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「よーうイレイザー! こんなところにお前がいるなんて珍しいな…ってエッちょっ待てなにその子ぐふッ」

 喧しい金髪の男の腹に一発叩き込みながら、厄介な奴に見つかったものだと相澤は歯噛みした。プレゼント・マイクこと山田ひざし、相澤と同期のプロヒーローである。
 どうやらオフのようで、いつもなら聳え立つような奇抜なスタイルにセットされている金髪も、今日は頭の後ろで一つに括られている。ただし、サングラスは外していない。そのお陰で柄の悪い輩のようにも見える。
 守璃が瞬時に相澤の脚にしがみついて後ろに隠れたのも、マイクのその見た目に問題があるのかもしれなかった。

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 マイクの言う“こんなところ”――すなわちショッピングモールに、相澤が守璃を連れてわざわざやって来たのには理由がある。
 守璃に人混みを克服させることだ。
 幼い頃に事件に巻き込まれたのが多くの買い物客で賑わうデパートだった為か、守璃は人混みに入るのを怖がる節があった。その辺りのケアは施設のカウンセラーに任せていたこともあってなかなか相澤は気がつかなかったのだが、未だに――たとえば養母と二人で買い物に出掛けたときなど――人混みを前にすると青い顔をするらしい。
 守璃ももうすぐ八歳になる。いつまでも相澤が付き添えるわけではないから、そろそろしっかりと克服させてやらなければいけない。
 守璃を案じた両親は、相澤も知らぬ間に二人で話し合い、相澤に任せるのが最も確実で最も安心だという結論に至ったらしい。日頃人の多いところにあまり行きたがらない守璃も、相澤が一緒なら出掛けるだろうと考えたようだ。事実こうして守璃をショッピングモールまで連れ出すことに成功しているのだから、両親の出した結論は正しかったと言うべきだろう。

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 それにしても、よりにもよってこの男に見つかるとはついていない。
 大袈裟だったリアクションのわりには大してダメージも受けていないようなマイクは、じっと守璃を見下ろしていた。といっても、おそらく守璃のつむじしか見えていないだろう。守璃は相澤の後ろに隠れたまま、少しも出てこようとしない。
 ぽりぽりと頭を掻いた相澤が声をかけようとした時、先にマイクの方が口を開いた。

「オイオイ…その歳の差はどう考えても犯罪だぜ…?」
「何を言うかと思えば……。お前が何を考えてるかは聞きたくもねえが、とりあえず人聞きの悪いことを言うのはやめろ」
「だってお前が子ども連れてるなんてオカシイだろ!? どーゆー関係!?」
「妹だ」
「妹ォ!!?」
「いちいち煩えな」
「いやいやお前にそんな小っさい妹いるとか初耳だっつの!! つーか歳の差スゲーな少なく見ても十以上はあんだろ!?」
「十五あるな」
「十五ォ!?」
「騒ぐな」

 マイクが叫ぶ度に守璃がびくりとする。場所も場所だ。声量を下げてほしいところだが、マイクにしては既に控えめな声量なのかもしれなかった。
 近くを通り過ぎる人がちらちらと視線を寄越してくる。黒ずくめの男とサングラスをかけた柄の悪い男と怯えた様子の少女が何か騒いでいれば、そりゃあ注目も集まるというものだ。

「わかったらほっとけ。じゃあな」

 さっさと別れるが吉かと、相澤が守璃を連れてその場を離れようとすれば、「まぁ待てって!」とマイクは後をついて来た。足元から小さな悲鳴が聞こえたのはおそらく気のせいではない。
 このままでは、もっとまずいことにもなりかねない。
 渋々足を止めた相澤は、ひとまずマイクを無視して守璃の前にしゃがみこんだ。

「落ち着け、守璃。コイツは変な奴だが悪い奴ではない。はずだ」
「ハズってなんだよ断言しろよ! えーと、守璃ちゃん? ハジメマシテー!」
「……は……はじめまして……」
「おっ、ちゃんと挨拶できてエライな! プレゼント・マイクってヒーロー知ってっか? それが俺だ! そんで、守璃ちゃんのお兄ちゃんの友達! つまりアヤシイやつじゃない、オーケー?」

 マイクが言葉を重ねるごとに守璃は怪訝な顔になっていく。
 沈黙の後に「ほんとにお兄ちゃんのしりあい……?」と相澤を見上げた顔にはしかめ面で、これ以上ないほど訝しげな目をしていた。
 もともと守璃はあまり人懐こい方ではないが、かといって、ここまではっきりと警戒していることも珍しい。よほどマイクの風貌が怪しく見えたのだろう。あるいは、幼いながらに相澤とマイクの性格が真逆であることを見抜いて不審に思ったのかもしれない。

