背伸びをするなら明日から



◎ネームレスSS / 3周年スト公開前に書きました



 久しぶりに会ったレノさんは、私を見て「背が伸びたか?」と言った。
 せっかく私が、久しぶりにレノさんが帰って来て飛び回りたいほど嬉しいのを押し隠し、風に煽られボサボサになっていた髪を大急ぎで整え、はしゃいでいると思われないようお淑やかに微笑み──兎にも角にも子どもっぽく見られないように努めたというのに、よりにもよって「背が伸びたか?」である。レノさんはいったい私をいくつの子どもだと思っているんだろう!
 成長期はとっくに終わった。お酒が飲めるようになったのはルチルよりも少し先。レノさんと並んでいても、傍目にはそれほど歳の差を感じないくらいになった……はずなのに。
 もう! と口を尖らせたいのをぐっと堪えて、私は「そんなわけないでしょう」と笑って答えた。ここで拗ねてしまえば、ますます子どもっぽく思われる。

「そうか……。なんだか大人びたように見えたから」
「レノさんってば、いつまでも私をミチルくらいの子どもだと思ってるのね? 私、もう正真正銘の大人よ」
「……それもそうだな。すまない。服を草と土だらけにしながら、羊と遊んでいた印象が強くて」
「それって十五年以上も昔のことじゃない」
「昔か……」

 レノさんは少し困ったような顔をした。十五年を昔と言われて戸惑っているのだと察して、私も少し困ってしまう。
 正確な年齢を聞いたことはないけれど、レノさんが見た目よりもうんと長生きだということは知っていた。私が物心ついた頃からレノさんは変わっていない。きっとこれから十五年先も、レノさんは今と同じ姿をしている。十五年分しっかり歳を重ねた私がその前に立つことを想像すると、胸の奥がざわざわした。
 そうして歳を重ねていって、いつか「背が伸びたか」ではなく「背が縮んだか」と思われる日が来るんだろうか。それはちょっと嫌だな。……うそ、ちょっとじゃない。凄く嫌。
 私が急に気落ちしたことで、レノさんはますます困った顔をした。レノさんには、私が子ども扱いされてショックを受けているように見えているのかもしれない。そう見えるのも、もちろんレノさんを困らせるのも本意じゃないのに、どうすればこの空気を変えられるのかわからなかった。うまい言葉が見つからない。今は何を言っても、拗ねたような声になってしまいそうだ。
 なんとも言えない微妙な空気の中で、レノさんがおもむろに鞄へ手を伸ばした。出てきたのは四角い包みで、綺麗にラッピングされているものの黄色いリボンの端がちょっぴりよれている。
 しまった、とレノさんが呟いて、私は首を傾げた。

「羊に少しかじられたみたいだ。すまない」
「……それ、私に、ってこと?」
「ああ。街で偶然見かけたものなんだが、おまえにぴったりだと思って……。だが、今思えば、少し子どもっぽかったかもしれない」

 転げ回って羊と遊んでいる私を思い浮かべて選んだものなら、確かにそうなのかもしれないけれど──それでもよかった。レノさんが私のいないところでも、私を思い浮かべてくれたというなら、それだけで。
 緊張しながら受け取った包みは、大きさのわりにずしりと重い。

「開けてもいい?」
「どうぞ」

 丁寧にラッピングをはがせば、現れたのは絵本だった。表紙には丸っこい可愛らしい羊と小さな女の子が描かれている。ページを開くと、そよ風が前髪を揺らした。驚いてとっさに本を閉じ、目を疑った。
 表紙の羊が動いている!

「魔法使いが描いた絵本なんだ。すべてのページに、魔法がかかっているらしい」

 一人と一匹が雨上がりの小道を駆けていくページでは水溜りに波紋が広がり、仲良くピクニックを楽しむページでは美味しそうなにおいが食欲をそそり、花畑で並んでお昼寝をするページでは色とりどりの花びらが目の前に舞い上がる。

「凄い……凄い凄い! ありがとう、私、こんなに素敵な絵本を見るのは初めて!」
「……はは、どういたしまして。気に入ってもらえたなら、よかった」
「レノさんが選んでくれるものだったら、私、なんだって嬉しいのよ」

 控えめな笑みを浮かべたレノさんの目は優しくて、あたたかい色をしていた。その目に今の私は子どもっぽく、微笑ましく映っているかもしれなかったけれど、今だけは気にならない。それどころか、十五年先もその先も、今みたいに私を瞳に映してくれたらいいとさえ思った。

 いつか私だけがおばあちゃんになっても、どうか、どうか。



221117 / 221126
title by sprinklamp,
親愛なる朝寝さんへ捧げます.
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