想起回る



 ──今年の新入生の中に、イレイザーヘッドもとい相澤消太の妹がいるらしい。
 そんな話を最初にミッドナイトが聞いたのは、ヒーロー科の合格通知が各受験生の元へ発送された後のことだった。“らしい”という推定のかたちではあったものの、その情報源はプレゼント・マイクである。限りなく断定に近い。

 なんでも、マイクは、実技試験で演習場を駆けまわる受験生の中に相澤妹と瓜二つの女子生徒を見かけたのだという。相澤と同期のマイクは相澤妹ともかねてから面識があり、兄のような気持ちで長年陰ながらその成長を見守ってきたが、雄英のヒーロー科を受験するという話はまったく聞いていなかった。驚いてその受験生の名前を確認したところ、名前は相澤妹と同じだが名字が違い、ますます驚く羽目になった──というのが、マイクの話のあらましである。

「家庭問題ってやっぱ突っ込みづらくて」

 真相は闇の中、と芝居がかった口調でマイクはぼやく。しかし、そもそもミッドナイトは相澤にそんなにも年の離れた妹がいるということ自体初耳だ。「知ってた?」と13号に話を振れば、13号は首を横に振って答えた。

「いえ、初耳です……」
「そうよねぇ。ていうか、あんたも相澤くんももう三十路超えてるでしょ? それで中学生の妹がいるってびっくりなんだけど」
「十五歳差はなかなか珍しいですよね」
「その辺もちょーっと複雑な事情があるっぽいんだなこれが……ヤベッ、これ以上はノーコメント!」

 職員室に相澤が戻って来たことで、マイクは慌てて口を噤む。ミッドナイトと13号も一度顔を見合わせ──13号の表情は相変わらず見えないのだが──立ち話を切り上げた。

 
 “新入生の中に妹がいるらしい”という曖昧な話が、“いる”へと変わったのはさらにその少し後のことだ。
 合格者の入学手続きが済んだ頃になって、校長直々に説明があったのだ。
 新入生の護藤守璃は相澤家の養い子であるということ。しかし諸事情で養子縁組の手続きが滞っているため、戸籍上は護藤姓のままであり、各手続きは護藤姓で進めているということ。同僚の身内ということが多少なりとも採点へ影響しないよう、入試時点では敢えて情報を伏せていたのだということ。
 マイクは相澤妹が養子であることは知っていたものの、手続きが云々といった込み入った事情までは当然知らず、基本的に相澤妹が相澤姓を名乗って生活していたということもあって、少女の本来の名字を目にしたのは今回の件が初めてだったらしい。驚くのも無理はないといえる。
 しかし、真相が明るみに出て良かったと軽口を叩く間もなく、校長に代わって今度は相澤が説明を始めた。いわく、護藤守璃には“個性”の暴走癖があるということ。
 もちろんこれについては受験の際に提出された書類にも記載があり、ミッドナイトも目にしていた。既に克服し医者やカウンセラーのお墨付きも出ているとされており、実技試験中にも特に問題は見受けられなかったためすっかり忘れかけていたが、エクトプラズムやスナイプが問題視していたはずである。
 “個性”の暴走と一言でいっても、実際には様々なケースがある。
 たとえば、“個性”が発現したての幼い子どもに起こりがちな暴走。“個性”の系統にもよるが、発現間もない頃はどうしても“個性”の暴発が起こりやすい。しかし、このケースでは、成長するにつれて鎮静するのが一般的だ。つかまり立ちをするようになった赤ん坊が少しずつ歩けるようになっていくのと同じように、自然と“個性”が体に馴染み、その扱いに心身が慣れていくからである。
 ところが稀に、体質的に“個性”と体が上手く馴染まない者がいる。この場合は、“個性”や年齢に関わらず日常的に“個性”の暴発を起こしやすく、成長による改善はほとんど見込めない。日常生活に支障をきたすほどであれば、サポートアイテムなどによって抑制しながら生活していくことになる。
 護藤守璃の場合は、そのどちらとも異なり、最も“個性”が不安定な年頃に受けた精神的なショックから“個性”暴走が慢性化したものだということだった。心因性のものであるため、サポートアイテムで抑えるのが難しいタイプといえる。過去に何度か警察の世話になっていて、最後の暴走は中二の秋。一年と少し前だ。
 手元の資料をぱらぱらと捲りながら、校長は「尤も、そんなに大きな問題ではないと思っているけどね」と朗らかに言う。「“個性”の件をずっと見守ってきたイレイザーヘッドが受験を許したくらいだ」

「ただ、皆にも事情を把握しておいてほしいのさ。試験の結果は皆も知っての通り文句なしの合格点、将来性のあるヒーローの卵だ。ここで挫けてほしくはない」
「しかし……なんらかの対策は講じておかねばならないでしょう。万が一暴走が起こって大きな騒ぎになれば、場合によっては他の生徒の保護者から苦情が入りかねない」
「ああ、それはもちろんさ! 彼女自身を守るためにも、その辺りはしっかり詰めておかないとね」

□□□

 護藤守璃の“個性”暴走癖に対する策として、話し合いの結果、相澤が受け持つ予定のA組に守璃を入れることで話がまとまった。
 身内が担任というのは如何なものかと、ブラドキングが受け持つB組に入れるべきだという意見も少なくはなかったが、“個性”トラブルに関してブラドキングと相澤を比較すれば、軍配が上がるのはやはり相澤の方だった。相澤が既に守璃の“個性”について熟知している、ということも大きい。さらに守璃の“個性”暴走が心因性のものであることから、守璃の性格を把握しているという点、守璃が相澤を信頼している点──これはマイクが証言した──も重要視された。