「俺のことイレイザーって呼んでたろ」

 相澤がそう言うと、守璃は少しの間考え込んだ。ややあってマイクの第一声を思い出したのか、ハッとした顔になる。

「そっか」
「ヒーローなのも本当だから、怖がらなくていい」
「……こわがっては、ないもん」
「そーか」

 丸い頭を撫でて、相澤は立ち上がった。相澤の知り合いということに納得した為か、今度は守璃が脚にひっついてくることはない。
 一息ついてマイクの様子を見ると、マイクは奇妙なものを見る目で相澤を凝視していた。

「なんか……気持ち悪ィな」
「あ?」

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 どういうつもりなのか、マイクはずっと相澤たちについてきた。自分の買い物があるのではないかと尋ねれば、それはもう済んだから大丈夫なのだと言う。それならさっさと帰れば良いものを。
 相澤が無視をしてもしなくても、マイクは勝手についてくる。子供服売り場のマネキンを指差して守璃に服を買うならそれが似合うだとか、おもちゃ売り場の一角を指差してこのくらいの女の子が好きなのはあれだろうだとか、煩いことこの上ない。挙げ句、クレープでも食べようと突然言い出してフードコートへ誘導し始めた。相澤は何度困り顔の守璃の頭を撫でてやったか知れない。
 結局守璃はマイクの奢りとなったクレープをちまちまと食べている。フードコートは混みあっているが、騒がしいマイクの方が気にかかって、ちょうどいい具合に守璃の気が紛れているようだった。しかしそれでも、相澤の側は少しも離れようとしない。
 そんな守璃と、守璃の様子を注意深く見守る相澤とをまじまじと眺めたマイクが、軽い口調で呟いた。

「にしても似てねーなァ」

 マイクにしてみれば、何気ないからかいの言葉だったのだろう。しかし、守璃にはそう思えなかったようだった。
 守璃がクレープを食べるのを止めて顔を上げる。眉はハの字に下がっていた。相澤が何か言う前に、「あの……」と控えめな声がする。

「にてないのはしょうがなくて……わたし、養子だから……ほんとの妹じゃないんです……」

 予想外だったのだろう、さすがのマイクもこれには一瞬言葉に詰まった。

「……ゴ、ゴメンな!」
「子どもに何言わせてんだ」
「だから悪かったって!! まさかそーゆー感じだとは思わなかった!! そーだお詫びになんかプレゼントしちゃうぜ、何がいい!?」

 悄気た様子の守璃を見ながら、マイクが矢継ぎ早に言葉を継ぐ。守璃は困惑顔のまま、相澤とマイクを交互に見上げた。

「……知らないひとからものをもらっちゃだめって、かあさんに言われてるので……」
「エッ」
「おまえ、もうクレープ買ってもらって食ってるだろ」
「これはお兄ちゃんが『いい』って言ったからだいじょうぶかなって」
「てか俺まだ知らない人枠なのね……」

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「改めて自己紹介しよう! 俺はプレゼント・マイク、本名山田ひざし、好きなものはラジオとテレビ! イレイザーとは高校時代から仲良しだぜ!」

 仕切り直しだとばかりに、大袈裟な身ぶり手振りを交えてマイクが言う。学生時代から変わらないハイテンションだ。
 一方で、守璃はやや強張った表情を浮かべ、気だるげな相澤に身を寄せた。
 
「別に仲良かねえだろ」
「……そうなの?」
「オニーチャンはちょっと黙っててくんない!? 守璃ちゃん、ウソじゃないからな! 信じて!」
「じゃあ、ショウコはありますか……?」
「証拠!? そうだなァ……イレイザーヘッドってヒーロー名は俺が考えたんだぜ!」
「……お兄ちゃん、ほんと?」
「あぁ、それは本当だな」
「そうなんだ……またウソかと思った」
「初めからウソは言ってねーよ!?」
「だってなんか……うさんくさくて……」
「シヴィー!!」

 この二人、傍目から見ていると温度差がサウジアラビアとロシアくらいあるように見える。
「こりゃアレだな!! まごうことなきお前の妹って感じだ!!」とマイクが笑い出すと、いよいよどうしていいかわからないと言いたげに守璃が相澤を見上げた。

