メグから次の便りがあるとすれば、それはきっと早くて半年後くらいだろう。
なんとなくそう考えていたから、絵ハガキが届いて一週間後、キバナは目を疑った。たった今ポケモンセンターから出ていったトレーナーは、メグではなかったか?
……いや、メグがナックルシティにいるはずがない。そんな話は聞いていない。
とはいえ、メグが帰ってくるときはいつも唐突だし──他人の空似にしては、あまりに似すぎている。
気がついたときにはその背中を追って駆け出していた。
メグと思しき女の方は、呑気にゆったり歩いている。キバナの足なら、然程走らなくともすぐに追いつける距離だ。あっという間に追い抜いて、キバナはその顔を覗き込んだ。
「おい!」
ぎょっとして身を引いたその女の顔は、やはりメグと瓜二つだ。とっさに腰のモンスターボールに伸ばされた華奢な手を、キバナは反射的に掴んだ。
警戒の色を浮かべた目がキバナの顔を見据える。
「メグだろ」
ぱちぱちと瞬きをする音が聞こえるような気がした。
「びっ、くりした……キバナじゃん、久しぶり」
「びっくりしたのはこっちだわ! なんでここに…いや、そもそもいつ帰ってきた?」
「えっとー、一昨日の夜?」
「昨日は時差ボケで何もできなくて」と笑いながらしっかりとキバナに向き直ったメグは、キバナが覚えているよりもほんのり小麦色の肌をしていた。どのくらい滞在していたのか知らないが、アローラの気候のおかげでいくらか日焼けしたらしい。
メグは自身の腕を掴んだままのキバナの手をやんわり引き剥がすと、そのまま通りの端のほうへキバナを引っ張っていこうとする。確かに往来のど真ん中で話し込むわけにもいくまいと、キバナは大人しくそれに従った。
普段であれば、ジムリーダーであるキバナに挨拶やら応援やら声をかけていく者が少なくないが、今ばかりは誰一人としてキバナに声をかけなかった。ただ視線だけが雄弁で、誰も彼もがメグを気にしている。
それに気づいているのかいないのか、メグはへらりと笑って「びっくりしたけどちょうど良かった」と言葉を継いだ。
「今日、キバナのとこ行こうと思ってたんだ」
「あのなぁ、キバナさまは暇じゃねーの。帰って来るなら前もって連絡入れとけよ。予定空けられねーだろうが」
「いや、忙しいなら別に無理して予定空けてくれなくても良いんだけど……それはそれとして、連絡したでしょ、私」
キバナは眉をひそめた。
あの絵ハガキ以降、メグからの連絡は電話の一本、メールの一通も、ない。
「誰と勘違いしてる?」
「ええ? ……まさか、絵ハガキ届かなかった?」
「……ナントカ火山のなら届いた」
「そう、それ、ヴェラ火山公園! それに、もうすぐ帰るって書いた」
「はぁ? 『暑かった』しか書いてなかっただろ」
「……えー?」
「おい」
「ごめーん」
呆れるような、腹立たしいような。
キバナは大きな溜息をついて、メグを小突いた。
「バカだろお前」
「私もそう思う〜」
わざとらしく「あっはっは」と声に出して笑ったメグは、「サプライズにしようとしたのかなあ」と呟いた。他人事みたいに言うな。
「お前なぁ…頭大丈夫かよ」
「大丈夫だけど呆れて言葉も出ないよね」
「こっちのセリフだろそれ……」
メグは気恥ずかしそうにするでもなく、可笑しそうに笑っている。挙げ句に「まぁサプライズとしては成功だったよね!」とまで言い出したから、キバナは小言を言う気も失せてしまった。
「どこまでポジティブなんだよお前」
「それでこそ私でしょーよ」
「そこは否定はしねーけど」
昔からどこか抜けたところのあるメグだが、うっかり失敗してもそれでくよくよすることはあまりない。良くも悪くも楽天家。長所には違いないのだが、そんなところに長年振り回されてきたキバナとしては、素直に褒めてやることもできない。
……というか。
「自分が書いた一言くらい覚えとけって」
「ごめんってば」
昔はもっと酷いうっかりやだったことを踏まえれば、いくらかマシになっているとは思う。しかし、メグの両親はよくこんな娘の一人旅を許可したものだなと嘆息せずにはいられない。いかにもメグの両親らしい楽天的な二人なので、二つ返事で送り出したのだろうと想像はつくのだが。
キバナはメグの頭にこつんと手刀を入れ、それから改めてまじまじとメグを見た。
日に焼けた。髪が伸びた。少し痩せたかもしれない。服の系統も変わった気がする。それでも、笑い方だけは昔と変わらない。
「……やっぱメグはメグだよなぁ」
「えっ急になに?」
「いや、なんとなく……。そういやまだ言ってなかったな、おかえり」
「……うん。ただいま!」
にっと笑うその顔は、ジムチャレンジの後にみんなで撮った記念写真を彷彿とさせる。
「ふふ、『帰ってきた!』って感じがする」
「今?」
「今! いつもそうなんだけど、『あー私ガラルに帰ってきたんだなぁ』って実感するのはキバナと会うときなんだよね」
「……そーかよ」
「お? 照れた?」
「なわけねーだろ」
「そっかそっか」
含みのある笑い方に、キバナは再び手刀を振り下ろした。笑いながら避けられて、ますますむっとする。
文句でも言おうかと口を開きかけたとき、メグがハッとしたように表情を変えた。
「そういえばキバナ、時間大丈夫?」
「あ?」
「忙しいんでしょ」
「あー……うん、まぁ、そうだな」
「長話しちゃってごめんね! ここで会えて良かった。私のことはいいから早く戻りなよ」
「お、おー…」
ほらほらと急かすように背を押されてしまえば、キバナには立ち去らない理由が見つからない。もともと、キバナは休憩を終えてジムに戻る途中だった。その道すがらメグを見つけた。引き止めたのはキバナのほうで、メグが謝る道理もない。
会えて良かったのはこっちも同じだとも言えずに、キバナは「じゃ、そろそろ行くわ」と片手を上げた。
「いってらっしゃーい。仕事頑張れー」
「おー、さんきゅ」
ひらひらと手を振ったメグに手を振り返し、キバナは緩みそうな口元を隠すように背を向けた。メグは見送ってくれるつもりなのか、立ち去る気配はない。
悪戯っぽい顔をしたスマホロトムが飛び出してきて、時間を表示したディスプレイを見せつけた。本来戻らなければいけない時間をとっくに過ぎている。急いで戻ってもジムトレーナーたちに小言を言われるのは間違いない──キバナはジムへ向かいかけた足を止め、メグを振り返った。
「夜」
「うん?」
「予定空いてんなら、メシ行こーぜ」
「行く!」
「店はどうする? オレが決めていいか?」
「うん、キバナに任せる。私、今のナックルシティ全然わかんないから」
「じゃあ19時にスタジアム前のポケセンで待ち合わせな」
「はーい。楽しみ〜」
上機嫌なメグにもう一度手を振って、キバナは今度こそジムへ向かった。
店をいくつか脳内にリストアップしながら、ふとスマホロトムに目をやる。ロトムはキバナの頭の上をふわふわしながらついて来ていたが、目が合うと妙ににやついた顔をして目の前に躍り出た。そのままからかうように目の前でくるくる回るので、キバナはひっつかんで、ポケットの中に突っ込んでやった。