その後の二人



 特に隠していたわけでもない元彼の存在がバレて半田がフリーズした日、話し合いの末、半田と付き合うことになった。……うーん、なぜだ。
 半田の言い分はこうである。

「俺と付き合っている間は他のヤツと付き合えないだろう!」

 一分の隙もない名案を思いついたとでもいうような、それはもう物凄く勝ち誇った顔だった。

「それはそうだけどもう少しよく考えな!?」
「よく考えたが?」
「う、嘘だあ……。半田は本当にそれでいいわけ?」
「いいと思ったから言っている」
「エッうーん、そう、そっかぁ……」

 という流れで見事に流されて交際に至った。……本当にこれでよかったのか?
 疑問は残るものの、私も半田のことは憎からず思っている……というか、まぁ、好きだ。さすがに「大きくなったらももちゃんと結婚する!」は子どもの頃の懐かし恥ずかしい思い出話の一つとして消化しているし、恋愛感情の好きなのかと訊かれると少し迷うけれど、付き合ってもいいかなと思えるくらいには好きである。重度のマザコンの半田とうまくやっていけるのは私くらいかもしれないとも思う。私もあけみさんが大好きなので。
 ただ、そうは言っても、『ロナルド様』が絡んだときの半田とはちょっと距離を置きたい。あれはもう明らかに異常。庇いようがない。
 それはさておき。
 私に交際を提案した半田は、本当に「俺と付き合っている間は他のヤツと付き合えない」ことだけが狙いだったようで、付き合い始めても特に何も変わらなかった。夜に電話をかけてくるのも、休みがあえばご飯に誘われるのも、付き合う前から変わらない。半田が非番の日、私が残業で遅くなると駅まで迎えに来てくれるのも。
 もしかして私たち、ずっと付き合ってた? なんて思うくらいには、変わらない。
 触れ合いが増えることもないけれど、昔から半田は私に遠慮がないというか、他意なく触れてくるヤツだった。つまり、元から距離が近い。手が触れ合ってドキドキするとか、そういう初々しい時期はとっくのとうに過ぎ去っている。具体的にいうと十四歳までに終わった。
 したがって、今ちょっと心臓がドキドキしているのは決して半田に肩を抱かれたからではない。先程ばったり出会した実は半田の知り合いだったらしい『ロナルド様』と半田のやりとりのせいだ。
 あけみさんがロナ戦と『ロナルド様』にどハマりしてからというもの、半田はロナルド様を異常なほど敵視していて、度々赤の他人のフリをしたくなるような奇行に走る。それが今まさに起こっていて、ロナルド様に対して半田がセロリを投げつけているのだ。
 いったいどこからセロリを取り出したんだろう、まさか持ち歩いていたの? 私の幼馴染兼恋人は生のセロリを常備しているってこと? ロナルド様に投げつけるために? あまりにも意味がわからないし、そもそもセロリは人に投げつけるものじゃない。
 ロナルド様はロナルド様で、セロリに対し奇声を発して暴れ回っていた。彼がセロリが苦手だというのは知っていたけれど(ロナ戦に書いてあった)、まさかここまでとは想像できるはずもない。目の前に広がるカオスに、今にも「ここに変質者がいます!」と通報されるのではないかとドキドキしてしまう。ここが新横浜という異様に変態慣れした街じゃなかったら、間違いなく通報されているところだろう。

「クソーッ! お前なんか、さっさと彼女に愛想尽かされろ!」
「バカめロナルド、名前の愛想は無尽蔵なのだと何度言えばわかる! 俺が名前に愛想を尽かされることなど絶ッ対に有り得ん!」

 ロナルド様の涙ながらの罵倒に、半田はドヤ顔で切り返して私の肩を抱きなおす。びっくりするほどのポジティブさに、私はむしろ震えた。
 愛想が無尽蔵って何。ていうか『何度言えば』って、もう何度も言ってんの? まだ付き合い始めて一ヶ月も経ってないのに。
 信頼してもらえていると喜ぶべきなのかもしれないけれど、正直現状にちょっと自信を失いかけている私にはプレッシャーが大きすぎる。

「その自信はどこから来てんだ、今の彼女どう見ても目が死んでんじゃねーか!」
「なんだと……!? それはお前の目の問題だ! 名前の目はいつもキラキラしているのを知らんのか」

 今度は何を言い出すんだと目を見開いた私を、意外にも半田は恐る恐るという表現が合いそうな仕草で見下ろしてくる。その顔はちょっぴり不安そうに歪んでいた。どうやら反射的に否定したものの、じわじわ不安になってしまったらしい。先日の『元彼バレ事件』が私の想像以上に堪えているのかもしれない。
「知るかよ今日が初対面なんだわ」というロナルド様のもっともなツッコミも耳に届いているのかいないのか、半田の視線は私に注がれ続けている。ぎゅっと眉を寄せて、ついでに肩を抱く腕にもぎゅっと力を込めて、何かを確かめようとするように私を見つめている半田は、やっぱりどこか子どものようだった。

「有り得んだろう……?」

 それは独り言のようでもあったけれど、私は思わず頷いていた。自信を失いかけていたことも忘れ、「今更嫌いにはなれないかな」なんて笑う。昔と比べて随分逞しくなった背中に手を回してぽんぽん叩くと、半田は鼻を鳴らした。

「天の邪鬼め」
「今悪口言われる場面だった?」
「これは悪口ではない」
「そーですか。……意外と半田って私のこと好きだったんだねぇ」
「意外……? 何を言っている。恋人というのは好きあっている者同士がなるものだろう」
「でもさ、アンタは私に他の人と付き合ってほしくないから付き合おうって言っただけでしょ?」
「『だけ』とはなんだ!? 好きじゃなければ言わんぞそんなこと」
「……マジ?」
「俺が好きでもない相手と付き合うような軽薄な男だとでも!?」

 好きは好きでも、家族愛的な好きかもしれない。半田自身、その区別がついていない可能性もある。しかし心外だと言わんばかりの半田の勢いに、私は「その『好き』ってどういう好き?」とは訊けなくなった。
 ロナルド様が「痴話喧嘩なら家でやれって!」と泣きながら吠えている。半田がまたセロリを掲げると、およそ人間とは思えない奇声を発してのたうち回った。……ずっと何か既視感あると思っていたけれど、コレあれだ、悪魔祓い。洋画とかで見たことある。
 これ以上はロナルド様の精神が崩壊しかねないので半田にストップをかけると、半田は親の仇を見るような顔になりロナルド様へ槍投げの勢いでセロリを投げつけた。だからやめなさいって。

220911 / 220924
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