「……マイク、気は済んだか」
「次、守璃ちゃん自己紹介いってみよ!」
「無視かよ。……守璃、自己紹介してやれ」
「えっ! えっと……相澤守璃です。小学二年生で、すきなものは……ねこ」
「Uh huh 猫ね! カワイイよな!」
「うん」
「よし! これで知らない人じゃなくなったな!」
「え……そうなのかな」
「そうですねって言っとけ。じゃねえとコイツずっとめんどくせえぞ」
「わかった。そうですね」
「素直ー!」


 すっかり打ち解ける――といえるほどまでには到底及ばなかったが、話をしているうちに幾らか守璃の警戒も解けて、表情の強張りも取れていった。
 しかし、おもちゃ売り場まで連れてきたマイクが好きなものを選ぶように言うと、守璃はまた困った顔をした。

「オニーチャンの許可も出てるし、遠慮しなくていいんだぜー」
「ううん、そうじゃなくて……」

 守璃はきょろきょろと辺りを見回して、相澤を見、マイクを見る。もう一度相澤を見た後で、守璃はおずおずと、出会ってから初めて自分からマイクに寄っていった。

「おっ、どうした?」

 マイクがどこか嬉しそうにしゃがみこんで、守璃に目線を合わせる。すると守璃は内緒話をするように、マイクの耳元に手と口を寄せた。

「あの…………イレイザーヘッドのグッズとかは、ないのかな」
「ンッ……ど、どーだろな〜……イレイザーヘッドか〜……イレイザーなァ……」

 ちらりとマイクが相澤を見上げた。口がパクパクと動く。
 ――イレイザーヘッドのグッズってあるっけ?
 守璃との会話は全て相澤にまで丸聞こえなのだが、相澤は聞こえていない振りを決めこみ、マイクの無言のヘルプをばっさりと切り捨てた。ちなみに、そんなものあるわけがない。
 マイクが情けなく呻いた。

「た、たぶんねぇと思うな〜」
「やっぱり……。じゃあ、いつになったら買えるかな」
「Hmm……イレイザーヘッドがもっと有名になったら買えるかもな、ウン」
「そっか……じゃあずっとむりだね」
「急に辛辣」
「ほんとは有名になってほしいけど、お兄ちゃんは有名になっちゃうとおしごとにシショウがでるってとうさんが言ってたから、あきらめたの」
「……なんつーか、守璃ちゃんはオトナだな!」
「わっ」

 マイクが豪快に守璃の頭を撫でる。子どもの細い髪はすぐにぐしゃぐしゃになって、守璃が口を尖らせながら頭をおさえた。
 見かねた相澤が、手櫛で簡単に整えてやる。

「欲しいもん決まったか?」
「んー」

 丸い大きな目がきょろりと動いた。ぬいぐるみの積み上げられた棚と棚を行ったりきたりする。
 その間に、マイクがこそこそと寄ってきて囁いた(しかしそうはいっても決して小声ではない)。

「おまえが子どもに懐かれてるってスゲーな。どれくらいかかった?」
「どれくらいって――」

 はて、どれくらいだろうか。
 こうして思い返してみれば、相澤には守璃の扱いに手こずった記憶が全くない。守璃はこの通り素直だし、施設に様子を見に行った初日の時点で、既に守璃は自分から相澤に寄ってくる子どもだったような気がする。
 とはいえ、相澤の場合は出会いが出会いだ。第一印象の段階で守璃から一定の信用を得ていたことは想像に難くない。……それにしたって、よくここまで懐かれたものだなとは自分でも不思議に思うのだが。

「――気づいたらこうだったな」
「マジかよ!!」

 後で詳しく、とマイクは声をひそめるものの、やはりその声は小声になりきれていない。守璃は首を傾げて二人を見上げていたが、自分に言われたのではないとわかると、再びぬいぐるみの山に目を向けた。

「気に入ったのがあったらひざしお兄ちゃんに言ってみな!」
「…………」
「ゴメン悪ノリした! 二人揃ってそんな冷めた目で見ないで!?」

結局、オールマイトコスのギディちゃんを買ってもらいました(期間限定コラボ商品)

▽後日
「『イレイザーヘッドのグッズはないのかな』って言われたとき、正直俺キュンとしちゃったね」
「おまえ……犯罪だぞ」
「そういうこっちゃねーっつの! つーかなんでおまえはそんなしれっとしてられるワケ!? 可愛い妹が自分のグッズ欲しがってるってのに!?」
「慣れたんだよ」
180725
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