめだったそれは、だんだん大きくなり、最後には割れんばかりの大歓声にかわった。フェリシアも思わずロンと手を取り合って喜んだ(「ハリーが取った!」「グリフィンドールが勝った!」)。
 二十分経ってもフリントは喚いていたが、知ったことじゃない。ハリーはルールを破っていないのだ。リー・ジョーダンは大喜びで、ずっと試合結果を叫び続けていた。
「グリフィンドール、一七〇対六〇で勝ちました!」

151210
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