 話がまとまったところで、ミッドナイトはまた新たな噂を耳にした。言うまでもなく、発信源はまたもプレゼント・マイクである。
 マイクいわく、“相澤は妹をたいそう可愛がっていて“、“相澤妹はブラコン気味のお兄ちゃんっ子である”云々。

「え〜それホント? 誇張してない?」

 ミッドナイトが知っている相澤は昔から合理性に煩く、合理的でないものが嫌いな男だ。決して情がないわけではないが、感情で動くことはまずない。人間関係も淡白で、おそらく友人は多くはないし、浮いた話もほとんど聞いたことがなく、相澤が特定の人物に入れ込む様など全く想像がつかなかった。
 それに、外見に頓着しない相澤は、お世辞にも思春期の女の子がなつきそうな風貌をしているとは言えない。ましてや実妹ではないという話だから、どちらかといえば、「髪切ってヒゲ剃るまでアタシに近寄らないでください!」などと言われている様子を思い浮かべるほうが容易いように思えた。

「それが意外とそーでもないっつーか!」
「悪いけど想像つかないわ」
「相澤先輩って基本的に態度が一貫してますしね」
「一緒にショッピングモールに行ったり、頭撫でたりするんだぜ? あのイレイザーが!」

 これを可愛がっていると言わずしてなんと言うのか、とマイクが力説する。

「守璃ちゃんもイレイザーのことお兄ちゃんとか呼んでベッタリ!」
「それ、いつの話?」
「守璃ちゃんが小学生の頃の話」
「情報が古くてあてにならないんだけど!」

 大人になってしまうと小学生も中学生も一括りに“子ども”と呼んでしまいがちだが、実際にはだいぶ違う。中学生なんて思春期真っ盛り、あるいは反抗期の真っ只中の多感な年頃だ。ミッドナイトのツッコミに、マイクは「でも」と言葉を返した。

「今も守璃ちゃんからの連絡にはマメに返信してるみたいだし、守璃ちゃんが反抗期って話も聞かねーし」
「なんで他人の返信頻度知ってるのよ……覗き見?」
「ノット覗き見! 画面が見えただけ!」
「結局見てるんじゃない」

 ミッドナイトが呆れて言えば、マイクは「人聞きが悪い! 風評被害!」と嘆いて見せた。サングラスの下の悲痛な表情はあくまでもふり(・・)である。
 13号が小さく笑って、「そもそも、」と口を挟んだ。

「妹さん、どんな子なんです? 入試で見た限りでは素直そうな印象ですけど」
「Yeah, 素直な良い子だぜ! ちょっと控えめなシャイガールだけどな!」
「それも小学生の頃の話?」
「こっちは一応中学生になってからの話も込みで!」

 マイクはそう言って親指を立てたが、相澤が職員室に戻ってくると、いつかのようにぴたりと口を閉ざした。面白おかしく話してはいるものの、本人に聞かれるのはあまり宜しくないらしい。たしかに、マイクほど付き合いが長くはないミッドナイトでも「適当なことを言うな」と相澤が怒る様子が目に浮かんだ。それこそ、中学生の妹を可愛がる様子よりもずっと簡単に想像できる。
 ミッドナイトは自分のデスクに向き直り、相澤の顔を改めて眺めた。──やはり、中学生の妹を可愛がってなつかれている相澤というのは、想像するのが難しい。

「……なんです? 俺の顔になんかついてますか」
「別にー?」

 入学式まではあと一週間もない。マイクの話の真偽も直にわかるだろう。

□□□

「失礼します、1-A護藤です。相澤先生いますか」

 と、職員室に入ってきた女子生徒に答えたのはマイクだった。
 1年A組の護藤といえば、入学前から散々名前のあがったあの子しかいない。好奇心を擽られたミッドナイトは、顔をあげてその様子を伺った。

「イレイザーなら今席外してるぜ」
「そうなんですか……。じゃあこれ、にい……相澤先生に渡してもらってもいいですか?」
「オーケーオーケー……エッ、もしかしてお弁当?」

 マイクの素っ頓狂な声は職員室によく響いた。耳をそばたてずとも会話は自然と聞こえてくる。
 
「最近あいつちゃんと昼飯食ってるわ、しかも弁当持参だわで珍しいと思ったら守璃ちゃんの手作りだったのかよ! 羨ましいじゃねーか!」
「ちょっと声のボリューム下げてください!?」

 守璃が慌てたように周りを見回した。人に聞かれるのはまずいと思ったのだろう。実際のところ、教職員はともかくとしても、事情を知らない者が聞けば誤解しかねない物言いには違いない。噂好きの生徒の耳に入ろうものなら、瞬く間に学年中、学校中に広まってしまうだろう。
 幸いなことに、今職員室にいる生徒は守璃一人だった。そう気づいた守璃が、ほっとしたように表情を和らげる。
 しかし、その様子を見つめていたミッドナイトと目が合うと、ぴたりと身動きを止めた。
 なるほど、確かに素直そうな子だ。ミッドナイトは静かに微笑んだ。

「噂の妹ちゃんね?」
「う、噂とは……?」
「うふふ、ヒミツ」

181104 / title::ユリ柩
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