知る由もないこと




◎夢主死後/原作本編の時間軸



 服は黒、小物類は紫。リディが選ぶものはたいていそんな色だった。
 とはいえ、僕がなんとなく明るい色のものを見繕ってしまっても決して嫌な顔はしない。むしろ嬉しそうにしていた……と、思う。
 それでもあの子が自分で選ぶのは、決まって落ち着いた色だった。たぶん明るい色は嫌いではなくても、落ち着いた色のほうが好みだったのだろう。
 花が綻ぶみたいに笑う子だから、もっと明るく軽やかな色も似合うだろうに──そう思わないでもなかったが、僕がそれを口に出したことはなかった。好みは人それぞれだし、どんな色を選ぼうとリディの自由だからだ。
 第一、リディの私物について僕が口を出そうというのが根本的に間違っている。それにもし、あの子が喪に服して黒を基調とした装いを選んでいるとしたら、なおさら僕がとやかく言えるようなことではない。



 リディが家族の元へ旅立ってからもう随分経つのに、不思議なもので、店に並んだ雑貨の中にあの子の好きそうなものがあると、今でもつい目が留まる。あの黒っぽい髪留めなんかは、いかにもリディ好みだろう。その隣の、淡い菫色のものも。あれくらい淡い色なら、あの子の雰囲気にも似合っている。
 帰り際、レノックスが口を開いた。

「何も買われなくてよろしかったのですか?」

 熱心に見ていらしたので、と彼は続ける。
 それほど熱心に見ていたつもりもなかったが、レノがそう言うのであれば、賢者と子どもたちの付き添いでやって来ただけにしては、些か見つめすぎていたのかもしれない。

「僕が欲しかったわけじゃない」

 答えてから、これでは僕の知り合いの誰かが欲しがっているような口ぶりだと思い至る。相手はよく気がつくレノだ。余計な気を回させてはまずい。

「昔の同居人が好きそうだと思って、少し見ていただけだよ」

 そう付け加えると、レノはゆっくり瞬きをした。

「同居人というと……例の」

 かつて勝手に彼の名前を使わせてもらったということもあり、すでにレノには、リディのことを少しだけ話してあった。

「リディはああいう色が好きだったから」
「ああいう色……黒ですか?」
「紫もだ」

「紫……」とレノは繰り返した。
 不意に、その表情が柔らかくなる。こちらに向けられた目は、まるで微笑ましいものを見るそれだ。

「……なんだ、その顔は」
「いえ……以前お話を聞かせて頂いたときにも思いましたが、リディは本当にファウスト様のことを慕っていたんだなと」
「今の流れでどうしてそうなる」
「紫といえば、ファウスト様の瞳の色ですから」

 僕はただ呆気に取られた。
 そんなまさか。紫が僕の瞳の色だから、なんだというのか。単に、あの子の好きな色が偶然紫だっただけのことだろう。
 そう言い返したい一方で、あの子が遺した言葉を思い返すと反論が喉元で二の足を踏む。
 リディと一緒に暮らしていたのは僕のほうで、レノはリディと会ったこともない。それでもレノには──レノならば、僕にはわからないリディのことがわかるのかもしれない。
 あの子の好きな色。僕の瞳の色。偶然の一致か、それとも。

「……考えてもみなかった」

 ぽつりとこぼした僕に、レノは静かな笑みを見せた。

「きっとリディには、それでよかったんじゃないかと思います」


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